ルール オン ジェラシー 11





 「すまん……」


 ことがすべて終わった後。
 俺は真っ赤な顔で項垂れたまま古泉に跨っていた。

 別にいやらしいことをしているわけじゃない。
 後処理の一環だ。

 さっき俺が放ったものでべったりと汚れた古泉の腹部を、濡らしてきたタオルで拭う。
 ブレザーこそ脱いでいたものの、当然ながら古泉はシャツを着たままで。
 そんな状態で後先考えずに上で射精なんかすれば、そりゃあ衣服は目も当てられない事態になることは明白だ。

 「別にかまいませんよ。どちらにしても一度家には帰りますし」

 そう言って微笑む古泉は、先ほどまでの鬼畜くささはどこへやらの、爽やかな二枚目に戻っていた。どこか楽しそうに俺にさせるまま手つきを眺めているあたり、楽しんでいるに相違いないとは思うが。

 「さっきの電話、…バイトじゃなかったのか」

 「ええ、まあ……そうなんですけど」

 ちょっと遅刻ですね。そう言って後頭部に手をやる古泉を眉をしかめて見る。
 脳裏にいつかの森さんがよぎった。あの美人を怒らせたら相当怖そうだ。

 「怒られるんじゃないのか」

 心配したと勘違いしたのか、古泉は口許を緩ませながら、

 「閉鎖空間のように火急を要する仕事でもありませんし、
  あなたが気にすることじゃありませんよ」

 するりと、のびてきた掌が頬のラインをくすぐってくる。


 「仕事より、あなたのほうが先決だと思ったものですから」


 「…………っ!」

 どうしてそんな気障ったらしい科白を素面で言えるのかね。こいつは。
 聞いているほうが恥ずかしい。そう思ってうつむいたのだが、顔の熱が1℃くらい上がったように熱くなったあたり、効果覿面だと思われたかもしれない。それが非常に腹立たしい。

 「…っほら、終わったぞ」

 あらかたぬめりを拭い取り裏返した面で後をきれいに仕上げると、俺はそそくさと古泉の上から退いた。
 立ち上がり埃を払う。ただでさえ使われていない教室で清掃も行き届いていないような場所でしゃがみこんでいたせいで、制服がだいぶ汚れてしまった。
 あまつさえ寝転んでいた古泉は言うに及ばずだ。
 こんな場所で69とか、さすがに変態の思考回路は理解の範疇を超えてるな。
 それを言うと最初に誘ってきたのは誰ですか、という話になるので、黙っておいた。

 もとからの黴臭い空気に加えて、青臭い匂いが残っていていたたまれない。
 机の積み重なった窓際に寄り、レールに埃のつもった窓を開けると、冷たい空気が吹き込んでくる。
 熱りきった頬を冷やす風が心地いい。

 音も立てず古泉が背後に立ったかと思うと、そのまま腕をからませるように
 抱きしめられた。

 「ちょっ……古泉」

 窓際だってのに何考えてんだ!
 見られる、と諌言しようとした口は、耳許で囁かれた言葉に閉じざるを得なくなる。





 「あと少しだけ、こうしていてもいいですか」






















 「よう」



 部室棟へ続く渡り廊下。

 そう言って片手を上げながら向かいからやってくる人物を見て、
 俺は思いっきり顔をしかめた。

 そう広くもないが狭くもない校内で偶然に、出来ることなら二度と顔を合わせたくない人間とばったり遭うというのはどれくらいの確率なんだろうか。
 今回の一件でめでたく要注意人物ブラックリストに列された会長との遭遇に、俺は全身でエマージェンシーを発動して警戒モードに入った。
 間違っても奴を半径三メートル以内に入れてはいけない。

 「…生徒会長がこんなところで油売ってるんすか」
 「お前たち暇人と一緒にするなよ。仕事だシゴト。怠いったらねーよ」

 横柄な態度も周りに人がいないことを確認しているからだろう。
 つまらないとか不機嫌といった表現を固めたような表情で後頭部をがりがりと掻いている。ニコチン切れか?
 さっさと離れた方が得策だ。
 会長が一歩進むごとにじりじりと後退する。
 前に進まないことには目的地である部室にはたどり着けないわけだが、会長が平然と距離をつめてくるものだから下がらざるを得ない。
 端から見たらそうとう挙動不審だと思うが仕方あるまい。猛獣には背を向けたり目を逸らしたりしてはいけないというしな。

 「そんなに警戒するなよ」

 会長が吹き出すようにして笑う。
 どの口が吐く台詞だそれは。

 「あんたのお陰で散々な目にあったもんでね」

 恨み言のひとつくらいバチは当たらん。
 俺が猫なら毛を逆立てて威嚇しているところだ。

 「心配せんでも何もしやしねえよ。キツイ釘も刺されたことだし」

 会長が腕を組んで笑む。



 「お前の飼い主にな」


 古泉に?
 …というか飼い主とか言うな。
 俺の仏頂面など意に介した様子もなく、眼鏡のブリッジを指先で直しつつ、



 「『今度彼に妙な真似をすれば、能うかぎりの手段で以って貴方を排斥します』
  …だとよ。愛されてて結構なことだな」


 「…………」

 おかげで真夜中に呼びつけられて散々だったぜ、と悪びれるふうもなく言い放つ。
 俺が家に帰ったあとか。
 そういえばあの時、あとで連絡するとかなんとか言っていた気もする。

 確かに、古泉がマジでキレたらそれくらい簡単にやりかねない。
 会長にもそれがわかっているんだろう。

 「まあ、俺もせっかくのコネクションをわざわざフイにする気もない。奴のいっぱいいっぱいな顔を見れただけで十分だ。せいぜい可愛がって貰うんだな」

 ひらひらと掌を振りながら、会長が俺の横をすれ違う。
 ちょうど真横に差し掛かったところでおもむろに立ち止まると、顔を俺の身長に近づけるように僅かに下げて、



 「まあ、奴に飽きたら言え。たっぷり虐めてやるよ」



 「………ッ!!」

 低く囁かれた一言が脳に伝わるなりかーっと血が上る。
 思わず振り上げた拳を難無くかわすと、会長は嫌な笑みをひとつ残して校舎の方へと消えていった。


 忌ま忌ましすぎる。
 古泉といい奴といい、機関の手先は揃いも揃ってSばかりか!


 はっとして周囲を見回す。
 よく考えなくともここは部室棟の前で。
 こんなところ、古泉にまた見咎められようものなら今度こそ縊り殺されそうだ。

 幸い周囲に人の気配はまるでなく、渡り廊下の庇ごしに見える文芸部室の窓も閉まったままだった。

 以前から薄々、古泉が独占欲の強い男だということは察していたが、それにしたって相手が可愛い女子とかならともかく、これからはどう考えても一般的に悋気の対象にはなりそうもない野郎にまで気をつけねばならないとは。
 まさに受難としかいいようがない。
 



 俺は大きくため息をつくと、部室へと赴くべく足を動かした。







end






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会長ありがとうございました
そしてキョンくんはおつかれさまでした…
会長は古泉もキョンもからかいたい対象のSだったらいいと思います


update:08/2/19



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