birthday





 だだっ広いベッドに仰向けに横たわれば目に映る真っ白な天井。

 豪奢なホテルのものであるはずのそれは、薄く瞼を閉じてみれば病院の消毒薬臭いそれのようにも見れる。実際どんなに贅をつくした造りでも、僕にとって此処は監獄の代替である事実に変わりはないわけだが。

 幼いころに、母に連れられて行った大学病院。
 独特のエタノールのにおいが染みついた空気と、やたら整然とした温度のない部屋。そして埋め尽くす白。

 その無機質な雰囲気は、どこかこの男と重なる。

 月は、薄く目を開いたまま首だけを捻じ曲げ横を見た。
 灯を落とした寝室、ベッドメイクを台無しにして波打つシーツの上にLが居る。
 キングサイズのベッドはお互い両手を広げても余りあるほどなのに、落ち着かない小動物のように端っこぎりぎりにまで寄って丸くなって身を伏せ、爪を噛んでいる。
 その様子はどこかいらだっているようにも、具合が悪そうにも見えた。

 「触らないでください」

 ちょっと手を伸ばそうとしただけでつっけんどんに飛んでくる棘のある声に、思わず月はたじろぐ。どろりと闇をはらんだLの瞳は、どこか生気がない。いつもにまして。

 「気持ち悪い」とだけ吐き捨てると、枕をたぐりよせうつ伏せる。
 裸のままの背中は肩甲骨が浮き出て痛々しい。陰の目立つ痩せぎすな躰は、熱が覚めればみずぼらしく思え、情慾とはほど遠く結びつかない。 

 「気分が悪いのか?」

 声をかけても無視される。
 しきりに身じろぎ寝返りを打ったかと思えば、Lは額にはりつくように被さった黒い髪をかき上げ恨みがましげな視線で月の顔を一瞥した。

 「月くんも、一度突っ込まれてみればわかります」

 「…………」

 馬鹿にした抑揚のない口調に、月は閉口する。眉根に寄った皺を隠そうとはしない。後から文句をつけてくるなんて、云いがかりも甚だしいからだ。

 「こんなに悪いものだとは正直思いませんでした」

 「誘ってきたのは、誰だよ」

 「月くんがしたそうだったからです」

 いつも通りのLの横顔が拗ねたように見えるのは、仄かな暖色の光の加減だろうか。
 横顔のままため息をつく。その吐息が、くちびるが妙に艶めかしくて、ほんの数十分まえの出来事は妄想ではないのだと思えた。


 ずっと、抱きたいと思っていた。


 特段女性らしい容姿をしているわけでもない。
 あの細いばかりの骨ばった男の身体のどこに欲情するのか自分でも不可解でならなかったが、気がついたときには誤魔化しきれないほどに欲望は膨らんでいたのだから仕方がない。いつの間にか触れたい、繋がりたいと思っていた。

 男同士でばからしい、とわかっていたのは誰より自分だったから、Lがまるで食事にしますか、とでも提案するように「セックスしますか」と口に出してきたときは本当に驚いた。
 自分の気持ちをLが悟っていた事実もだが、なによりあのLの口からそんな俗っぽい言葉が聞けるとは思わなかった。一切の煩悩とは無縁と云いたげな、潔癖なLから。


 だから、駆け引きも自尊心も忘れて、Lを抱いた。







 「本当に最悪です。痛いし、気持ち悪い…吐きそうです」

 ぐしゃぐしゃになったシーツを手繰り寄せ、足を引き寄せ胎児のように丸くなる。服ぐらい着ろ、と云いたかったが我慢した。
 いつも血色の悪い肌が、なおも青白くみえる。

 「そんなに嫌なら、なんでいいなんて云ったんだよ」

 ぐずぐずと愚痴られて、悪いことをしたと思う反面 苛立ちも覚える。
 そっぽを向いたまま此方を見ようともしないLの肩を掴み、仰向けに転がすようにして引き寄せると、乱れきった前髪の下から真っ黒な双眸が仰ぎ見てきた。だらりと意思のない肢体とは逆にぎょろりと強い視線が際立って、どこかアンバランスだ。

 「特別です」

 薄く色づいた、珊瑚色のくちびる。
 

 「今日は、特別です」


 ろくにくちびるを動かさずにそれだけ呟くと、覆いかぶさるようにLを見下ろしていた月の顔をとらえ、頭だけを起こして掠めるように口づけていく。閉じられたLの睫毛が、十数センチの至近距離で見ると、とても長く綺麗にみえた。

 「…………」

 直ぐにするりと力なくほどかれたLの白い腕を見送りながら、月はぼうぜんと頬を指先でたどった。細く長い、指の感触が残っている。

 「…馬鹿じゃないのか」

 「ひどいですね」

 月の顔色を伺い見るように不躾な視線を投げかけながら、Lがくちびるをゆがませる。
 まるで子どものようだ。
 悪質な悪戯を仕掛けて、相手の反応を見て愉しむ。
 微笑んだのは一瞬だけで、すぐにまたいつも通りのすました表情に戻ると、さもだるそうに欠伸をひとつ残してシーツに沈み、月に背を向けた。

 「竜崎」

 「月くんなら、それもいいかと思ったんです」

 「…どういう意味だよ」



 いったいどうしてコレじゃないと駄目になんてなったのか。



 気まぐれで嘘吐き。頭がいいから始末に負えない。
 朝が来れば、どんな顔をすればいいのかわかりはしない。









 「お誕生日おめでとうございます、月くん」






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日記に上げてたお誕生日小説。
思い出したので発掘してきました(^O^)
読み返すとハズカシイな!


update:08/2/28



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