後始末をするのはいつも僕の役目だ。 シーツを新しいものとかけ替え、使ったあとすらないように皺をのばし、体液で汚した部分も後が残らないよう丁寧に拭き取っておく。 床やマットも汚れがないか確認し、窓を開けて空気を入れ替える。 証拠隠滅をはかる殺人犯みたいな周到さで、すべてを一時間前と変わらないよう元通りにする。 まるでなにも無かったように。 いつも通りの作業を終えると、デスクの横に置かれたパイプ椅子に座ったまま、顔をうつむかせている先生に歩み寄った。 すぐ脇に立ち、頬に張りついた黒髪をかきわけるようにして掌で触れても、先生はぴくりともその顔をあげようとはしない。 腰を屈めて床に膝をつくと、その身体を引きよせるようにしてこめかみにくちづける。 恋人にするように、髪を撫でながら額、頬、瞼と順にやさしくキスを落とせば、先生の肩がかすかにすくまった。 これも後始末のうちだ。 ことが済んだあと、ぐったりと弛緩した先生の身体を綺麗に拭いて、残滓の始末をし、乱れた着衣を直してやるのも僕の役目。 情事の余韻は先生の僅かに腫れた瞼と、掠れた喉にしか残っていない。 そうしてすべてを整え終わったあとは、こうして優しくなだめてやる。 やさしくキスして、抱きしめてやればそれでもう、先生はなにも出来なくなるから。 「痕、ついちゃったね」 ネクタイで縛り上げた手首には、赤い鬱血のあとと軽い擦過傷がついていた。 その傷に、唇をすべらせて口づける。 ひくり、とさざめかせるように先生の手指がふるえた。 「ごめん、酷くして」 そう囁きながら上体を伸ばして、先生の唇をそっと塞ぐ。 「……………」 先生は茫洋とした視線を中空にさ迷わせながら、抵抗するでもなくされるがままにそれを受け止めた。 なんども唇を舐めて掌で促せば、大人しく僅かに口をひらき、舌を迎え入れる。 ちゅっ、と軽く音をたててくちびるを離すと、六限目の終了と放課を告げるベルが響き渡った。 名残惜しげになんどか頬を撫でてみせたあと、その場に立ち上がる。 「それじゃ、戻るよ」 そう言って踵をかえそうとした瞬間、ずっと押し黙ったままだった先生が不意に「あ…」と口を開いた。 「どうかした?」 「ネクタイ……忘れてます」 言いながら先生がデスクの上に無造作に放り出してあったそれを指先でつまみあげ、のろのろと僕の方へ差し出す。 「ああ、本当だ」 指摘されて初めて気づいた。 我ながら根本的なミスだと可笑しく思いながら、きつく結んだことでくしゃくしゃに皺がついている制服のネクタイを受け取る。 まさかこの状態で首に下げるわけにもいかず、逡巡したあとポケットにしまおうとしたが、ふとその手を止めた。 「まあいいや。先生が預かっててよ、コレ」 笑みを浮かべて、先生から受け取ったばかりのそれを差し出し返す。 怪訝そうな表情で見上げてくる先生の首に巻きつけると、慣れた手つきできちんと喉もとで結んでやる。 その結び目にキスを落とすと、呼吸する微かな音すら聞こえそうなほどの至近距離でくちびるをゆがめて囁く。 「金曜に、取りに来るから。……忘れ物」 僕の言葉が幾許の距離も無い鼓膜に伝わると、先生の黒い双眸が揺らめくように泳いだ。 返事をかえすでもなくそのまま静かに瞼が閉じられたのを確認すると、僕は微笑を浮かべたまま今度こそ踵を返す。 扉を開き、廊下に出てふたたび後ろ手に扉を閉める瞬間、視界の端にうつった顔をうつむかせた先生の黒い髪が目に残る。 白い擦りガラスに分断されたこちら側と向こう側の狭間にある、扉の取っ手から手を離した瞬間、いつものとおり秘密の隠匿は完成し先生との時間も終わりを告げた。 ただいつもと違っていたのは、今日が金曜でないこと。 そして、扉の向こうに残してきた一本のネクタイ。 ただ、それだけ。 end. おおおお疲れさまでございます。あとがきです。 5000横取りゲッター・mさまよりのリクエスト 『高校教師・保健医ver.』 を お送りいたしました。 5000ってもう10000打を超えてるんですが「この遅筆!!」と罵るmさまの姿が目に浮かぶようです。 せっかく横取りしてくださったというのに…このていたらく。 『誰もいない保健室で嫌がるLたんをいじめる月』という詳細指定をいただいていたのですが、なんだがいじめるというよりはただ無理やりいたしている感の方が強くなってしまいました。 いじめるってむずかしい。 あと道具も使う気満々でしたが結局アルコールしか……うおおおスミマセン OTL 綿棒とか、ワタシにはLたんの耳掃除をしてあげる程度のつかい方しか思いつきませんでした… 保健室というナイス萌ェシチュエーションを活かしきれず、玉砕です。 玉砕なのに結構こまかい設定まで練っていたとかいうことはここではあえて申し上げません。 とりあえず一応全力で書き上げましたので、どうぞお納めくださいませ〜! それでは、5000打アリガトウございましたv update---2005.4.10.sinba. |