You're my angel 4 翌朝。 空が漸く白んでこようかという時間帯に目を覚まし、身体にしっかりと絡まっている腕が節くれて固い男の手であることを確認して、俺は胸を撫で下ろした。 夢じゃなくて良かった。 どうやらハルヒの気まぐれは、長門の言う短いパターンで効き目が切れたらしい。 起こさないよう毛布の中でそっと身じろぎ、頭だけを上げると、隣で規則正しい寝息をたてる男を見つめる。 伸びていた髪も、縮んだ身長も体つきも、全部元通りだ。 丸一日、姿が変わっていただけでずっと一緒に居た筈なのに、何だか久しぶりに会ったような変な感じがする。 「…っ痛」 気持ち良さそうに寝入っている整った顔を眺めていると、不意に腰のあたりがずきっと痛んだ。昨日酷使させられたせいだ。畜生。 あの後、無事元に戻れたことを喜ぶ暇すらなく、古泉は俺をベッドに押し倒し直すと、相変わらず非の打ち所のない微笑で「男の僕なら問題ないんですよね?」と、散々な無体の限りを尽くしてくれた。 言葉のあやだと慌てて訂正したところで後の祭りだ。 いつもより長い時間執拗に責め立てられ、もう無理だと何度涙ながらに懇願しても許してもらえなかった。そう口にしていなければ呼吸が出来ないかのように、繰り返し繰り返し「愛してます」とか「好きです」とか甘ったるい言葉を吹き込まれながら揺さぶられ続け、くらくらするような悦楽の中意識を手放してから、たぶん数時間も経っていない。 まさに口は災いのもとだ。 『これでも不安だったんですよ。もしかすると貴方は、男の僕よりも 女性の姿をした僕の方がいいと思っているかも知れない、 …そう思うと』 そう耳元で囁いた古泉の声は、いつになく頼りない響きで。 俺にまともな意識がないと思って口をついたのだろうが、俺の耳はしっかりその僅かな台詞を聞き取り脳内メモリーに記録していた。 馬鹿な奴。 こんな関係にいたるまで、自分の中のモラルやら固定観念やらと板挟みになりながら、散々悩み抜いた挙句、どうあがいたって俺は古泉が好きだという事実は覆らないのだからしょうがないと割り切ったというのに、今さら女になられたところで嬉しくも何ともない。 というか、どちらが良いかなんて天秤にかける発想すら出てこなかった。 それにだ。 仮に俺が古泉(女)がいいと言い出してたら、非常に言いにくいが役割はどうなるんだ? 俺が古泉に突っ込めるかと問われたら、答えはノーと言うしかない。 女であってもだ。 これだけ言うとまさにガチなゲイの発言のようだが、断じて違う。 俺が古泉と付き合っているのも、男のプライドも何もかなぐり捨てて受け入れる側に甘んじているのも、古泉が古泉だからだ。今さら女の方がいいとか言い出す程度なら、はなから付き合っちゃいまい。 そう思っているくらいには、俺は古泉のことが好きなんだってことくらい察しても良さそうなもんだが、そんなことわざわざ教えてやろうものなら、ただでさえ自重すべき古泉を更に助長させることになり、結果自爆行為と等しいことは明白なので、 「…断じて言ってやらんぞ」 「キョン!!お前彼女が出来たってマジなのか!!?」 月曜の血圧も上がりきらない朝っぱらから、教室に入るなり谷口にすがりつかれ、俺は「はあ?」と素っ頓狂な声を上げた。 「どこをどう押したらそんな話になるんだよ」 「しらばっくれようったってそうはいかんぞ!隣のクラスの三添が しっかり目撃してるんだからな」 「だから何の…」 話だ、と言おうとして、口が止まった。 「お前、土曜日にどえらい美人連れて駅前を歩いてたんだってなあ!」 「………………」 ただでさえ巡りが悪い血液が、音を立てて引いた気がした。 「見ない顔だから別の学年だろうって話だが、何年だ!? お前が年上好みとは知らなかったぜ」 「……いや……落ち着け、谷口。あれは別に彼女とかじゃ…」 「嘘つけ!お前赤の他人の女子と手まで繋いで仲良く歩くのか? さっさと白状しろ!!」 「…………………」 古泉め…。 あいつが手なんて繋いでくるから…! ただでさえ谷口を納得させるには難しい弁解がさらに苦しくなったじゃねえか! 俺は口角泡飛ばし質問をまくし立ててくる谷口と、興味津々といった様子で傍観を決め込んでいる国木田を尻目に、こめかみを押さえて大いに溜息した。 頼むからハルヒが来るまでには黙ってくれよ。 「ありがとうな。また世話になっちまった」 「いい」 放課後の部室、長門はハードカバーにおとしていた小動物みたいな瞳を俺に向けると、最小限の唇の動作で短く返事をした。 いつもこの調子で黙して多くを語らないが、もしかすると俺が考えているより長門は、俺達の知らないところで尽力してくれているのかも知れない。 今回のことでも「善処する」と言っていたからな。 長門が口にしたことを違えることはまずないから、今回こと無きを得たのは影で長門が力を使った可能性も十分有り得る。そう考えるとますます頭が上がらない。 今度アイスか何か奢ってやるか。 「古泉一樹が元の男性体に変還されたのは、涼宮ハルヒの興味・思考が 別の方向に逸れたのが要因」 俺の思考を読んだかのように長門が口を開いた。 「別の?」 言われてみれば、今日はやけに後ろが静かだと思っていたら、授業そっちのけで熱心に漫画を読んでたな。男体化がどうのとかブツブツ呟いてたが、もしや関係あるのか? そういえば、朝比奈さんが今日はやけに遅いようだが…。 「こんにちは」 律義に挨拶しながら、古泉が部室のドアを開けた。 勿論ブレザー姿だ。 俺と視線を合わせるなり、意味ありげな微笑を浮かべて小さく首を傾げてくる。 目で語るな気色悪い。 俺はとりあえず、朝から谷口の追求をかわすために使った無駄な労力の代償をどう古泉に払わせようか思案しながら、思いっきり眉をしかめてやった。 それにしても、一日限定だったとは言え、もう古泉(女)は見られないのかと思うと、 ちょっとだけ惜しい気もするな。 写真の一枚くらい撮っておけば良かった。 end ---------------------------------- 女の子だから古泉(女)にドキドキするんじゃなくて、 古泉(男)が中身だからドキドキするんです^^ 複雑! またそのうち古泉(女)書きたいです update:07/12/17 |