FIRST step 「月くん、弥とキスしたことがあるんですね」 竜崎がいつもに増して剣呑な目つきで呟いたのは、左手首に手錠がつけられた日の夜のことだった。 「いっ……いきなりなんだよ……竜崎」 月は思いもよらぬ突然の質問に、持っていた飲みかけのコーラの缶を取り落としそうになりながらも、なんとかそう切り返した。 「昼間弥が言っていたじゃないですか」 常とさほど変わらないような声だが、それでも明らかに詰問するような棘がある。 月は困った、といわんばかりに眉根を寄せて、豪奢なホテルの白い天井を見上げた。 「あのな、竜崎……。昼間も言ったとおり、ミサとの関係って言うのは、向こうが一方的に───」 「一方的でもキスはするんですか?」 「……………………………りゅ、竜崎……」 取りつく島もないとはこのことだろうか。 竜崎は広いベッドの端にいつものように膝を抱えて坐り、手遊みに何やら指を動かしている。目線はずっとその手元に集中していて、月と目を合わせる気がないかのようだった。 まずい。 本気で怒ってる……。 その常に無い竜崎の態度に、月は背中を冷やりとしたものが走るのを感じた。 昼間、ミサが散々「恋人」だの「彼女」だのと竜崎(というか本部全員)の前で騒いでいたのが相当気にいらなかったらしい。 その場では面々の手前なのか、機嫌を損ねたような態度はおくびも出さなかったので気に留めなかったのだが、竜崎の中ではかなりきていたのかと月は今更ながらに悟った。 しかし月にしてみれば、本当にミサとは一方的な関係であり、恋愛感情だなんてものは一切持ち合わせていなかった。むしろ何故あの時自分がミサにキスをしたのか、改めて考えるとその理由すら理解しがたいものがある。 月にとってそういう意味で好きな人間は偽りなく竜崎ひとりなのであって、それなのにまるで夫の浮気を責める妻みたいな態度をとる竜崎には『困った』というしかなかった。 どんなに弁解しても、これは無駄だろうな……。 月は短くため息をつき、持っていた缶を手近なサイドボードの上に置くと、ベッドの上に坐ったまま飽きもせず手錠の鎖を弄んでいる竜崎の前にしゃがんだ。 「…………竜崎、僕は確かにミサとキスしたことがある。それは認めるよ。でも恋人とかそういう仲では誓って無いし、僕が好きだと思う人間も以前にも言ったとおり竜崎だけだ」 まるで駄々っ子をなだめるかのように月が竜崎の顔を覗き込みながら話すと、ようやく竜崎の視線が月を向いた。 「弥とのキスが問題なんじゃありません」 「え?」 「問題は、月くんと私はまだキスしたことがないということです」 「………………」 そう云われてみれば確かにそうだった。 しかしそれも無理はない話だ。月と竜崎がそういう気持ちを伝え合ったのは、月がキラ事件の捜査本部に出入りするようになってしばらく経ってからのことで、恋人同士として接する機会にあまり恵まれないまま、月はキラの嫌疑をはらすために監禁状態におかれることとなったのだ。 そもそも竜崎は本部であるホテルの部屋から滅多に出ることはないし、外で会えたとしても大学構内で、常に人の目があり二人きりになるのは難しい。本部では大抵捜査員の誰かがいて、キスどころか手を触れることすらままならなかった。 そういう環境であったのだから、仕方ないといえば仕方のないことなのだが……。 「それはしなかったんじゃなくて、したくてもできない状況だったんだからしょうがないだろ……」 呆れたように息を吐く月の言うとおり、不可抗力な事由であって月に非があったわけではない。 困ったようにがりがりと頭を掻く月を表情も変えずに見つめていた竜崎が、やがておもむろに口を開いた。 「じゃあ今してください」 「…………はい?」 全く突然の、予想だにしなかったその発言に、月は呆然と竜崎の顔を見上げた。 そんな月をよそに、竜崎は顔色ひとつ変えず淡々と言葉を続ける。 「いまならふたりきりですよ。この部屋にはカメラもつけてませんし、今日は皆帰宅したのを確認済みですから誰かに見られる可能性は0です」 「………………………いますぐ?」 「今すぐ」 月はしばし茫洋とした視線で竜崎を眺め続けた。 確かにこれまでキスしたいと考えなかったわけでも、したくなかったわけでもなかったが、いざ出来る状況になったからといってそれじゃあと簡単に済ませられるモノでもない。 月がうつむいてアレコレ逡巡していると、竜崎の「やっぱりイヤですか」という呟きが降ってきた。 「いっ、嫌ってわけじゃなくて!!ただ、なんというか、その……」 『ハイどうぞ』と云われると逆にやりづらい……。 女の子相手にキスの経験は幾度となくあったが、これまでとはなんだか勝手が違う。 二の句が次げずに月が口どもると、竜崎はそんな月を見切ったかのように視線を横に泳がせた。 「出来ないならいいです」 その言葉に、月は弾かれるようにその場に立ち上がる。 「できないと言ってないだろ!…………わかった。やるよ」 負けず嫌いの本分なのか月はそう言い放つなり、がしっと竜崎の両肩を掴んだ。 何だか売り言葉に買い言葉のおかしな展開だと思ったが後にはひけない。 月は覚悟を決め、ごくりと生唾を飲み下すと、ゆっくりと竜崎に顔を近づけていった。 「…………………………………………………………竜崎」 「何ですか?」 まるで月の一挙一動を観察するかのようにじっと目を見開いたままの竜崎に、月はうなだれながら呟いた。 「………………こういう時は目を閉じるのが礼儀だと思うんだが……」 「ああ、そうですね」 云われて初めて気がついたかのように頷くと、竜崎は僅かに顎を上げて目を閉じた。 (可愛い) なかなか見たことのない目を瞑った竜崎をドキドキしつつ見つめながら、月は再び気を取り直して竜崎の肩を優しく引き寄せた。 「ミサさんにもこんなふうにしたんですか?」 唇が触れ合う直前で、竜崎が呟く。 またもタイミングをぶち壊されて、月は竜崎の肩に手を置いたまま再びがっくりとうなだれた。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ悪趣味だぞ竜崎」 やっぱりミサとキスしたこと事体を根に持ってるんじゃないか、と月は心の中で毒づいた。 「訊いてみただけです」 「…………」 悪びれる様子もなく平然としている竜崎に恨めしげな一瞥をくれると、月は竜崎の肩を一気に自らの方へ抱き寄せた。 「月く…」 何事か喋りかけた唇を、そのまま自分のそれて塞ぐ。 ややフェイント気味の月の行動に驚いたのか竜崎の肩が一瞬びくりと強張ったが、月の右掌が肩から背にかけてを撫で下ろすように移動すると、やがて無防備とも思えるほどに月のなすがままになった。 竜崎が目を開けたままのがわかったが、もういいや、と月は半ば諦めたように思い直し、そのままキスを続ける。 一旦僅かに唇を離し、角度を変えて再び深く口づける。そうしたところで、二の腕のあたりに添えるように置かれていた竜崎の手が小さく震えたのがシャツ越しにも分かった。 「………………ハイ、終わり!」 名残惜しげにたっぷり間をおいてゆっくり唇を離すと、月は照れたように僅かに赤らんだ顔で、ふいと横を向いた。 「……………………」 「…………竜崎?」 竜崎が黙ったままなのが気になり視線を戻すと、その表情を確認する暇もなく、竜崎の両手が月の首の辺りに伸びた。 そのまま間髪いれずに口付けてくる。 「!!…………」 今度は月が目を開けたままだったので、竜崎が目を閉じていることがわかった。 竜崎の指がそろりと髪をかいくぐって月の頬に辿りつく。 何度か啄ばむように軽く触れ合わせたあと、一旦顔を退いた竜崎と目が合った。自分はきっと馬鹿みたいな顔をしていると思ったが、すぐにどうでも良くなった。 再び、今度は深く口づけてくる竜崎に合わせるようにして月も目を閉じる。 舌先で促され月が微かに口を開くと、すぐにぬるりとした感触が口腔に忍び込んできた。 「……う……っ……」 竜崎の舌が歯列を辿り、上顎に触れる。ぞくぞくとした痺れが背中を襲い、月は衝動的に竜崎の頬に手をやり、舌を絡ませるようにしてキスに応えた。 ちゅっと軽い水音を立てて唇が離れると、竜崎はするりと月から手を放し、そのままごろんとベッドに転がる。 「恋人同士なら、これくらいはしてくれないと駄目ですよ月くん」 あんな熱情のこもったキスを仕掛けてきた後とは思えないほど平然としている竜崎を、月は茫然とした思いで見つめた。 人は見かけによらない……。 月はベッドの脇に腰掛けると、寝転がったままぼんやりと中空で指をひらひらと動かしている竜崎に圧し掛かるようにして、上から見下ろした。 「キスもイギリス仕込み?」 「ナイショです」 「…………………竜崎も人のこととやかく言えないじゃないか」 半分呆れたような視線を送って呟くと、竜崎の掌がいたずらに月の両目をふさいだ。 「私は嫉妬深くて独占欲が強いタチなんです」 「僕もだよ」 月は竜崎の手を引き剥がし、握りこむとシーツに縫いとめた。 そのまま沈み込むようにして再び顔を近づける。 「あ」 再び、唇が触れ合う直前で竜崎が口を開いた。 「今日はキスまでで。ソレ以上はナシでお願いします」 「………………はあ?」 月が思わず素っ頓狂な声をあげると、竜崎はうつ伏せになり枕に顔を埋めながら言った。 「コレ以上の行為はまだ心の準備ができていないので」 自分から煽っといてソレはないんじゃないか……。 月はそのままがくりと竜崎の背中に額を落とすと、大きく息を吐いた。 「まあ…………無理ならいいけど」 「無理とは言ってません。今日のところは見合わせてくださいと言ったんです」 そのいかにも竜崎らしい、負けず嫌いな言い分がおかしくなり、月は竜崎の背の上でくくく、と笑った。 「いいよ、別に急ぐ必要もないし。それに」 シーツの上に投げ出されている竜崎の細い右手首に左手で触れると、お互いの手に掛けられた手錠が触れあって微かな金属音が響いた。 「これからはイヤでもふたりきりになれる時間なんてたくさんあるだろうから」 そう思えばこの半監視状態の生活も悪くない。 月は竜崎から手を放すと、横の空いているスペースに身を沈めた。 月の言葉に反応するかのように竜崎の肩がぴくりとすくめられたが、月は気づかなかった。 END. 五巻でLがさくらんぼの茎でこよりを作っていたのを見て思いついたネタです。 実は結構テクニシャン?みたいな…。 きっとイギリスでの五年間でいろいろと学んだのでしょう。なにしろイギリスですから(超偏見) 以前"月にキスをせがむL"というシチュエーションの夢をみたことがあったのでソレとミックスしてみました。 いま考えるとなんとオイシイ夢……。 しかしその時ワタシの頭には月Lという言葉すらなかったので、『なんでこんな夢を…』と首を傾げたモノですが、今にして思えばアレは月Lの神からのお告げだったに違いありません(危) それにしても……自分で書いてて途中何度か月LなのかL月なのかわかんなくなりました(爆) 月Lです。エエ。 白ライトなので、ちょこっと受身気質が強いかんじで…。 ではでは、最後まで読んでくださりアリガトウございました〜v update---2005.2.13 |