ATTENTION!


内容がちょっぴり欝です
古キョンには明るい未来しかないの!な方はお気をつけください




大丈夫な方はどうぞ!












































 あの短く切られた黒髪から、すっと伸びたうなじに口づけるのが好きだった。
 そこからつながるなだらかな、脊椎の輪郭が浮いた背中、彼は身体の中の、骨の造りまで美しいのだと、僕は見て実際に触れてよく知っていた。
 決して女性的ではなく、それでも触れれば温かく滑らかな日に焼けた肌、筋張って固い腕、肩、しなやかな脚、平らな胸元に影を落とす綺麗な鎖骨、腹筋のうっすらと浮き出た腹部から臍の窪み、踝の形まで、そらで思い浮かべることができるほど幾度も愛撫した。何度も何度も。
 今でもありありとその感触を掌の上に思い出す。吸いつくたびにひくん、と筋が引き攣る顕著な反応、その口を開けばやめろ、とかそこはいやだ、とか文句や罵言ばかりで僕は苦笑するしかなかったけれど、それでもまるで彼の、躯もその中身も全て僕に明け渡すかのように、両腕を背中に巻き付けしがみついてくる仕種は、千の篭絡の言葉より雄弁な、誘惑のしかただと嵐のような慾情に翻弄されながら思った。
 そうして躯を交わらせて混じらせて快楽を分け合って、それでもひとつになれることなどないのに飽きることなく。僕も彼も若かったわけだから、肉体の生理現象の所為も相俟って当然の成行きだったとも言えるが、そうして過ごした彼との蜜月のような時間も無論だがそれ以上に、他に誰もいない部室や或いは僕の部屋で時折彼が見せる、屈託のない笑顔が僕には、何より得難いものだった。
 瞑目すればはっきりと、鮮明に思い浮かべることができる。
 人間は忘れることで生きていける動物だ、というのはどこで聞いた誰の言葉だったか。記憶ほど移ろい易いものもなく、時が経過するにつれ薄れ、いつかは消えて無くなるものだというのに、どういうわけか彼と共有した思い出、若しくは僕が見ていた彼の表情のひとつひとつは決して色を失うことなく、まるで今しがた数秒前に目にした記憶であるかのようだった。
 ふとした瞬間、例えば喫茶店で人を待っていれば目の前の空席に彼が座っていて、コーヒーを啜っているような錯覚に陥ったり、一人きりの部屋、彼がここに来るたびそうしていたように、ベッドの脇にクッションを置いてつまらなそうに雑誌を捲っている姿が視界の隅に映ったり、僕のシャツの掴んで裾を軽く引く指、不機嫌そうにそっぽを向く表情、他の誰にも聞こえない秘密の睦言のように小さな声で僕の名前を呟く、声。が、リアルに降ってくるのは無論、僕の妄想に過ぎない。
 人間が忘れることで生きてゆけるのなら、決して忘れることの出来ない人間はどうなるのだろう。妄執を抱えながら、唐突に無理矢理に力づくで爪を立てられ、半分を引き千切られ無くなった心臓で、のたうち血を流し、それでも生きていくことができるのだろうか。
 彼に触れる機会が無くなってこの方、何を考えることも前に進むことも、ましてや下がることも出来ずに停滞したままでいる僕とは裏腹に、彼女は現実を在るがままに受け入れているようだった。哀咽や憤怒といった情動を見せることはあってもとんでもない世界改変や情報爆発なんて事態が起こることもなく、世界はただ静かに時を重ねていた。そうして僕は彼女をまだまだ過小評価していて、僕は僕自身を過信し過ぎていたのだと思い知った。
 或いは、彼女が世界の理屈を捩曲げてでも現実を変えてくれれば、と願っていたのは外ならぬ自分自身で、世界が変容してしまうことを防ぐために今までどれだけの犠牲を払ってきたか知れないというのに、とんだ体たらくだと情けなさを通して余りにも脆い自分の精神を笑った。
 それでも、たった一度だけでもいい。
 彼の身体をこの両腕で抱きしめられるのなら、掌に触れられるのなら、僕を呼ぶ声を聞いて柔らかな唇に口づけることが出来るのなら。
 このまま時が流れていつかはどんなに忘れ難い彼の記憶も、少しずつ薄れ、いつかは形もなく忘れ、それでも何も変わらずに、過ごせる日もやってくるのだろう。
 それが善いのか悪いのか、幸福なことなのか皆目解らない。それでも。
 瞼を閉じれば、貴方が笑ってくれるから。
 最初からこうすることが当然の帰結だったのだと妙な納得を覚えて、僕はドアを開けると振り返らずに足を踏み出した。






キョン→事故死 古泉→後追い みたいなね…欝いネタも大好きです


update:09/10/16



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