ランチタイム







 四限目の終了を告げるチャイムとともに、僕は鞄を持ってあの人のところへ向かう。
 もう既に日課となってしまったそれは、僕にとって、数少ない恋人同士としての貴重な逢瀬の時間でもあった。






 「先生」

 「あ……いらっしゃい、夜神くん」


 離棟の化学準備室。
 扉を開け声をかけると、いつもどおり奥のデスクに向かっていた先生が、いつものようにドアを振り返って微笑んだ。

 「もうそんな時間ですか」

 テストの採点でもしていたのか、机の上にはB5のプリントが散乱している。
 先の三・四限目には授業がなかったから、集中して片付けていたのだろう。先生はぎしりと背凭れに身体を預けると、猫背の背中をぴんと伸ばして、大きく伸びをした。


 「先生、お昼は?またパン?」

 「あ、ハイ」


 先生は昼食はいつもコンビニで売っているようなパンやおにぎりだ。
 曰く、「片手間でも食べられるから」という先生らしい理由だが、毎日毎日そんな粗食で身体が持つはずがない。しかも選ぶものといったら、あんパンやメロンパンといったお菓子に近いようなものばかり。見ているこっちが胸焼けしてしまう。

 案の定、今日の昼食もフルーツサンドだ。


 「先生、ほんとに甘いものが好きだね」

 「え? ええ…まあ」

 「そんなんばっかりじゃ、栄養偏るよ?」

 「はあ…」


 偏食極まりない先生のために、今日はひとつ用意をしてある。

 苦笑して、曖昧な返事でお茶を濁す先生に、僕はコンビニのビニール袋を差し出してみせた。ひとつ中身を取りだすと、にっこり微笑んでそれを先生の前に置く。


 「たまには野菜も食べないと。ね」

 「……………………」


 あからさまに嫌そうな顔をして、先生はそれを見た。

 先生のそんな顔、初めて見たな…。


 カップに入った、コンビニのグリーンサラダ。


 相当野菜が苦手なのか、先生はデスクの上のソレをじっと見つめて警戒している。
 おそらく、どうやってこの状況をを回避しようか考えているのだろう。無意識に、思考するときの癖で指が口もとへ伸びている。
 子どもの頃は、大層な偏食児童だったに違いない。


 「……あの、夜神くん…。私、野菜は…」

 「"先生"が、好き嫌いしちゃ駄目でしょ?」

 「…………………うう」


 僕の言葉に一刀両断され、先生はがくっとこうべを垂れた。
 深く沈痛なため息をひとつ吐くと、諦めたのかフォークを手に取り、蓋を開け始める。

 「それでよろしい」

 先生が食べる気になったのを確認してから、僕は自分の昼食にとりかかった。









 僕が順調に弁当の中身をきれいにしていく横で、先生はさも気が重そうに、ドレッシングのかかったレタスやミニトマトをつつきまわしている。
 見るからに、ちっとも量は減っていない。

 手が止まってるよ、と窘めてみても、はあ、とか気の抜けた返事をかえすだけで努力する気はないようで、まったく埒があかない。




 仕方ない。
 僕は最終兵器を持ち出すことにした。






 「…先生、シュークリーム好きだったよね?」

 「え? ええ…まあ……………あ!」


 袋から取り出したそれを見て、先生が目をまるくする。
 コンビニで一緒に買ってきた、クリームのたっぷり詰まったカスタードシュー。


 「ソレ全部食べられたら、これあげる」

 「!…………うう…」


 にっこりと放った僕の台詞に、また先生がこうべを垂れる。





 それでもシュークリームのためなら頑張らないわけにはいかないのか、すこしずつだが、先生がサラダを口に運びはじめた。

 不味そうな顔でレタスをしゃくしゃくと咀嚼し、なんとか喉の奥に飲み込んでいく。
 とっくに弁当を平らげてしまった僕は、デスクに片肘をついてその様子を見つめていた。


 野菜を食べている先生なんて、なかなかお目にかかれない。


 小動物みたいで可愛いのになぁ、などとぼんやり考えていると、先生は最後のミニトマトをぶすりとフォークで刺し、一旦躊躇したあとそれをくちびるの奥へ放り込んだ。

 トマトは特に苦手らしい。目尻に涙が浮かんでいる。

 やっとの思いでミニトマトを喉に流し込むと、先生が大きく息を吐いた。

 「よく食べられました」

 子ども相手な口調でやさしく云いながら、ストローを刺したお茶のパックを差し出す。
 先生は黙ってそれを受け取り、ストローを深くくわえると、こくこくと喉を鳴らして飲みはじめた。

 半分ほど飲み干してひと心地ついたのか、ストローから口を離すと、恨みがましい視線をこちらに向けてくる。


 「夜神くんは意地悪です」

 「はいはい。これでも先生が心配なんだよ。そんな細い身体で、甘いものばかり食べてさ。病気にでもなられたら、たとえ先生は良くても僕はイヤだ」

 「………………………」


 真顔でさらっと云ってのけると、目を見開いた先生がわずかに顔を赤くした。

 「それよりホラ、これ」

 ご褒美、とシュークリームを差し出すと、途端に先生はうれしそうに頬を崩す。さっきとは打って変わったその明るい表情に、僕は苦笑して息を漏らした。

 「筋金入りの甘党だね…先生は」

 「はい!甘いもの大好きです……あ、ありがとうございます」

 手渡してやると、いそいそとパッケージを開ける。
 美味しそうにシュークリームを頬張る様子を見ていると、胸焼けはするけれど、なんだか幸せな気持ちにもなれるような気がする。


 なんどもくちびるについたカスタードを舐めとりながら、先生は幸福そうにぺろりとデザートを完食した。


 「おいしかった?」

 「はい、とても」


 満足そうに微笑む先生の手首を取ると、それを引き寄せる。

 「夜神くん?」

 クリームでべたべたに汚れた指先にちろ、と舌を這わせると、甘ったるいバニラの風味が鼻腔から抜ける。ちゅっ、と音を立てて細い指を口内に含むと、ぴく、と先生の手指がふるえた。


 「やがみく……」

 「先生、僕デザートまだなんだけど」

 「え……」


 指を抜き出し、椅子ごと先生の身体を引き寄せる。
 頬にくちびるとよせると、途端先生があわてて「駄目です」と口走る。


 「こ、このあとは…授業が…」

 「いいじゃん、キスだけ」

 「キスで終わったためし…ないじゃないですか…」


 啄ばむようにくちびるを触れ合わせていると、先生が喉を甘く鳴らす。
 期待し始めている証拠だ。

 「ん……っ」

 緩くくちびるが開いてきたところを見計らって、するりと舌を忍びこませる。

 指よりも甘い先生の口内。

 カスタードの味の残る舌を絡め攫うと、ぴくんと反応して僕の背中に腕を回してくる。
 本当に、先生は快楽に流され易い。
 かすかに水音をたてて、すこしだけくちびるを離すと、
 僕は横目で腕の時計を確認した。




 昼休みが終わるまで、あと15分。




 「終わらせるよう努力する」






 
 耳もとでそう囁くと、僕は再び先生の、甘いくちびるを貪った。












おつです。
今度はおヒルごはんでもりあがってしまいました…ワタシひとりで(寂!)
それというのも切っ掛けはいただいた素敵画だったり拍手のコメントだったりで
こころあたりのある方はそこで手を挙げてください(なんで)
スグ妄想につながるんですから!ワタシは!

最初書くにあたって従来どおりエロ路線でイクか
従来どおり甘々路線でイクかひじょうにまよったのですが
けっきょくご覧のとおりになりました。
つまりはいつも通りということです…甘いわ。そろそろ吐くわ。(おまえが吐くな!)

生クリームしぼれなくってゴメンなさい(笑)


それでは、最後までご覧いただきアリガトウございました〜v



update---2005.8.21