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「どこで覚えるんだ…こんなの」
最初に静寂を破ったのは自分の呟言だ。開けっ放しのカーテンから差し込む夕陽に真っ赤に染まった誰も居ない部室に、それはやけに響いてすぐに消えた。
眼前15cmの距離から離れようとしない奴の顔から視線を外しつつ俯く。
情緒がないかもしれないが、殆ど無意識に口をついて出たのだから仕方がない。
「何がですか」
「だから…、…何ていうか、こういうの」
「キスですか?」
臆面もなくさらりと言ってのける。
黙って立っていれば見た目はえらく色男な古泉が口にすると、そんな台詞も嫌味なほどに嫌味なく様になって耳に届く。何だか意味がわからないが、そんな感じだ。
口ごもっていると、いつも通りに古泉のくちびるに笑みが浮かんだ。
「もしかして、妬いてくれてるんですか?」
「なんで俺が!」
「僕がどこの誰とキスしたことがあるのか、気になるんでしょう?」
「………………………別に」
思い切り眉をしかめて返事をする。こんなにもありったけの不快感を全面に押し出しているというのに、こういう反応を返すと大概古泉は
「キョン君はわかりやすい」
そういって破顔する。忌々しい。
形の良い細い指が、さりげない仕草で長い前髪を撫で付ける。栗色のさわってみたくなるような柔らかな髪が、俺の目前でさらりと流れる。そういう古泉の一挙動がいちいち気にかかるのは、奴の仕草が腹が立つほど気取ってみえるからだろうか。そうに違いない。
「相手の恋愛遍歴が気になるのは、執着心の表れでしょう?
嬉しいですよ」
にこりと微笑んでみせる。
「そういう気障っぽい台詞は、そこいらの可愛い女子に言ってやれよ」
奴の誰にも彼にもいつでも無料配布している笑顔はあてにはならない。
どこまで本気か、怪しいもんだ。
「あなただから、嬉しいんですけどねぇ……それに」
古泉の掌が、シャツ越しにわき腹を撫であげる。
俺は完全に不意をつかれて、唇から反射的にこぼれた吐息をかみ殺すことができなかった。
「こういうことを、したいと思うのも、あなただけなんですよ」
おかしそうに含み笑いをまじらせ古泉が言う。完全に反応がばれている。畜生。
慣れた手つきでシャツをたくし上げ、裾の隙間から指を這わせ入れる奴の手を掴んでさしとめる。
「キスだけだと言ったのはどこのどいつだ」
「キスだけですよ」
苦虫を思いっきり噛んだ表情をしてみせると、視線を合わせていちいち微笑んでくる。
口角筋が疲れたりしないんだろうか。ここまでくると殆ど習性なんだろう。
触れずとも体温を感じる位置にあった身体を跪くようにして屈ませる。途端に胸のあたりにうそ寒い空間を感じて、なんだかそれがまた忌々しかった。
シャツを捲る掌のあとを追うように、皮膚の上を古泉のくちびるがたどってゆく。こっちが焦れるような動きで、ゆっくり。
「………………………、……」
そんな愛撫するような動きは狡い。
俺は口を引き結んで部室の煤けた天井を凝視した。我慢だ。断じて反応するものか。
そんな俺を知ってか知らずか、なぞり上げるだけだった口唇が、肋骨のあたりに差し掛かったところで、不意に噛みつくようにしてそこに口づけてきた。
「……、っ…」
その痛みに近い刺激に、喉の奥から掠れた声になりそこなった息がもれるのと、思わず腕を古泉の頭を抱くように廻してしまったのはほぼ同時だった。
狡い。
また反応を殺しきれなかった俺に満足したのか、古泉が立ち上がる。
にこにこしながらまた顔を近づけてくる奴が、「帰りましょうか」とまるで何事もなかったかのような声で言った。
眉をしかめて不機嫌な顔をすればするほど、あっちが嬉しそうな顔をしてる気がして、俺はなんだかいたたまれずまた視線を天井にむけてため息をついた。
わき腹が熱をもったようにちりちりと疼いている。
胸の奥の奥のほうで、掻き毟りたいような澱みがうずまいているのはなんの所為かは、知りたくもなかった。
これでまだキスまでの関係とかだったらかなり萌えです
update:07/09/06