病める時も、健やかなる時も 4





 「有効な対処法は、今のところない」





 翌日。

 痛む腰と鉛のような身体を引きずって行った長門との待ち合わせ場所である喫茶店で、俺は長門の相変わらずの無表情を、これ以上ない絶望感で以って見つめていた。

 予想もしなかった返答だ。
 最後の砦。切り札。困った時の頼みの綱。
 よもやその綱が切れていようとは、俺はこれっぽっちも疑っていなかったのだ。

 「ま…まてよ、長門。まさかと思うが…ずっとこのまま、
  ってことはない…よな?」

 頼む。それはないと言ってくれ。
 よくない汗をかきつつ心の中で思いつくだけの神仏に祈る思いでいると、長門は目をよくよく凝らしてやっとわかる程度に小さく首を横に振り、

 「現時点ではどちらとも言えない」

 希望を絶たれたわけでもないが喜べもしない返答をくれた。

 「長門にもわからないのか?」

 今度は縦に首が動く。
 小動物みたいな動作だ。

 「何故なら、これは涼宮ハルヒの心の問題」

 長門が俺の顔を真っすぐに見つめながらくちびるを動かす。

 「少なくとも、涼宮ハルヒが貴方への恋愛感情を整理出来ない限り、
 この状況は続くものと思われる」
 「整理、って…」


 「つまり、こういうことではないでしょうか」


 おもむろに、黙って横でカップを傾けていた奴が口を挟んでくる。
 やかましい。黙ってコーヒー飲んでろよ。
 視線だけを動かして横を睨みつけたが、古泉は僅かに肩をすくめてはみせたものの口を閉じる気はないようだった。

 「彼女…涼宮さんは、貴方と恋愛関係になりたいという願望以上に強く、貴方自身の幸福を望んでいたのでしょう。そして、彼女と貴方が結ばれることが必ずしも貴方に幸せを齎すものではないことを知った。その結果が、あなたと僕が誰に憚ることなく共にいられる今の状況設定という訳です」

 その解釈はおかしいぞ。
 仮にハルヒが俺の幸福を願っていたのだとして、なんでよりによってお前と結婚させられねばならんのだ。これじゃまったく逆効果だ。精神の安寧どころか、俺には不幸しか訪れんと思うが。


 「そこは彼女の判断でしょうね。『貴方の幸せは僕と一緒にいることだ』と」


 そこで俺を見るな!
 ニヤニヤするな!


 「涼宮ハルヒは、貴方達の仲を認めている反面、貴方への恋情を捨てきれないでいる。万が一にも彼以外の人間と貴方が結ばれることは、到底彼女の許せる所ではない」

 「…………」

 つまりはあれか。俺が他の誰かとくっつく前に、いっそ古泉と結婚という既成事実を作ってしまえということか。なんちゅう突飛な発想だ。
 あいつの場合、それが思うだけじゃ済まない。
 こうして実際に、現実に作用してしまうのだから恐ろしい。


 「要するに、涼宮さんの彼に対する恋愛対象としての執着が失くなった時、
  元の世界に戻れる可能性があるということですね」
 「あくまでも可能性」



 「それがどれくらい先になるかは、わからない。明日とも、五十年後とも」



 「………………」


 重たい沈黙が流れる。

 たっぷり十数秒固まったあと、俺は盛大にため息をついて
 テーブルの上に突っ伏した。


 マジかよ…。勘弁してくれ。


 「まあ、そう悲観したものでもないじゃないですか。
  絶対に戻らないと決まった訳ではないんですから」

 やけに明るい古泉の声が忌々しい。忌々しすぎる。
 
 古泉と結婚生活を送っていることを除外すれば、この世界とオリジナルの世界に違いは殆どない。以前のように古泉やハルヒが顔も知らない赤の他人になっていたり、朝倉涼子が蘇ってきたり、ましてSOS団の存在がなくなっているわけでもない。作られたものにせよ、三年間の記憶もある。
 不都合はないだろうと思うかも知れないが、実際は大有りだ。
 気がついたら同性と結婚させられていた男の気分を分かち合ってくれそうな人間なぞ、世界広しと云えども皆無と言って過言はない。唯一同じ状況に置かれているもう一人は、どちらかというとこの状況を喜んでいるからな。
 付き合っていたからいいってもんでもない。
 例えこの世界の常識基準が捻じ曲げられていようと、いやなものはいやだ!

 「貴方がどう思われるにせよ、僕達が仲睦まじい新婚カップルを演じていなくてはならないことは揺るぎのないことのようですよ。この改変を元通りにする為にもね」

 優雅に指を組みつつ語る古泉に無性にハラが立つ。
 お前はいいな。楽しそうで。

 「まあ、もしかすると一生このまま、ということもあり得る訳ですが。
  ねえ?長門さん」

 長門は古泉を見て何度か目を瞬かせたあと、視線を俺に戻し、
 残酷にもゆっくりと首を縦に振った。


 「………その可能性もないとは言えない」
 「………………」


 最悪だ。
 
 ようするに俺はこのまま、いつ戻れるとも知れない元の世界を夢見てここで古泉の伴侶をやっているしかないということか。下手すりゃ一生。
 

 受け入れがたい現実に茫然自失でいると、不意に横から手を握られる。
 びくっとして横向くと、古泉は女子が見たら卒倒しそうな笑顔を耳許に近づけ、


 「大丈夫。僕は貴方を幸福にして差し上げるだけの自信がありますから。
  文字通り生涯、あなたひとりを愛し抜くとお約束しますよ」


 気障ったらしい仕草で俺の指にくちづけた。
 気色悪いことするな!!!

 手を乱暴に振り払うと、人目も憚らず肩を抱き寄せようとする古泉をソファの上で思いっきり突き放す。見ろ、鳥肌が立っちまったじゃねえか。
 一連のやり取りを黙って眺めていた長門が、紅茶の入ったカップをソーサーに戻すと真顔で言った。


 「…私も、涼宮ハルヒと同感」
 「……長門?」
 「………お似合い」

 
 「…………………」













 かくもこうして、俺は改変された新しい世界で古泉と、ままごとみたいな新婚生活を送り続けることを余儀なくされたのであった。

 頼むから、誰かフロイト先生も(以下略)なオチをつけてくれ!!







end






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そのまま一生新婚さんでいるといいよ(´v`*)
オチはないです
そのうちちゃんと新婚っぽいラブラブ話を書きたいものですね


update:08/1/23



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