忘れえない傷痕





 一生残る傷痕がある。

 ピアス、刺青、手術痕。

 その傷はその人間の人生の一部となり、歴史となる。
 どういう経緯にあれ、その傷がついた時のことを生涯忘れることはないのだろう。


 昨夜、竜崎を抱いたときに実践してみた。
 四つんばいにさせて背後から抱きしめた状態で、その背中に強く歯をたてた。
 竜崎が痛いと言って嫌がったのでそれっきりになったが、皮膚がすこし破れてわずかに血が滲んでいる白い肌はなまめかしいほどに扇情的だった。
 腰を揺らめかせながらそっとその傷に舌を這わせれば、竜崎はひきつれるような細いなき声をあげて身を捩らせる。
 その淫靡さをはらんだ眺めに、思わず全身の血がどろりと逆流するような興奮を覚えた。

 ことが済んだあと、機嫌を損ねた竜崎にサディストだのとさんざん罵られた。
 そんな性癖は持ち合わせていないはずだったが、傷ついた肌と竜崎の痴態に劣情をそそられたことは確かだったので否定はしないでおいた。

 何日も経った頃には傷はすっかり消えて、元の滑らかな肌に戻っていた。
 やはりあの程度の傷では残るはずもないと、少し残念に思った。


 いつか、竜崎に消えない傷をつけてやりたい。
 この胸の欲望も慕情も、すべてをふき込んだ生涯残る傷を。


 忘れえない、傷を。





-------------------------------------------------------------------------------





猫 --月side





 竜崎は本当に猫のようだ。

 不遜で生意気でワガママで、自分勝手で気まぐれで。
 甘えてくるくせに決してなつかないプライドの高い猫。

 実際、快楽にまどろんでいるときの竜崎はこちらが驚くほどの乱れ様で、切ない声で思わせぶりに甘く鳴いてみせる。
背中に痕がつくほど爪を立てて引っかいて喘いでおきながら、ことが終わればまたいつもの無表情だ。

 僕が猫みたいだと口にするたび竜崎は「またそれですか」と呆れたような表情をしてみせる。
 その表情が見たくて僕はまた同じ言葉を繰り返す。
 我ながらばかみたいだ。

 こちらに丸まった背を向けて横になっている竜崎の首筋に柔く噛み付いて「似合いの首輪を買ってやろうか」と揶揄するように囁いたら、遠慮もなしに思いっきり蹴られた。

 やっぱり猫だ。





-------------------------------------------------------------------------------





猫 --Lside





 夜神くんは私を猫みたいだ猫みたいだと事あるごとに言いますが、私に言わせてみれば彼の方がよっぽど猫のようだと思います。

 彼の薄い飴細工のような茶色の髪はとてもやわらかくて、さわるとまるで猫の毛並みを撫でているかのように心地が良いんです。
 夜神くんに圧し掛かられているときなど、その髪が彼が俯くたびに身体に触れてくすぐったいのですが、最中にそんなことを言うのも失礼かと思ってがまんしています。

 私が何度もなんども飽きずにその髪を梳くように撫でていると、彼は不機嫌そうな顔で「子ども扱いするな」と言います。

 そんなつもりで撫でてるわけじゃないんですけど。

 気持ち良いのでもう少しだけ触らせていてくださいと頼むと、複雑そうな顔をしながらも私の横に身を伏せていてくれます。

 彼の柔らかな髪にキスしていると、ほんとうに幸せな気分になれます。

 あのくちびるに心地良い感触が、私は大好きです。

 もしかしたら彼の身体のなかで一番好きなところかもしれません、と云うと、彼はまた嬉しいのか悲しいのか怒っているのかわからない表情で「ふうん」とだけ呟いて、しばらくそのまま撫でさせていてくれました。





-------------------------------------------------------------------------------





saudade





 「顔も分からない相手に殺されるなんて私はごめんです」

 竜崎がひとりごちるように言葉を漏らした。
 「しかも遠隔で心臓麻痺なんて自らの手を汚さないやり方で。卑劣な手段だとは思いませんか?被害者は一体自分が誰に殺されたのか、いや殺されたのかどうかすらわからないまま死ぬんですから」
 珍しく饒舌な竜崎を、月は面白いものを見るかのように見つめていた。
 「今夜はよく喋るんだな」
 「少し酔っているのかもしれません」
 いつもと変わらない表情で、平然とそう言い放つ。

 「………もし月くんがキラで私を殺すのであれば」
 冷徹な追跡者の目か、それとも愛しい者を見つめる恋人の視線か。
 竜崎の双眸が真っ直ぐに月を射抜いた。

 「縊り殺してください。その手で」

 月が唇の端を吊り上げて云った。
 「僕はキラじゃないよ」
 「………そうですね」

 竜崎の目がゆっくりと伏せられた。

 その黒い睫毛の下に隠された瞳はどこか、寂しげに見えた。





-------------------------------------------------------------------------------





フェチズム





 初めて見たときから、とてもきれいだと思ってた。


 「綺麗ですよね」
 つい、無意識に思っていたことが口をついて出た。悪い癖だ。
 「何がです」
 「いや、手が。竜崎の」
 そう言って指差すと、竜崎は自分の手に視線をおとした。
 「普通ですよべつに……松田さんと同じじゃないですか」
 「ぜんぜんちがいますよ!!」
 竜崎が目線の高さで品定めするように開いたり閉じたりしている手を、思わず両手で掴み声を荒げる。
 「色白くて指とか長くて、あと掌と指のバランスとか、手の甲の…」
 一気にまくしたてたところで、はたと我に返った。
 「す、すいません……!」
 目を丸くしている竜崎の手を慌てて離す。
 「松田さんはそういうフェティシズムをお持ちなんですか」
 呆れたように半眼になって竜崎が呟いた。
 「え………いや、別に…そういうわけじゃないんですけど」
 これは本当だ。
 いままで誰かの手を見て特別綺麗だとか、好きだなどという感想を持ったことは無い。
 「ただ、竜崎の手は…初めて見たときからきれいだなって………」
 ぽつりと小声で呟くと、竜崎はそんな僕をきょとんとしながら見上げている。
 「あ、あの……気に障ったなら…」
 「……よくわかりませんけど、褒められたのなら嬉しいです。……ありがとうございます、松田さん」
 そう言うと竜崎はいつにない素直な、幼さの残る笑顔をみせた。
 「……………」
 「どうかしましたか?」
 「いっ、いえ!!なんでもないです」

 やっぱり綺麗。

 その手が何気なく動作するのを目で追うだけで、こんなにどきどきするのは何故だかわからないけれど、

 竜崎の手は、とてもきれいだ。