渓谷から出るならば、本来ならば南西に進まねばならないところを真逆の北東に進んでいたとは非常に間抜けな話だが、それは大分後で知ったことだ。
 まさか反対方向へ向かっているとは思わなくて、と苦笑混じりに救助が遅れたことを謝られたが、むろん全面的に非は俺にあるわけでそれはもう穴を掘って埋まりたいくらいのいたたまれなさを感じた。今回のことも人間の禁忌たる森を舐めてかかった酬いというやつか。馬鹿じゃないのか俺は。
 しかも森歩きに慣れたエルフたる古泉の脚で丸一日なのだから、特段鍛練している訳でもなく普通の人間レベルの脚力・体力しかない俺を連れてとなると、下手すれば往復に一週間以上かかるかも知れないうえ危ないわ俺に大層負担がかかるわで大変だから、というのが古泉が俺を渓谷の外へ連れ出したがらない理由だそうだ。だったらそれを早く言ってくれ、と思わないでもない。
 家を出た昼過ぎから結構な距離を歩いた気がしていたが、住家からはさほど離れてはいなかったらしく、古泉におぶさってその背中の体温に安心を覚えていると、数時間も経たないうちに家までたどり着いてしまった。
 美しい容姿のみならず、知力に体力と、まさにエルフという種族は二物も三物も神様から与えられているもんだ、と少々卑屈になってしまうのも致し方あるまい。それくらい俺は無力で何も出来なくて、古泉に護られていないと何処へ行くことも出来ないちっぽけな存在なのだ、と今日ほど自覚した日もない。あ、言ってて涙が出そうになるな。

 無論その後も、完膚なきまでにボロボロにされた俺を、古泉は実に甲斐甲斐しく世話をしてくれた。と書けば聞こえはいいが、実際、家に帰ってからの手当ての方がある意味酷かったのも事実である。

















美しく深い森 6





















 「う、…っ、うう、…やだ、もう…、…」
 「我慢して下さい、もうちょっとですから」

 当然、家に帰り着いたらバスルームに直行だった。
 ただちに古泉が湯を用意してくれた、まではいい。いいんだが、洗い流さなくてはいけませんから、と一緒に浴室に入って来た古泉が俺に齎したのは、想像も絶する責め苦だった。
 べったべたに汚れた身体の外側を洗い流さなくてはならないのは勿論だが、この場合古泉の台詞が指しているのは、外ではなく中、だ。

 「うぇ、ッ…、…、も、むり、…だっ」

 四つん這いの状態で、頼むからやめてくれ、と床についた腕に顔を埋めてみっともなく嗚咽する。
 しゃくり上げることすら辛くて、もう泣く体力もない、と思うのに、それでも勝手に涙が溢れてくるのでどうしようもない。とうとう涙腺が壊れてしまったんじゃないだろうか。
 俺の哀願虚しく古泉はすみません、とかもう少しですから、とか宥める台詞こそ吐いても手を止めてくれる気配はなかった。
 体内に挿入された細い管から、温めた湯が注ぎ込まれる。
 少しずつ奥へ流れ込んでくるそれが全身が総毛立つような悍ましい感覚を呼び起こす。どっと吹き出る汗が額に滲んだ。
 さっきからずっとこれの繰り返しだ。
 ぬるま湯を注ぎ込まれては排出を促され、もう恥ずかしいとか屈辱とかそんな領域をとっくに超えている。種子を体内から掻き出されるくらいで死にそうだったのに、正直いっそあのまま沼に沈んでおきたかったと思い詰めるくらいの苦痛と恥辱だ。

 「はい、…出して」
 「……っ、…、うう…っ、」

 管を抜かれる。もう逆らう気も起きない。
 子供みたいにぐずりながらも言われた通りに身体から力を抜くと、注ぎ込まれたお湯が体外へ排出されていく、そのさまをすべて古泉の眼下に晒している。死にたい。

 「…もう大丈夫、みたいですね」

 あの触手の残滓が湯に混じらなくなったのを確認したのだろう。
 ほっとしたような声で独り言のように呟いた古泉が、確認するかのような手つきでぬるりとそこに指を挿れてくる。

 「ひ、っ、…」

 ぐる、と掻くように指を廻され、引き攣った息がこぼれる。
 痺れて、ひどい異物感の消えない其処を刺激されると、それだけでまた身体に染み込んだ毒が蟠る。まだ抜けきっていないのか。どのくらい続くんだ、これ。こんな状態が何日も続きでもしたら本気で身体が持たないぞ。
 無意識のうちにもじもじと腰を揺らしていたらしく、それに気づいた古泉のもう片手が前方へと廻された。

 「あ、っ…!」

 既に立ち上がり、先端にぬるついたものを滲ませていたそれをやんわりと握りこまれる。途端に腰が跳ね、中の指を強く締めつける結果になる。
 そのままゆっくりと、追い立てるように幹を大きな掌で扱かれ、押し寄せる愉悦に眩暈みたいに視界が揺らいだ。

 「うあ、ア、あっ、…いやだ、こいずみっ、…」

 もう出ない、と切れ切れに訴えても手は止まらない。
 堪らず腰を退かせて逃れようとしても、それは結局背後の古泉に身体を押しつける状態になり、後孔に埋まった指をさらに深く飲み込まされるだけの、悪循環だ。
 熱を発散する術がないのに迎える絶頂は、いつまでも快感が抜けず辛い。

 「水を沢山飲んで、出せるだけ水分を出してしまった方がいいんです」

 その方が早く毒素が抜けますから、と囁かれ、耳元に触れるその吐息にすらぶる、と身体が震える。
 暖かな体温と手と、優しく気遣うようでいてやや強引な愛撫。
 他の誰でもない、古泉にされている、と思うと、それだけで思考が麻痺するそばからとろけだしていくような、甘い愉悦に襲われる。

 「ん、っ、う、…、ぁ、ああ…!!」

 無理だと思ったのにあっけなくその瞬間は訪れて、びくん、と痙攣する身体を抱きしめられ、そのまま断続的に達した。
 快感に翻弄されている最中も中の指や性器を嬲る手は止まらず、こいずみ、と情けない声を上げながら意識を完全に手放してしまうまで、ひたすらその辛苦に耐え続けた。















 それから泥のように眠って、目を覚ましたのは翌日の夕方近くだった。
 ろくに声も出ないわ喉はからからだわ、身体は鉛みたいに重いわで最悪の目覚めだ。
 気絶してから先は全く思い出せないが、そうなるまでに風呂場で散々古泉に狂態を披露したような気がする。身体を洗い流した後も、殊更に水を飲まされながら、身体を弄られ射精とも言えない絶頂を何度も繰り返し、仕舞いには指じゃ足りない、入れて、と泣いて古泉をねだったような……ねだっていないような。これ以上明確に思い出すと俺の沽券に関わる気がするのでやめておこうと思う。
 とにかく、今回のことで学んだのは迂闊に森に入ると死ぬより酷いことになる、というのと、もうひとつ。








 「…ですから、貴方を連れて渓谷を抜けるには危険もありますし、貴方が思っている以上に貴方に負担がかかりますし、…それに」

 寝台の傍らに引っ張ってきた椅子に腰かけ、器用な手指で赤い果実の皮を剥いていた古泉の手が止まる。

 「それに?」
 「………もし渓谷の外へお連れしたりすれば」

 仰臥したまま傍らの古泉を見上げると、忽ち端正な美貌に似つかわしくない情けない表情を浮かべて、うなだれるように首を傾がせた。

 「こんな辺鄙なところで僕と二人きりでいるより、人のたくさん集まる場所で暮らす方がずっといいに決まってますから……貴方が、もうここへは戻りたくないと、そう仰るんじゃないかと」
 「…………」

 だからすみません、貴方を自分の傍から離したくない為に僕は、貴方の望みを叶えて差し上げることが出来ません、と泣き出しそうな顔で真面目に謝る奴の顔を見ていると、何だか悪いことをしたような気分になる。
 しかし俺からして見れば俺の帰る場所は既に古泉のいるこの家以外にないのであって、はなから人里に戻りたいと思ってもいないので古泉の心配はまるで杞憂なのだが。

 「わかった」
 「え?」
 「お前がそうしたいなら、もう言わん」

 俺はずっとここにいるし何処へも行かない。
 そうはっきりと言葉にしてやると、背骨を折る気かと苦情を入れたくなるような物凄い勢いで覆いかぶさってきた奴に抱きしめられた。
 要するにこいつは俺にべた惚れな訳だ。
 こうして出ることのできない美しい渓谷に閉じ込めたきり連れ出したくもないほどに。
 それは今回のことでよくわかった。何しろ、明るいところで奴を見て初めて気がついたことだが、いなくなった俺をあの足場の悪い森の中を探し回ってくれた奴の顔や身体は、生い茂った草木の枝葉でついた傷が無数に残っていた。綺麗な顔が台無しだ。なりふり構わず奔走して俺を見つけてくれたのだろう。それはいくらそっち方面に鈍い俺でも愛されているのだ、と実感できるに足る何よりの証明だった。
 随分と長く生きるエルフからしてみれば人間なんて、あっという間に老いて死んでしまう儚い生き物なのに、よりによってそんなのに執着するなんて酔狂だ。それは無論、逆も当て嵌まるのだが。

 でも、悪い気はしない。





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めでたしめでたし とみせかけて気分次第でエルフネタ続きます



update:09/10/11



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