バレンタイン編





 驚いた。


 だって先生は興味がないと思ってたから。


 「バレンタイン…ですから」


 そう云って、躊躇いがちに差し出された白い紙袋の中の小さな箱。
 いかにも先生が選びそうな、シンプルなオフホワイトの包装紙に包まれリボンのかかったそれは、中を確認せずともお菓子の類だと判断できる。


 珍しく放課後、先生の方からマンションにお誘いがあったと思えば。


 ソファに腰掛けたまま、あっけにとられた顔でその上等な箱と先生の顔を交互にみつめていると、ほのかに頬の赤い先生が訝しげに「なにか、おかしいですか?」小首を傾げた。


 「いや、だって……先生、バレンタインなんて興味ないって…」


 学校で云っていた気がする。

 週初めの昼休み、なんの気無しにバレンタインの話題になり、その時に先生は『チョコレートを貰えるのは嬉しいけれど、貰ったらお返しをしなくてはならないし、生徒からのものも含めれば大変な数だから毎年頭が痛い』とため息をついていた。

 まあ、僕にしたって似たような考えだったし、
 そんなものか、と、諦めていたのだが…

 間の抜けた顔のまま先生を見つめていると、先生がばつの悪そうな顔をうつむけてぼそぼそと呟いた。


 「そ、それはそうなんですけど…。
 そう云ったら、夜神くん、『残念だな』って…」 

 「…………」


 確かに云った。
 冗談半分に『先生から貰えないの残念だな』って…


 「…………覚えててくれたの? …それで?」


 こくん、と赤い顔が頷く。


 先生の手の中のチョコレート。

 細いリボンに控えめに印字された、有名なショコラティエの店名が見て取れる。
 一目でわかるほどバレンタイン然としているわけではないが、この女性が多い時期、買いに行くのは恥ずかしかっただろうなと考えると、微笑ましさの反面嬉しさもこみ上げてくる。
 今までどんな女の子から好意の篭もったチョコを渡されても、疎ましさこそあれど嬉しいだなんて感じたことはなかった。


 「でも…夜神くん甘いもの苦手だそうですし、要らないなら 別に…
 私 自分で食べますから …………どうしたんですか?」


 先生がまた、首を傾げてこちらを窺ってくる。


 「…いや、バレンタインに好きな人から貰えるチョコレートって、こんなに嬉しいものなんだって、ちょっと感動してた」

 「!!」


 初めての発見に本気でそう思ったので大真面目な顔でそう呟くと、先生の黒い瞳がこぼれそうなほど見開き、みるみるうちに耳まで真っ赤に染まった。


 「だから、真顔でそういうこと云わないでください!!
 ……馬鹿…」











 包みを紐解くと、ゴシックブラウンの箱の中には数個のシンプルなプラリネやトリュフが詰められている。

 「あんまり甘くないのを選んだつもりなんですけど…」

 そう云う割りに、はなからビターという選択肢がないところが先生らしい。
 まあ、先生の『甘くない』は普通の人間には通用しないから仕方ない。

 細やかな細工の施された粒をひとつ取り上げる。

 「先生、あーんして?」

 にっこり微笑んでそう云うと、先生は眉をしかめて閉口した。 

 「私に食べさせてどうするんですか。
 やっぱり要らないなら、本当に…」

 ほんの少し指先に摘まんでいただけで、もう溶け始めたチョコレートを慌てて自らの口の中に放り込む。舌に纏わりつく独特の甘味は、良質なそれでもやっぱり甘いものは甘い。

 「無理して食べなくてもいいですよ」

 そっぽを向き、先生がわざと拗ねたような声を出す。
 僕は喉だけで笑ってその顎を捉えると、有無を云わさずにびくり、と肩を震わせる先生のくちびるを塞いだ。

 「ん…、っ…」

 そのままくちびるを押し開くように舌で促し、チョコレートを割り込ませる。
 柔らかな舌の上、先生の熱で溶けるプラリネをつつくようにして転がすと、まろやかな甘みが鼻腔を通って抜けた。からめとるようにして崩れかけたそれをすくい取り、自らの口内にもどすと奥歯で噛みつぶす。どろりとした感触と、微かなアーモンドの香り。

 「甘いね」

 ため息の端でそう呟くと、先生はすこしだけむっとしたような表情を作った。
 うんざりしたような声色に聞こえてしまったのだろう。

 「あたりまえですよ。チョコレートですから」

 「いや、先生が」

 「え?…」


 チョコレートとともに喉をすべり落ちていく、
 焼けつくような甘さ。


 軽い眩暈を覚えながら、再び同じく甘ったるい匂いをさせたままの先生のくちびるを塞ぐと、先生は一瞬身をかたくしたきり、されるままに口を開け舌を差し出した。 












 「ベタベタします」


 笑いながら先生が云う。

 チョコレートの後味が残ったままの舌で舐めたら当然そうなるだろう。
 なんだかその余裕の発言が気に入らなくて、吸いつくようにして脇腹になんども舌を這わせると、あっけないほど簡単に、先生は息を乱して黙った。

 ちゅ、ちゅ、とわざと音を立ててさらけ出された肌を舐るたび、先生は先の甘さに当てられたみたいにいつもより高い声で鳴く。無意識に決まっているが、媚びるような視線で身をよじらせるさまは発情した雌猫みたいで、意図しない煽情的な媚態はこっちの余裕も失くさせる。

 「あ、あ…、っや、や がみくん…」

 唾液をまとわせ、慎重にもぐらせた指でゆるゆると内壁をなでていると、鼻から抜けるような甘い声で、先生が僕の名前を呼んだ。

 「なに? 先生」

 「…っも、ぃ …ですから」

 「え?」

 「ゆび、いいです、から…、はやく…」

 ほしいです、と息だけで強請る。珍しい。
 どんな時だって、先生が要望を自ら進んで口にすることは、あまりない。特にそれが情事の最中なら尚更。

 「駄目だよ。まだ全然慣れてない。…ほら」

 確かめるように指先を内部で折り曲げる。
 「ぅうっ…」と歯列の隙間から絞り出すように呻き、先生が喉を反らせた。
 反応を返すようにひくひくと収斂する其処はまだ固いながらも、その刺激が先生にはたまらないようで、既に勃ち上がり充血した先端からとろりと溢れた蜜がたれおちる。
 素直に感じている先生はとても可愛い。

 ゆっくりと指を増やし、くちゅくちゅと水音を立てて粘膜をこすりあげるように抜き差ししていると、短い不規則な喘ぎが、息をひくような泣き声混じりの音に変わる。

 「や…、あ …、あ…、っ、もう…っ」

 「我慢できないの?」

 指は休ませずに耳裏に口づけながらそう囁くと、先生が目尻に涙の溜まった瞳で頷いてみせる。その切羽詰まった様子に苦笑すると、僕は指をずるりと引き抜いた。まだ不十分だが仕方がない。

 「そうだ」

 可哀相なほどに余裕のなくなった先生を見ていると、不意に悪戯心が湧いた。

 サイドボードに包みごと置いてあったチョコレートの箱に手を伸ばし、粒をふたつほど取り上げる。怪訝そうな表情を向けている先生にそれを翳してみせると僕はにっこりと微笑んだ。

 「食べさせてあげるよ」

 「え…?」

 咄嗟に何のことか判断しかねる、と云った様子で聞き返してくる先生に構わず、だらりと無防備に開かれたままの膝を捉え、その奥まった場所に手を伸ばす。ぐっとソレをいりぐちに圧しつけたところでようやくその意図に気がついたのか、先生が慌てた声を上げて身を起こした。

 「や、夜神くんッ!?」

 指先で押しこむように力を加えると、小さなチョコレートの粒は滑り込むようにして、なんなく先生の中に収まった。

 「っう…、な、にを…」

 「大丈夫。先生のココ、すごく熱いから直ぐ溶けてなくなっちゃうよ」

 「や…ッ やです…!やめ…」

 僕の言葉に血相を変え、咄嗟に腰を退こうとする先生を逃がさず押さえ込むと、笑いながらふたつ目を中に押し入れる。再びすんなりと内部に這入りこんだ粒を更に奥へと送り込むように指を挿れると、ひとつ目のチョコレートは既に周りから溶け始め、硬度を失くしていた。

 「と、とってくださ…っ、おねがいですから、やがみく…」

 「大丈夫だって。悪いものじゃないし」

 「そッ、そういう問題じゃないです…!!」

 先生は今にも泣きそうな真赤な顔でおろおろしている。
 中で溶け出しているのが感じられるのだろう。ぐちぐちと粘着質な音を立てて中をかき混ぜてやると、その感触が気持ちが悪いのかなんとも云えない表情で顔をしかめた。

 「ほら、もう溶けてほとんどないよ」

 「……ッや…」

 「舐めて、出したげよっか?」

 「!! やだぁ…ッ」


 ああ、そんな顕著な反応をしてみせても、助長させるだけなのに。


 先生は僕の指とチョコレートを奥にくわえ込んだまま、どうしようもなく泣き始めた。
 今日はいつもに増して過敏な感じだ。泣き易いのはいつものことだけど。
 ひっく、ひっくとしゃくり上げながら、僕が指を蠢かすたび喉をかすめるような鳴き声を上げる。

 「…っひ、酷いです… せ、せっかく買ってきたのに、こんな…」

 「ごめんね。先生」

 予告なく指をずるりと抜き去ると、「あっ」と大袈裟なほどの声を上げて先生が仰け反った。当然、溶けてどろどろになったチョコレートに塗れた指に、舌を這わせてみる。
 そのさまを見上げていた先生が一瞬真赤な顔で声を上げようとしたが、居たたまれないのか黙って顔を逸らした。

 膝をつかんで閉じかけた脚を開かせる。

 お菓子で悪戯なんてするから、交わる前から先生の肌は糖分でべたついてしまって、舐めたらきっとどこもかしこも甘いような気がする。
 普段から甘いものばかり食べている先生だから、汗すら甘くても驚かないけれど。


 「ねえ、…食べてもいい?」

 「え…」


 返事も待たず、怒張したものをいりぐちにあてがう。
 先生が息を飲む音が聞こえたが、構わずにそのまま身体を押し進めた。


 「あ…、あ、ぁあ…ッ、ッ」


 先生の背が、綺麗に仰け反る。

 ぬるりと吸いついてくる感触とともに僕を迎え入れる先生の奥地は、チョコレートが潤滑になってか思ったよりすんなりと開いた。根元まで埋めこませると、びくびくっと軽く奥を痙攣させ、僕を締め上げてくる。

 相変わらず狭い、先生の中。

 何度抱いても、気を抜けば直ぐにも持っていかれそうになる。


 「…は、…ぁ……ッ、…ん、や、やが…」

 「…ちょっと、激しくしてもいい?」


 忙しなく呼吸している先生の耳もとにそう吹き込むと、脚を高く抱え上げる。
 慣らすようになんどか緩やかに抽挿したあと、勢いをつけて一気に奥まで突きこんだ。

 「ひ ッ… !!」

 ぐちゅ、ぐちゅ、と腰を揺らすたびに艶めかしい音が鼓膜を犯す。
 纏わりつくぐずぐずに濡れた粘膜を引き剥がし、ぎりぎりまで引き抜いては根元まで埋めこむ。奥を突くたび、先生の半分開かれたくちびるから高い嬌声が漏れた。

 いつもだったら、くちびるを噛んで声を殺そうとするのに。

 始まりからしても学校で他人の目を盗んで抱き合ってばかりだったから、例え場所がこのマンションの寝室であっても先生は極力声を出すまいとする。
 半ばそれが癖のようになっていたから、こんなふうに始めから素直に喘いでみせる先生はあまり見たことは無かった。


 「あ…、はぁ、…あ…、ッあぁ…!」


 白い脚が、腕が絡みついてくる。

 まるで逃すまいと必死にすがりついているかのような子どもじみた仕草に、えもいわれぬ愛おしさがこみ上げてきて、吐息ごと塞ぎこむように濡れたくちびるに口づける。
 先生は、苦しそうに喉を引き攣らせながらも健気に舌を絡めてきた。

 甘い、どこまでも糖度の高いセックス。

 いままでにこんなにまで求められているセックスを味わったことはないな、とぼんやり考えながら揺さぶっていると、先生の鳴き声が色を変えた。絶頂が近い。

 あぁ、あぁ、と高く押し出すような喘声を吐きながら、先生が身をくねらせる。
 あまりに堪らないのか、しとどに濡れて蜜を垂らす自らの陰茎に伸ばされた細い指を、絡めとってシーツに押さえつけた。


 「もうちょっと我慢して。僕も、いくから」







途中…途中…