日曜、宅配屋の災難 インターホンを押してほどなくドアから顔を出したのは、 眠そうな顔をした黒髪の青年だった。 「宅配便です。判こ……」 仕事上何百回と繰り返してきた常套文句を吐こうとして、 僕は目を見開いた。 当然だ。 目の前にぼんやりと立っている受取人は、白衣と思しき衣服いちまい羽織っただけで、ほかにはなにも着けていなかったのだから。 突然の状況に、言葉も出ない。 「…………………」 だらりと裾が膝まで垂れた白衣の合わせはだらしなく開きっぱなしで、その下の痩せた肢体を隠す意図としては働いていなかった。 白い透けるような素肌や浮き出た鎖骨のライン、すらりと伸びた細い脚。 惜しげもなく晒されているその身体はまごうことなき男性だったが、そうと判別できていても、思わずぞくりとくるような艶めかしさに僕は狼狽した。 (な、なんで白衣!!?いやそうじゃなくって!!!) 僕が動揺を隠すことすら思いつかずに慌てふためき、赤面して「あのッ…」と口ごもっていると、そんな僕の様子でようやく自身の事態に気がついたのか、受取人の青年は「ああ、」とのん気な声を出した。 「すみません」 つまらなそうに云って、白衣のボタンを幾つか留めて申し訳程度に素肌をかくす。 僕が黙ったまま半ば放心状態で突っ立っていると、 その作業を終え、顔を上げた青年と目が合った。 その強い、黒淵の双眸に、どきりと胸が鳴る。 仕事柄、数多のドアの前で他人と顔を合わせているが、こんなにまじまじと客の顔を見たのは初めてかも知れない。 男を見て可愛い、などと思ったのも。 荷物を抱えたまま黙りこくっている僕を不審に思ったのか、受取人がわずかに眉を顰め、小首を傾がせる。その仕草に、ようやく僕は果たすべき目的を思い出した。 「す、すいません!あの、竜崎さんにお荷物です。印か……」 云い終わらないうちに、室内から慌しく派手な音を立てて、誰かが駆け寄ってくる。 「馬鹿っ、先生!!!」 中から出てきたのは、すらりとした痩躯の茶髪の青年だった。 こちらも寝起きだったのか、黒いTシャツにスウェットといった出で立ちで、男目にも美形だと賞賛できるような秀麗な貌に凄い形相を浮かべて、白衣の青年の腕を掴むと、力任せに室内に引きずりこんだ。 「夜神く」 振り返った受取人が云うのと殆ど同時に、バタンッと乱暴にドアが閉められる。 一瞬の出来事にあっけにとられている僕の目の前のドアの向こうから、なにやら一方的にまくし立てるような声が聞こえてきたが、何を云っているのか内容までは判別できない。 しばらくすると、声が止んだ。 マンションの廊下に、しーんと静寂した空気が流れる。 その微妙な空気の中、僕は配達しに来た荷物を持ったまま、困惑し立ち尽くしていた。 そのまま待つこと二・三分。 なんだかおとりこみ中のようで気が引けたが、なんとか荷物を渡して伝票に判子をもらわないことにはどうしようもない。 そう考え、再び僕がインターホンに手を掛けたのとほぼ同時に、ドアが開いた。 「……あ」 出てきたのはやがみ、と呼ばれていた茶髪の青年の方だった。 彼はぶっきらぼうに「すみません」と口上を述べると、手にしている印鑑を僕に示した。 その綺麗な顔から放たれるぴりぴりとした剣呑な空気に居たたまれず、僕はそそくさと伝票を渡し、「ここに、お願いします」と所定欄を指差した。 真赤な朱肉の色で『竜崎』と押印された伝票を受け取ると、僕は持っていた小包を彼に渡した。いつも通り、帽子を取って軽く頭を下げる。 「あ…有難うございました」 「ご苦労様です」 ぱたん、と控えめな音を立て、ドアが閉まった。 それを確認するやいなや、僕は頭を下げた格好のまま、力なくその場にしゃがみこんだ。 「………………………………なんだったんだ一体…」 オチなし。 そして、脳裏に焼きついた竜崎先生の白い肢体が頭から離れなくなった宅配業者・松田。 もういちど彼に逢いたいと、いつしか竜崎先生宛ての荷物を心待ちにするようになるのです。 一目ぼれって、あるんですね…。 パラレルでパラレル。 とりあえず、お泊りさいこうです。(突然) ワタシのかきたいネタ帳には、しっかりお泊り編もメモられています。 |