真夜中、僕の部屋のインターフォンが鳴らされたのは、
 ちょうど新年まで残すところ八分を切った時だった。















粉雪が降る前に




















 「寒い。早く入れろ」

 そう不機嫌そうな顔で言った彼は耳まで赤くなっていて、それは別に照れているとか恥ずかしいとかそういう理由ではなく、単に彼が言うように寒さからだというのは、廊下から容赦なく吹き込んでくる寒風で推し量れる。
 早く冷え切ってしまった彼を家に上げて温かいものでも入れるのが先決だと思ったが、それより何よりまず疑問が口をついて出た。

 「どうして…」

 家にいらっしゃったんですか、と文節の最後まで発音するより先に、彼が僕の脇をすり抜け三和土に上がり込む。羽織ったダウンコートが少し湿り気を帯びていて、もしかしたら外はもう雨か雪か降って来ているのかもしれない。

 「あー…この冷え込みで自転車は自殺行為だな。凍るかと思った」

 ぶつぶつと言いながらコートを脱ぎ露を払う。

 「ご家族と過ごされなくてよろしいんですか」
 「お前が年末家に帰らないらしいって話をしたら、お袋が行けって言い出したんだよ。むしろ呼べって言ってたんだが、お前気ぃ使うだろ、そういうの」
 「はあ…」

 確かに冬休みに入る前、年末年始もこの部屋で過ごすことを何の気無しに彼に話した。
 もちろん学校が休みでも機関の仕事はオフでないこともあるが、年の瀬だからとわざわざ帰りたいとも思わなかったし、一人で過ごすならそれで気楽だと思っていたのだが。

 「なんだか…、すみません、気を遣わせてしまって」

 後頭部に掌をやりつつそう言うと、彼は素っ気ない仕草で顔をそらし、

 「別に」

 長門さんばりに簡潔な返事をすると、さっさと靴を脱いで勝手知ったる部屋とばかりに上がり込む。気まぐれな猫みたいだ。
 いつものようにリビングに直行する前にキッチンに寄ると、彼が調理台の上にぶら下げていたビニール袋を置いた。

 「お袋がお前に食わせろって。蕎麦」
 「あ…わざわざすみません」
 「もう飯食ったよな?」
 「ええ」

 どっちにしろ今から用意したんじゃ年越しには間に合わないな、と呟く彼の後に続いてキッチンに入ると、その背後に回る。彼がこちらを振り返る前に、顎を肩口に乗せて腕を廻し細い身体を緩く抱きしめた。
 アイボリーのニットが繊維まで冷え切っていて、そんな寒い中を自転車を漕いで来てくれたのかと思うと、

 「嬉しいです」

 耳元で囁く。返事をするようにぴく、と肩がすくまった。
 シンクに向かっていた彼が、腕の中で方向転換して向き合う形になる。いたずらっぽくくちびるを歪めた彼が、両手で僕の頬を包み込むように触れた。


 「お前が年甲斐もなく淋しがってると思って来てやったんだ。感謝しろ」


 いつもは僕よりも体温の高い指先が氷のように冷たくて、僕は微笑みながらその手に温度を分け与えるように掌を重ねた。

















 「お前、テレビもつけずに何してたんだよ」
 「いや…逆に、賑やかな番組見てる方が寂しくなりませんか」

 余計に一人を実感して、と笑うと、彼は何故かふて腐れた表情を浮かべる。
 静まったリビングにはエアコンの稼動している音くらいしかなくて、確かに静寂がすぎると言われればそうかもしれない。
 ココアの入ったカップを、ソファの定位置に腰掛けた彼に差し出す。
 もう片手には自分の分のコーヒー。それももう定番化していることだ。
 サンキュ、とカップを受け取った彼が、湯気の立ちのぼるそれに息を吹きかける様に頬をゆるめる。
ふと、時計に目をやると、すでに0時を二分ほど過ぎたところだった。

 「明けましておめでとうございます」

 微笑みつつ軽く頭を下げると、彼はカップに口をつけようとしていた動作を止め、どこかばつが悪そうな表情で、

 「……おめでとう」

 小さな声で返し、ココアをひとくち啜った。

 「うやむやのうちに明けちまったな」
 「ふふ…まさか貴方と一緒に新年を迎えられるなんて
  思っても見ませんでしたよ」

 ありがとうございます、と彼の、カップを持っていない方の手に触れると、彼の頬がぱっと赤くなった。体温はすっかり戻っているから今度は寒さからではないだろう。
 いたたまれなくなったのか、彼は視線を泳がせたあとおもむろに立ち上がり、ベランダに向かう窓のカーテンを開けた。

 「うわ…やっぱ降って来たな」

 そう声を上げる彼につられて、コーヒーをローテーブルに置き立ち上がると窓の外に目をやる。

 「道理で冷えるわけですね」

 漆黒の空の下、冷え切った空気の流れさえ見えそうなほど澄んだ景色にちらちらと白いものが舞っていた。
 外灯に照らされた家々の屋根に、うっすらと霜が下りたようなひかえめさで雪化粧がなされている。

 「積もるかな」
 「そうですね…予報では明け方まで降るそうですが」

 ガラスが彼の吐息で白く曇る。
 窓の外の雪を眺め続ける彼はどこか幼げな表情をしていて、その滑らかな頬に誘われるように、僕はそっと唇をおとした。

 「こい…」

 そのまま肌の上をすべるように移動して、襟首の開いたニットからすらりと覗く首筋に吸いつく。
 びくっとふるえ反応する彼の手に握られたままのカップを取り上げると、そのままテーブルの上に置く。零してしまっては後始末が大変だ。

 「ん…っ、や、やだ…古泉」

 向かい合わせに抱き寄せると、彼が嫌がるように身をよじらせる。
 何いきなりサカってんだ、と渋る彼がこれ以上つれない口をきく前に、背けた顔を無理やり正面を向かせキスをして塞いだ。

 「んく…っ、ぅ、…」

 ぎゅっと腕に力をこめつつ舌先でくちびるを割り歯列をつつくと、おずおずと口内に迎えられる。
 すぐにほどけてしまう抵抗は、彼が芯から嫌がってはいない証拠だ。こうしてキスひとつで彼のイヤ、がポーズかそうでないかは、僕には簡単に見分けがついてしまう。

 「ふ…、…んぅ、…ん」

 温かな粘膜をさぐりながらニットの裾から手を忍び込ませる。
 背筋から脇腹を撫で、胸元に指を這わせると、ん、と甘えるような吐息をはらんだ声がこぼれた。

 「は…ッ、こ、いず…」

 唇を離すと、苦しげに酸素を取り込む彼が涙目でこちらを見上げてくる。

 「ここ、じゃ…嫌だ、せめてベッド…」
 「たまにはいいでしょう、こういうのも」
 「よく、ねえよ…っ外からみ、見えたら…どうすんだ…」
 「見えませんよ」

 言いながら膝でぐっと中心を圧迫してやると、すでにそこが熱をもっているのが布ごしにもわかる。
 悪戯の証拠を見つけられた子供みたいに困惑顔を真っ赤に染める彼が可愛くて、くす、と耳元に吹き込むように含み笑いをこぼすと、彼はからかわれたのかと勘違いしたのか、眦を上げてバカ、と呟いた。
 拗ねた彼も可愛いと感じてしまう僕は、ほとほと彼に参っているらしい。












 「あ…、っうぅ、や…っ古泉、もう…ッ」


 彼の喘ぎが、段々と切羽詰まってきた。

 「駄目ですよ、もう少し…まだ慣らさないと」

 囁きながら、さらに襞の隙間をぬぐうようにして指を一本捩じ入れる。

 「ぅぁあ…ッ、ん、やぁ…っ」

 もう無理、と口走る彼の膝はがくがくと頼りなく震えていて、すぐそこまで迫り来る限界を如実に伝えている。

 せめてカーテンを閉めようとする彼を許さず、僕はそのしなやかな肢体を窓ガラスに押し付け背後から抱く形で苛み続けていた。
 立ったままだからか、場所が場所だからなのか、それとも両方なのか、いつもよりも高ぶりが早い彼はあっという間に快楽に篭絡し虚ろな瞳を揺らしている。

 「も…指、いやだ、…っこいずみ…ッ」

 焦燥にまみれていた声が悲痛さを滲ませはじめる。
 ぬちぬちと卑猥な音を立てながら後口を弄る手を止め、耳朶を含んだ。それだけでも刺激になるのか、ひくんと中が収斂する。

 「…痛いかもしれませんよ」
 「ん…ッいい、から…」

 硝子に額を擦り付けながらはやく、と哀願する。

 「……畏まりました」

 指を一気に抜き出すと短く悲鳴が上がった。
 口を閉じきらないぬるついた其処にすでに立ち上がった自身を押し付けると、自分から欲しがった癖に怯えたように背筋がすくむ。

 「…入れますよ」
 「ん、ひっ…ぁあ、あ…ッ!!」

 やはりまだ狭い器官をやや強引に圧し開くように揺すると、呻きに近い嬌声を漏らす彼の瞳からぼたぼたと涙があふれた。

 「ふ…、ぐ、ぁあ…、…」

 ゆるゆると慣らすように腰を動かす。
 彼の呼吸が落ち着いてきたのを見計らい、片足をぐっと持ち上げ開かせると、ぎりぎりまで抜き出したあと届ける限り奥まで埋め込んだ。

 「ぃ、あッ、あ、あぁ…!!」

 立ったままの状態だからか、いつもより締めつけがきつい。
 くらくらするような悦楽に酔いつつ衝動に任せて中を穿つと、切れぎれに高い声を上げて彼がのけ反る。さらに容赦なく追い立てるように、放ったままだった前に指をかけ二度三度と扱き上げると、

 「ひぁッ、やっ、やらぁッ駄目、イっ…!!!」

 不自然に語尾を詰まらせて彼の肢体がぎゅっと緊張したかと思うと、ひくつく先端から温い粘液が吐き出された。
 勢いよくはねたそれはべっとりと硝子を白濁に汚して淫靡に垂れおちてゆく。

 「は…っ、はぁっ……、あ…」
 「ふふ、いくの、早かったですね…そんなに気持ち良かった?」

 ぐったりと僕にもたれて悩ましく息をつく彼に囁いてやると、もう悪態をつく余裕もないのか、小さくうるさい、と吐き捨てたっきり唾液の零れるくちびるからは吐息しかこぼれなくなった。

 「…続きはベッドで、しますか?」

 頬に口づけながらお伺いを立てると、小さく顎が縦に振られる。
 まだ慾情のおさまらない、とろけた瞳がガラスに映り、その猥らな表情が可愛くて僕は決して離してしまわないよう、出来るかぎり強く彼を抱きしめた。


 窓の外では、夜半過ぎの闇夜をほのかに飾るように粉雪が降り続いている。
























 「ん、あー、大丈夫だよ…、……、ああ、うん…」

 電話している彼の声で目が覚めた。
 ぼんやりと目を開けると、ベッドのふちに腰掛けて携帯を耳に押し当てている彼が視界に入る。そのまま窓を見上げると、カーテンの隙間からすでに高くなりつつある淡い陽が差し込んでいた。眠り込む前まで降り続いていた雪は止んだらしいが、この冷え込みじゃ凍りついた分は積もったままかも知れない。

 「…わかった、聞いてみる。…うん」

 シーツの上を這わせるようにして腕を伸ばしいたずらに腰を抱き寄せると、咎めるように空いた手で頭を小突かれた。

 「…ああ、それじゃ」

 ピッ、と電子音がして通話が切れる。

 「誰と電話ですか」

 会話の感じからアタリはついていたが、わざと聞いてみると「お袋だよ」と予想通りの答えが返ってきた。

 「御節用意してるからお前も連れて食いにこいって」

 なるほど、彼のお母堂らしい。
 抱き込んだ腰をぐい、と引っ張って毛布の中に引きずり込む。
 少し冷えてしまった裸の背中に手のひらを這わせると、彼は別段嫌がることもなく腕の中に納まった。

 「お前が嫌じゃなければだけどな」
 「とんでもない、ありがたい限りですよ。ご相伴に預かります」

 にこりと笑いかけると、シーツに頬を擦りつけ僕を見上げていた彼の頬が心なしか緩んだように見えた。

 「そっか。じゃあ…一時くらいに行くって返事しとくから
  お前先にシャワー行ってこいよ」

 そう言いながら、彼が握っていた携帯を操作し始める。
 いったん起き上がらせた上半身を、彼の背中に重ねるようにして圧し掛かると、

 「それにしても…」
 「ん?」
 「新年早々ふたり揃って貴方のお家に行くなんて、
  まるで若夫婦みたいな」
 「早く行け!!!」

 今度は本気で頭を殴られて、僕は痛む後頭部をさすりながら渋々バスルームに向かう。
 拗ねたように背中を向ける彼の耳が真っ赤になっていたことは、指摘しないでおいた。

 後が怖いですからね。








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夫婦みたいですね★って言わせたかった!それだけです…

update:07/12/31・08/1/2



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