放課後編、その翌日。











お見舞い





 「どうしてここが?」


 ドアを開けて顔を出した先生は、僕を見るなり開口一番そう言った。
 ずいぶんな台詞だな、などと思いつつも、僕はつとめて優しく微笑んで答えた。

 「担任に聞いてきた。…上がっていい?」










 竜崎先生が今日は学校を欠勤していることを知ったのは、二限目の化学が自習になったと聞いた時だった。

 風邪ということになってはいたが、滅多なことでは休んだりしない先生が休むということはよっぽど事態が悪いに違いないと考えると、いてもたっても居られなくなり、放課後わざわざ住所を調べてこうして先生の住むマンションまで様子を見にきたわけだ。
 ドアの内側の鍵を廻し、チェーンをかけていると先生が再び「どうして」と口を開いた。
 突然の訪問に戸惑いをみせている先生はペールブルーの寝巻き姿のままで、やはり今日は一日寝ていたのか長めの黒髪はいつも以上にぼさぼさで乱れている。

 「学校を休んでる先生を心配して生徒が見舞いに来たら、おかしい?」

 靴を脱ぎながらそう言って上目遣いに先生を見やると、先生は嬉しいのか困惑しているのか判別しづらい、ばつの悪そうな顔をうつむけた。
 自分でもちょっと強引な行動かなと思いつつも、どうにも気になってしまったのだから仕方がない。

 「そうだ、コレ」

 手に持っていたコンビニのビニール袋をそのまま差し出す。

 「差し入れ。いろいろ冷たいものとか適当に買ってきたけど。ゼリーとか……先生、甘いもの大丈夫だっけ?」

 「え……」

 袋を押しつけるようにして手渡すと、先生は目をまるくしてひどく嬉しそうな微笑を浮かべた。

 「はい……甘いもの大好きです。わざわざありがとうございます」

 その表情を見る限りでは相当好きなんだろうかと、ちょっと意外に思う。
 こうしてみれば半年もの間毎日顔を合わせていても、先生について僕が知らないことというのはまだまだ沢山あるのだ。

 「すみません、ちょっと散らかってますけど……」

 そう言いながら廊下を進み、ダイニングに向かう先生の後に続く。
 2LDKの間取りの室内は散らかっているという言葉のわりには物が少なく、良く言えば整然としている、悪く言えば殺風景な部屋だった。
 奥のリビングには白いソファとローテーブルにテレビが置いてあるだけで、生活感のあるものは殆ど見当たらない。カウンターキッチンの手前にある小さなダイニングテーブルにはデスクトップパソコンが陣取っていて、食事のためのスペースというよりは書類の積み重なった仕事場となっているようだった。
 リビングの横にはひらきっぱなしになったドアがあり、奥に僅かにベッドの端が見てとれ、そこはおそらく寝室として使っているのだろう。
 立ったまま部屋を見回していると、先生が冷蔵庫の扉を開きながら「適当に掛けてください」と声をかけてきた。
 僕はキッチンに立っている先生に歩み寄ると、そばのカウンターのボードに凭れかかり、キッチンラックからコーヒーの入った瓶を取り出す先生に向かって口を開く。

 「いいよ先生。おかまいなく。それより具合はどう?」

 問いかけると、先生は逡巡するように視線を仰がせたあと、
 いつもの穏やかな笑顔を浮かべた。

 「あ、いえ、……熱がちょっとあって。今日は大事をとってお休みしただけです。明日はちゃんと学校行きますから。……ありがとうございます」


 体調不良の原因は風邪なんかじゃないことは知っていた。


 昨日の性交で内部の粘膜を傷つけたことで、熱を誘発していたのだろう。それでなくとも昨日が初めてだった身体にはいろんな負担があったに違いない。

 「ごめんね。無理させて」

 「………!」

 言葉の意味を汲み取ったのか先生の目元にさっと朱がはしった。
 二の句が次げずに言いあぐねた唇を閉じると、居たたまれないように顔を背ける。
 ふと、パジャマのシャツから覗く細い首筋に、昨日僕がつけた赤い鬱血の痕が覗く。
 白い肌になまめかしく残るそれはいっそ扇情的で、昨日の出来事を鮮やかに甦らせるような不実な色をしていた。

 不意にあらわれた、触れたくなる欲求をかき消すように抑える。
 今日はそういうつもりで来たんじゃない。

 気を取り直すかのようにカップを準備し始める先生に目をやると、こういうことをする習慣があまり無いのか下手なのか、コーヒーを淹れようとするその手つきはぎこちなく、見ていてこっちがハラハラするほど危なっかしい。
 僕はいてもたってもいられず先生の横に並ぶと「やろうか。代わるよ」と声を掛けた。

 「いえ、そんな……夜神くんはお客様ですから」

 「先生は病人だよ。……まだ熱引いてないんだろ。顔、赤い」

 身を縮こませるようにして恐縮する先生の顔を、何の気なしに至近距離で覗き込む。
 腕を掴むようにして触れると、先生の身体がびくりと目に見えてすくんだ。
 そのまま反射的に、弾かれるようにして僅かに後ずさる。
 その怯えたような反応に、仕方がないとはいえなんだか少し傷ついた。

 「昨日の今日でどうこうしようなんて考えるほど鬼じゃないよ。……いいから寝てて。なんにもいらないから」

 ため息混じりにそう言いながら寝室の方へ腕をひくと、先生は赤い顔をうつむかせて「すみません」と小さく呟いた。
 寝室も、最低限の生活に必要なもの以外はあまり物が無かった。
 家具といえばベッドとサイドボード、そして壁際に置かれた大きな本棚くらいのものだ。
 ベッドに座らせると、先生は軽いため息をついてこめかみを撫でた。
 やっぱり相当具合が悪いらしい。

 「熱、高いの?」

 何の気もなしにその額に掌をすべらせると、不意の出来事に先生が身体を強張らせた。

 「いえ、ちょっとまだ、……微熱が、あるくらいで……」

 視線を足元に傾けたままの先生の口からぎこちない答えが返ってくる。

 「ふうん…」

 するりと手を離すと、先生は肩の力を抜いてまた小さく息を漏らした。
 興味半分で本棚のタイトルに目をやる。大学で専攻していた分野の難解そうな専門書から哲学書まで、幅広いジャンルの書籍が名前をつらねていた。

 「いろんな本があるね」

 その中から戯れに一冊を取り出しページをめくってみると、背後から先生のどこか嬉しそうな声が聞こえてきた。

 「興味があるものがあればどれでもお貸ししますよ。夜神くんなら充分読めるものばかりだと思います」

 読める、とは言われても、どのページを開いても頭の痛くなるようなおびただしい英数字の連なった数式や化学式が印字されているばかりで、とてもじゃないが暇つぶしに斜め読みして理解できそうな内容ではない。
 僕は曖昧に笑って返事を返すと、本を閉じて元あった位置に戻した。


 「あ」


 そうしたところで、肝心な用件を忘れていたことに気がついた。

 「そうだ、先生あれからちゃんと手当てした?」

 思い出したようにそう問いかけると、先生は僕を見つめたままなんどか目を瞬かせる。

 「何のですか?」

 「だから、怪我の」

 「け……………」

 しばらく唇をひらいたままぽかんとしていた先生が、ようやく何の話をしているのか理解したのか耳まで真っ赤に染めあげた。

 「あ、あの………ッ…」

 「やっぱり。してないんだ」

 ため息をつきながらそう言うと、先生が顔をうつむかせて固まる。
 僕はポケットから小さい細長い箱を取り出すと、パッケージを開けて中から薬品の入ったチューブを取りだした。

 「薬、買ってきたから」

 そう言ってベッドに向き直ると、ぎょっとしたような表情で先生が後ずさった。

 「いッ、いいですッ!じ、自分でします!!」

 ベッドに足を乗り上げて逃れようとするその身体をたやすく捕らえると、腕を掴んで引き寄せる。

 「駄目だよ先生。そんなこと言って自分ではゼッタイやらないでしょ」

 のん気な声で言い嗜めながら胸をあわせるようにしてつよく抱きこむと、先生が喉を鳴らして絞り上げるような声をあげた。

 「嫌です…っ」

 思いのほか派手に抵抗してみせる先生をなだめるように瞼に唇をおとす。

 「大人しくしててよ。薬塗るだけだから」

 「ううっ……」

 真面目な顔で力を緩めることなくそう告げると、逃げられないと悟ったのか、観念したように先生が腕の中で沈下した。










 膝を跨がせるようにして向かい合うと、パジャマの下衣に手をかけ膝まで下ろす。
 僕の耳元で、先生が泣きそうな声で呻いた。

 「大丈夫。すぐ済むから」

 安心させるように優しく言いながら薬のチューブの蓋を外し、片手でその中身を指先に押し出した。

 「力、抜いてて」

 そのまま指先を入り口にあてがうと、僅かに力を込めてそろそろと内部に潜らせる。

 「………………っ」

 先生がぶるりと肩をふるわせて息をつめた。
 僕の肩に置かれていた手にぎゅっと力が込められる。
 軟膏をたっぷりまとった指はそれといった抵抗も無く内壁に飲みこまれていく。
 第二間接まで侵入させたところで手を一旦止め、内部に薬を塗り込めるようにぐるりと指を動かした。
 傷にふれたのか、先生が痛みを訴えるかのように小さく声を上げる。

 「ごめん。痛い?」

 気遣うように囁くと、先生がちいさく首を振ってその顔を僕の肩口に埋めた。
 いちど指を抜き出すと、薬を指に足して再び挿入する。
 押し開かれたことで空気をはらんだ其処と軟膏のぬめりのせいで、指を動かすと微かにくちゅりと水音が立つ。
 それが昨日のあらぬ出来事を思い出させるのか、先生は居たたまれないように身を捩じらせて肩に額を擦りつけた。

 「もう少し我慢して」

 入り口付近にも丹念に薬を擦りこむ。
 襞をなぞるようになんども指を蠢かせるたび、先生の背中がびくびくとひきつるように震えた。それに合わせて吐き出される熱っぽい吐息が耳元をくすぐっていく。

 ひととおり作業を終えると、傷にさわらないよう丁寧に指を退く。

 「……はい、もういいよ。先生」

 淫靡さをはらみ始めた空気を分断するように、わざと区切ってそう告げた。

 「……………」

 促すように脇腹に手をやっても、何故か先生は僕の肩にしがみついて顔を埋めたまま離れようとしない。

 「先生?」

 「………………」

 もしやと思い無造作に指を前方にすべらせてみると、先生がびくりと顔をあげて狼狽えるように腰を退いた。

 「あッ、や、駄目ですっ……」

 ふれてみれば其処は、すでにはっきりとした反応を示していた。
 ふ、と喉で嗤うような息を小さくもらすと、途端に先生が目元を真っ赤に染めて今にも泣き出しそうに眉根をよせた。

 そのままたちあがった性器に手を絡ませると、耳朶を舐め上げ奥に舌をさしいれる。

 「……いいよ、先生。楽にしてて」

 そう囁いてゆるゆると握りこんだ手を上下させると、先生が息をのんで一層つよく僕の制服のジャケットに爪をたてた。

 「あっ」

 そうやって前に刺激を送りながら、再び軟膏で濡れたままの指を後孔にもぐらせる。
 怯えるようにひっ、と息を詰めて身体を強張らせる先生の太股を、やさしく撫で上げあやす。

 「イかせるだけだから」

 先まで治療の意味で触れていた其処を、今度は明らかに性感を刺激するためにさぐるように蠢かせる。
 すぐに指を増やして昨日散々責め立てたばかりの弱い箇所を擦りあげると、あっという間に先生の性器は力を増して先端から泪を滲ませはじめた。

 「あ、あっ…、や、嫌です…っ…こんなの…」

 たった一日で自分の身体が大きく変化をみせていることに気がついたのか、先生が快楽に酔っているというよりは怯えに近い、か細いなき声を上げる。

 「大丈夫。気持ち良いんでしょ?こわくないよ…」

 囁きながらも追い詰める手の動きを速めていくと、それに比例して激しさを増す不規則な呼吸と喘ぎを繰り返しながら、先生がその細い両腕を僕の首にぎゅっと絡ませてきた。
 立てさせていた膝が大きく震える。

 「や、っ…ぁ、あっ…!」

 ぐり、とつよく内部から前立腺のあたりを指の腹でこすりあげると、先生がひと際高い声を放って吐精した。
 掌で包んでその放埓を受け止める。
 びくびくとした軽い痙攣が収まり全身から緊張が解かれると、ぐったりと力を無くしたその身体を腕に抱きこんで耳裏にくちづけ、後ろに咥えこませたままの指をゆっくり退き抜いた。汚れをティッシュで拭い取って着衣をきちんと整えると、そのままベッドに横たえてやる。

 「……夜神くん…?」

 「眠れそう?」

 そうやさしく呟いて頬をなでると、虚ろなとろりとした黒い眼が戸惑ったように僕を見上げてきた。

 「…あの、でも、………夜神くんは……」

 何をいわんとしているのか察して、気を遣ってくれてるのかとすこし嬉しくなる。

 「これ以上したら先生明日も学校来れなくなっちゃうよ。それじゃ困るだろ」

 笑ってそう告げると、先生は赤い顔をシーツに擦り付けて「すみません…」と申し訳なさそうに小さく呟いた。
 おもむろに立ち上がると、本棚から適当に興味のありそうなタイトルを選び出して数冊を手にとり、再びベッドサイドに腰をおろす。
 本を膝に置いたまま、腕をのばして先生の髪に指を絡ませた。

 「先生はゆっくり休んでよ。僕はここにいる」

 そのまま片手で黒髪を梳くようにくりかえし撫でると、先生は気だるげに横臥したままくすぐったそうに首を縮こませる。
 大人しくされるがままでいながら、目を伏せて「子供じゃないです」と小さく呟いた。

 「ゴメン、イヤだった?」

 仮にも年下の自分にそういう扱いをされることが気に障ったのかと思い、手を引っ込めると、先生が慌てて身を起こした。

 「い、イヤってわけじゃ…!」

 僕は面食らってわずかに目を見開く。
 先生ははっと我に返ると、気恥ずかしそうに視線をさ迷わせながらたどたどしく言葉を次いだ。

 「……嫌じゃ…ない、です…」

 消え入りそうな声で呟く先生に、笑って優しくその唇をふさいだ。
 狼狽するようにその肩がぴくりと震えたが、なんどか角度を変えて深くくちづけていくうちに、すぐに先生は力を抜いてくちびるをひらき、吐息を迎え入れた。
 そのまま細い身体をベッドに沈ませると、微かに濡れた音を立てて唇をはなす。

 「おやすみ、先生。早く良くなってよ」

 上体を起こし、髪を梳いてやりながらそう微笑むと、先生は熱のひかない上気した顔を僕から隠すようにして枕に埋めて横向いた。
 恥ずかしさを紛らわせるかのように身をすくめて縮こまり、そのまま目を閉じる。
 しばらくの間そうやって髪を撫で続けていると、やがて先生は猫のように身体を丸まらせたまま規則正しい寝息を立て始めた。

 二度目にみる、先生の寝顔。

 その子供のようにあどけない安心しきった表情を見つめているだけで、ばかみたいにどきどきしている。
 微眠んでいる先生が再び目を覚ますまでは、帰らないでただ側にいたい。


 起こさないようにそっとその頬にキスをおとすと、僕は本のページをめくった。





end.






おつです。
お見舞い編お届けいたしました。
今回も反吐が出るほど甘くて申し訳ございません…。もう趣味だから。甘いの大好きだから。ワタシが。
放課後編で削ったエピソードに色つけて起こしなおしたのがコレです。
エロとか最初はなかったですが、単体で読むなら入れるべきだろうと思い直しました。
ていうかワタシが書きたかっただけです(暴・露)

ホント「高校教師にはこういう路線の話が求められているのではないか」とかいうことを意識するよりも、
己の欲望を先行させっぱなしです。まるで暴走列車。途中下車は出来ません(謎!)
竜崎先生がもはやLたんの片鱗すら残っていないような気が最近になってしてきました。
いいんだ。いいんだよ、パラレルだから。

よろしければ感想などお聞かせくださるとありがたいですv
最後まで読んでくださってアリガトウございました!


update---2005.4.4