2.23.6:00AM





 いつものように触れた肌は陶器のように冷たくて、身体全部で知っているはずのその感触はまるで現実感が無かった。



 その骨の張り出した真っ白な背中に唇を落とす。
 そのまま肩口まで滑りあがると、黒いしなやかな髪が頬をかすめた。
 腕の中の身体が小さく首をすくめる。そのまま反転して上向き、くすぐったいですと笑った。

 わずかに笑み返すと、その薄い唇にそっと口付ける。


 不思議な感覚だった。


 空気がまるでどろりとした粘度をもって、身体に纏わりついているかのように重たい。
 重力は確かに存在しているはずなのに、どちらが上でどちらが下なのか、自分はいま立っているのか寝そべっているのかすら判別できない。
 いや、地に身体のどこがついているのかも知覚がない。
 身体中が端からこのぬかるんだ空気に霧散して、溶け込んでいくのではないかと思えるような奇妙な感覚の中、ただ掌に触れる冷たい肌だけがはっきりと認識 できた。

 口付けながら手をゆっくりと下肢に滑らせ、膝で太股を割る。
 直接性器を柔んわりと握りこむと、びくりと肩が震えた。
 そのままゆるゆると指で緩慢に撫で上げると、薄くひらかれた唇からかすかに熱を帯びた吐息が漏れ始めた。

 何度も繰り返してきた同じ儀式。

 何処をどうすればこの身体がどんな反応を返すか、この指も唇も全て知り尽くしている。
 それでも今は何故だか性急に事を運ぶ気になれず、あえて真綿でくるむような愛撫を重ねてじりじりとその身体に焔がつくのを待った。
 首筋から鎖骨にかけて丹念に余さず口付けていくと、熱っぽい小さな喘ぎとともにその唇から言葉が漏れ出た。


  「今日は機嫌が良いんですね」
 「どうして?」
 「やさしいです」
 「そう……?」
 「ええ」
 「そうだとしたら、きっと望みが叶ったからだ」
 「そうですか」


 言葉が途切れるのを待って身体を少しずらすと、頭をもたげ始めていたその性器を再び掌で包み込んだ。
 ん、と鼻にかかった息が漏れる。
 敏感な先端を親指の腹で撫でるように刺激してやると、今度ははっきりと艶めいた声をこぼした。
 スイッチが切り替わり始めたのを感じ取り、すこし強めに扱き上げる。高く音が変わった喘ぎとともにすぐにじわりと透明な液体が滲み出て来て、手を動かす 度にくちゅりと淫らな水音を立てた。
 感じやすさは何度抱いても変わらない。
 切れ切れに乱れてきた呼吸の合間に、再び独り言のような呟きが漏れた。


  「もう訊かないんですね」
 「何を?」
 「私の本当の名前を」
 「…………」
 「こうして身体をあわせるたびに私に訊いてきたでしょう?『なんて呼べばいいんだ』って」
  「…………」
 「夜神くんは……私のほんとうの名前が知りたかったんじゃないんですか……?」
 「ああ………でも、それはもういいんだ」

 目的は達したから。

 なにか言いたげにその唇がふと開いたが、結局は言いあぐねるように持て余し、そのまま閉じられた。

 「聞いてくれますか」
 「何?」
 「夜神くんには聞いておいて欲しいんです」
 「なに?」
 耳元に唇が寄せられた。

 「私の本当の名前は」


   ×××××


 予期せぬその言葉に、思わず目を見開いてその顔を覗き込んだ。

 「うそだろ」
 「どうして嘘だと思うんです」
 「……じゃあ本当?」
 「ほんとうです」

 「…………どうして僕に教えたの。誰にも秘密の名前なんだろ」
 「わかりません。………ただ、夜神くんには知っておいて欲しかった」



 「もう、隠し事をしていてもきっと何の意味も成さないでしょうから」



 焼け付くように、胸が軋んだ。
 
 言葉を交わすより、ただ漠然と交わりたいと思った。
 全身からどろどろとした灼熱の塊が上り詰めてくるような、恍惚と歓喜の瞬間。
 その瞬間だけは、この身体を共有することができる。
 繋がった部分から細胞のひとつひとつすら溶け出して混じり合うような、愉悦にみちた錯覚。

 自分達は、別の物として存在するにはあまりに似過ぎていた。

 
 その薄い身体をかき抱き、噛み付くように愛撫した。
 力を込めれば壊れてしまうのではないかと思えるほどに折れそうな身体に、いくつも鬱血の跡をつけていく。
 いつもはすぐに体温に馴染んで熱を発する肌が、不思議と今は冷たいままだった。

 熱に浮かされているように、その唇が何度もなんども名前を呼ぶ。
  夜神くん
  夜神くん
  月くん。
 壊れてしまったレコードのように、何度も繰り返し。

 瞳から、透明な滴が細くこめかみを伝った。





 「名前を呼んでください」
 「あなたが私を忘れないように   私があなたを忘れないように」





 なまえを 呼んでください。





 知覚が、混乱した。
 その手に収めていた柔らかな肌の質感が感じ取れなくなり、砂が指の間から少しづつすり抜けていくような感触を覚える。
 一瞬前まで視界に写っていたものが、わからなくなった。
 そもそもこの目には何か映っていたのか。
 

 音が感じられないほど酷く耳鳴りがする。


 空気がうねるように激しく、緩慢に身体を押し流し始める。
 目がくらんだように視界が白く滲み、思わずすがり求めるように両手を前方へ伸ばした。

 伸ばした手をすり抜けるようにして、細い腕が首に巻きつくのを感じた。
 何十回、何百回。同じように触れたように、自分がそうしたように、見知ったその腕の感触。


 何度もその腕の持ち主を呼んだ。
 名前を 呼んだ。


 竜崎。

 
 流河。


 L。



 竜崎。      竜崎。      竜崎。            竜崎。







  
                  ××××× ────








 
 夢はそこで途切れた。


 目覚めても馬鹿みたいに涙が止まらなくて、おかしかった。












……あ、あとがきです。

…えっと、ワケわかんなくってとりあえずスイマセン。
なんとなく浮かんだフレーズや単語なんかを並べてっただけなので、実はワタシもよくわかりま……ゲフン!!(咳)

内容については特に書くことはないのですが……。
まあ、読んだ方の受け取り方次第ということで!(丸投げ)
バカっぽいのばっか書いてるとたまには真面目なのも書きたくなるんだい(ポツリ)

あ、『本当の名前』は別に放送禁止用語だから伏字ってわけ じゃないですよv(さわやかに)

よろしければ感想などお聞かせください〜。

それでは、最後まで読んでくださりアリガトウございましたv


update---2005.3.9