ルール オン ジェラシー 8
「古泉…っ!!」
廊下を突き当たって、曲がればすぐ階段というところで追いつき名前を呼ぶと、古泉はその場で立ち止まり振り返った。
「どうしました?」
「………」
穏やかな声でそう言った古泉は、やはりいつも通りの笑顔だ。
本当にこいつは昨日の古泉と同一人物なんだろうか、それとも昨日の出来事が嘘だったんじゃないだろうかと思えるほどに。
思わず追いかけてきてしまったものの、何を言うべきか頭の中が散漫で纏まらなず、俺はまごついて視線を泳がせた。
「…っすまん……あの、昨日…シャツ…勝手に、借りた」
違う。
言わなきゃならないのはそんなことじゃない。
「洗濯して…返すな」
「ああ…それでしたら、いつでも構いませんよ」
ニコリと目を細める古泉に、ずきりと胸が鳴った。
伊達で付き合っているわけではない。その笑顔が作り笑いかどうかぐらいわかる。
他人行儀な、貼りつけたようなその笑顔は、SOS団副団長としての、若しくは機関の工作員としての古泉一樹の顔だ。
ふたりきりのとき、俺の前でそんな顔を見せることなんてなかったのに。
ふと、昨日の古泉の台詞がリプレイされる。
バスルームで失神する直前、朦朧としながら聞いた言葉。
『結局のところ…、あなたは、こうして…気持ちよくなれるのなら何も僕でなくとも構わないのではありませんか?』
心臓が氷に漬かったみたいに冷たくなる。
もしかすると古泉は、愛想をつかしてしまったんじゃないだろうか。
でなきゃあんなふうに無視するはずがない。
古泉のことが好きだと言いながら他の男に組み敷かれて、そんな俺を見て、古泉は俺に嫌気がさしてしまったんじゃないのか。無理やりだったとか抵抗したとか、さし当たってそんなことは理由にならない。要はそれを目の当たりにした古泉がどう思ったかだ。
穢いと、軽蔑されたのかもしれない。
そう思い至ると、急に頭の中が真っ白になった。
古泉も何も言わない。それきり静寂した廊下に沈黙が降り懸かる。
「…………」
突然、携帯のバイブ音が響いた。
古泉が小さく断って胸ポケットに手を延ばす。
小用というには十中八九バイト絡みなのだろう。携帯を開き、液晶画面の表示を一瞥するとすぐに顔を上げた。
「…すみませんが」
残りの台詞を発する前に、俺は古泉のブレザーを強く掴んだ。
殆ど衝動的に目に入った横の教室に引っ張りこむ。
「!? キョンく…」
空き部屋になっているそこは今は物置になっているらしく、机やらパイプ椅子やらが乱雑に積み重ねられ、ひやりとした澱みきった空気は少し黴臭い。
レールのがたついた扉を慌ただしく閉め錠を下ろすと、細身な癖にしっかりとした身体を、肩を突っぱねるようにして壁際に押しやる。
いつもと完全に立場が逆だ。状況が飲み込めていないといった表情の古泉が何事か言い出す前に、俺はその場にひざまずくと、古泉のベルトに手をかけた。
「な…!?」
珍しく動揺を隠しきれていない声。
衣服を寛げ手を突っ込むと、当然ながら何の反応も示していない性器を取り出す。
慌てて制止する言葉が降ってくるのに構わず、俺は何の躊躇いもなく顔を近づけ、それを口にふくんだ。
「……ッ、…」
古泉が、音を立てて息を飲む。
今までにフェラをしたことがないわけではないが、それも意識が朦朧としているときに無理やり咥えさせられたことがあるくらいで、素面ではおろか、自分から率先してしたことなんて一度もない。
「……、ん、…」
古泉の見様見真似で、いつもされているように口を動かす。
唾液を絡めるようにして柔らかな皮膚に舌を押し当て擦ると、ぴくりと反応があった。
馬鹿だ。
こんなことしたって一体何になるっていうんだか。
余計に淫乱だと思われるのがおちだろうに。
頭の片隅で自嘲したが、自分でもどうしたいのかわからない。
「…っやめて、下さい」
制止を無視し、出来る限り深く飲み込む。
喉の奥まで圧されて苦しい。生理的な涙が滲む。頭を前後に動かし何度か抜き差ししたあと、無我夢中で熱を帯びてきたそれの、雁首部分をくわえ強く吸った。
「駄目ですっ…!!」
鋭い声とともに伸びてきた古泉の手が俺の顎を捉らえ、強引に引きはがした。
唾液でぬらぬらと濡れそぼった先端とくちびるの間に糸がひく。
互いの、荒い呼吸が沈黙した空気に響いた。
「こんなこと、…あなたらしくもない」
眉を寄せた古泉が、吐き捨てるように言う。
その台詞に、視線に、目の奥がまた滲みるように痛んでくる。
昨日あれだけ泣いたせいで、とうとう涙腺が壊れてしまっているんじゃないだろうか。
ダメだ。泣いてみせたってまた呆れさせるだけなのに。
そう思っても止まらない。
「っ…ご、め…、…」
「キョンく…」
「…っ謝る、からッ……何でも…するから、だから…」
しゃくり上げた拍子に、涙が埃っぽい床にぽたりと落ちた。
「…嫌いに、ならないでくれ」
update:08/2/9