日付が変わり世界が静寂に沈み切るまで、結局のところ散々だった。
 射精して尚硬度を保ったままでいるほど欲情している古泉が一度で収まる訳もなく、俺の身体の内側に自分の形を記憶させようとしているかのように長い時間居座ったままで、延々と揺すぶられた。
 がくがくと震える膝は力が入らず腰すらも上げていることが出来なくなると、今度はまた仰向けにひっくり返されて正常位で圧し掛かられる。一度抜けかけた繋がりを、またぐうっと奥まで押し戻されることで、摩擦され熱をもった粘膜が攀じれる辛すぎる感覚に仰け反ると、悲鳴をも取り込むように口を唇でふさがれた。
 それが離れいっても古泉の、眼前数センチにある顔が浮かべている表情はやはり見えないままで、それでも興奮を隠し得ない荒い呼吸と、時折洩れる色気を練って伸ばして甘い蜜に溶かしこんだような呻きが耳元を擽るたびに、堪らなくなって身体の奥やくわえこんだ部分が切なく疼くのだから始末に終えない、俺も。
 いっぱいに拡げられた其処を古泉が出入りするたび、みっともなく掠れた喉が勝手に卑猥な声を漏らす。それでも後ろだけの刺激じゃ感じるには感じられても決定打にはならない。ちょっと前に触れてくれればいける、と思っても、気がついていないのかそれとも俺が耐えかねて自ずからねだるのを待っているのか古泉はそれを叶えてはくれず、とうとう迎えた限界に泣きながら自分の手でそれを扱いて射精した。犯されながら自慰をしてみせるなんて、正気であれば切腹も辞さない醜態だ。
 子供みたいに泣きじゃくりされるがままに両足を抱え込まれ、突かれる度に男二人で寝るためには造られていないパイプベッドが軋む。そうされながら幾度も口づけられ咥内を犯され、耳たぶやら首筋、肩口と噛み付かれていると、まるで上から下から肢体が古泉に食われていくような錯覚すら覚えた。情愛の表現というよりは、身体全部を舐めて噛んで手で触れて、そうしてすべてを奪い尽くして自分のものにしたいという征服欲の顕れと言ったほうが当て嵌まる。
 普段完璧なまでに外面を取り繕っている方正謹厳の仮面を被った古泉の、その下の誰も見たことのない、俺だけが知っている生々しい雄の表情。
 正直、ぞくぞくした。



















遭難 2



























 「そんなつまらない話をするためにきたのかお前は」

 歩道橋下を通る車の走行音に語尾が掻き消される。
 が、聞こえていたのかいないのか、背中を見せていた古泉がゆっくりと振り返った。
 色素の薄い髪が夜風になぶられ揺れる。街灯とヘッドライトの照り返りに浮かび上がる顔は口許に微笑を形作ってはいるもののどこか疲れていて、少なくともSOS団副団長の古泉一樹でも、機関の属する超能力者たる古泉一樹でもない、俺の知っているどの古泉とも違う顔のように見えた。

 「…すみません」

 すみませんで済むならケーサツはいらん、とヤクザのような台詞のひとつも言いたくなる。いい加減条件反射のように謝るのはやめてくれないか。ちっとも申し訳なさそうに聞こえないから。

 「朝比奈さんが俺を篭絡するのが目的だったら、お前はどうなるんだ」

 万に一つでもお前も同様の目的で俺に近づいただなどと言ってみろ。
 即刻機関にチェンジを申し出てやる。
 ハルヒがいなければ俺は古泉はおろか、朝比奈さんとも無論長門とも出会うことすらなかったであろうことは重々に承知している。が、同時にあんまりだ、とも思う。逆を言えばハルヒという存在が無ければ朝比奈さんも長門も古泉も、俺単体は全く用のない存在ってことになるじゃないか。

 「お前もそういうつもりなのか」
 「そんなわけ…ないでしょう」

 どこか傷ついたように流麗な眉がしかめられる。
 これまでにも幾度となく聞いた。
 お前が俺に好きだなどと酔狂な台詞を吐くのは、お前がそう思っているからなのかそれとも俺にそう言えと誰かに頼まれたのか。
 その度に、馬鹿なことおっしゃらないで下さい、貴方を陥落させることが機関の意思なら最初から貴方の好みに合致した女性を送り込む方が遥かに効率がいいだろうし、絶対に有り得ないことですが百万歩譲って僕の目的が貴方ではなく貴方の涼宮さんに対する影響力であるなら、別に恋人でなくとも親密な友人の位置でも用は足りる訳で、わざわざ常識的な社会通念をお持ちの貴方に受け入れ難いであろうセクシュアルマイノリティであると宣言するに等しい告白をする必要性はまるでない、リスクが割に合わないでしょう、と理路整然と言い含められていたので聞かなくなった。
 だからといって納得しているわけじゃない。

 「貴方が好きです」

 視線が交じる。
 もう微笑は浮かべていない。普段笑顔で嘘を吐く男だから、せめて、もの凄く珍しくこういう余裕の無い真顔をしている時くらいは本当のことを言っているに違いないと思うのは、俺の希望的観測だ。

 「俺もお前が好きだ。…だからお前の頼みは俺に出来る限りは聞いてやる」

 語彙を区切るようにしてはっきりと告げると、古泉は一瞬目を見開いたあと、ふっと張り詰めた紐を緩めるように、どこか寂しげに微笑んだ。

 「ありがとう、ございます」
 「お前に礼を言われることじゃない。俺がそうしたいからするだけだ」

 そっぽを向くと、ひそやかに古泉が笑う気配がする。
 どうせ全部ばれてしまっているのなら取り繕う意味はない、と分かっていても虚勢を張るのは出来る限り弱みを隠したいからだ。ちょっと疲れた顔を見せられただけで何とかしてやりたいと思わないでも無いほどには、惚れているわけだから。

 「ご自宅にお送りします。…夜分に申し訳ありませんでした」
 「……家に?本気か?」

 え?と聞き返す古泉を尻目に俺はジーンズのポケットから携帯電話を取り出すと、着信履歴のショートカットからダイヤルし耳に当てた。

 「……あ、もしもしお袋?今日古泉ん家に泊まるから。…ああ、うん、…うん、大丈夫だって」

 目の前の美形がぽかんとした間抜け顔に変わる。
 短い通話の後携帯を折り畳み再度仕舞う間も古泉は、俺の唐突な行動がさも予想外だと言いたいけれども言葉が出ないと言わんばかりの表情で唖然としていた。

 「ど、どうして…」
 「いやだって、外泊するなら家に連絡入れるだろ普通」
 「いえ、そうでなく…その」

 珍しく歯切れ悪く今は駄目です、と俯く。
 だめです、というのは無論俺が外泊する行為そのものがではなく、古泉の家に泊まる、という言葉の内側の含みに対してだろう。

 「貴方に、触らないほうが、いいんです…今は、」
 「そんなこと聞いてない」

 お前は触りたいのか触りたくないのかどっちなんだ、と問うと、数秒間が空いたあと、逡巡していた腕がおずおずと伸ばされそっと肩に触れた。
 こいつの悪い癖だ。
 普段は他人との距離感も計れないほど無遠慮なくせして、こういうときだけ自分から欲しがることはしない。出来ないと言ってもいい。じっと観察して、側に寄っても拒絶されないのを確かめて、何度も同意を確認して、ノーと言われない確信を持つまで待って待って俺から差し出すことで初めて触れる。

 「…お前の好きにしたらいい」

 せめて俺がお前に許してやれる範疇くらいは、全部。
 そう言うと、古泉が瞠目する。 肩に触れた手がゆっくりと、シャツの上から滑り落ちていく。存在を確かめるように撫で下ろした先、手首を掌が掴む。吃驚するほど熱い。
 それでもそれを振りほどく気にはなれずただ整った相貌を眺めていると、情欲の燈った目で古泉が、



 「知りませんよもう」どうなっても、と吐き捨てた。





----------------------------------









update:09/09/17



←topへ