飼主の憂鬱 2
完全に目が据わっている。
甘えるという情動が生れつき抜け落ちているかのようにドライな性質の猫であるはずの彼が、今現実にこれ以上ないほど甘ったるい瞳を揺らして、僕の身体に跨がって覆いかぶさっている。
これが自然の発情行動の成せる業なのだろうか。
いや、彼が発情行動を起こすこと自体不自然なのだが。
「…っ、なぁ、古泉……、こい、ずみ…」
ベッドの上、悩ましげにくねらせる肢体。
とんでもない声で繰り返し呼ばれる。
それこそ甘えん坊な子猫がそうするように、胸元に頬を擦り寄せてきては肌に舌を這わせる。本当に、まるで別の猫だ。
困惑しつつもその鼻梁を撫でる。嬉げに喉を鳴らしながら指を口許まで運ばれたかと思うと、何度か舐められそのまま咥内に含まれた。
「…、ん……」
恐ろしく卑猥としかいいようがない。
指を付け根まで口の中へ引き込むと唾液を絡ませて舐る。
まさかあのキョン君がこんなことをしてくれる日が来ようとは、夢にも思わなかった。
「…っキョン、君…」
「なぁ、……もっと触って、くれ」
全身を擦り寄せるようにして僕の上で身を捩りながら、頼むから、と熱っぽい声でねだる。
そうされて否と言える人間が果たしているだろうか。
乞われるままに薄い背中を抱き寄せると、ぴくっと筋肉が緊張した。
どこに触れても過剰とも思えるほどの反応をするのは、それほどに全身が過敏になっているからなのだろう。
「どこに…、触れてほしいんですか?」
言われた通りにしましょう、と耳朶に息を吹きかけるようにして問い掛けると、あっ、と小さく可愛い声を上げて大腿をふるわせる。
そのまま背中に廻していた手を這わせるように下げ、細い腰を撫でつけてやると、
「やッ…、あ、あ!!」
悲鳴じみた嬌声を上げてかぶりを振った。ぴんと尖った耳先がふるふると震える。
「ここじゃないんですか?」
「んぅ…ッ、ちが…う……」
そこじゃない、と訴えるかのように足の間に挟み込んだ僕の身体に、ぐっと腰を押し付けてくる。一際熱をもったそこは布越しにも高ぶっているのがはっきり知覚出来るほど固くなっていた。
発情の仕方がメスでも、性感は雄のままなんだな、と変なところで納得してしまう。
「ちゃんと、言ってください。…辛いんでしょう?」
「う…、…ぅ、っ…」
本能の狭間に引っ掛かるように残された理性が羞恥を呼ぶのか、彼は耳まで真っ赤にして逡巡していたが、やがて震える声でその言葉を口にした。
僕は満足すると、
「それでは、下…脱ぎましょうか。粗相をしてはいけませんから」
普段なら思い切り睥睨された後二、三日は口を聞いてもらえなさそうな言い回しをしても、彼は嫌がるどころか、むしろ素直に自分から下衣に手をかける。
スウェットを下着ごと脱ぎ去ると、すっかり勃ち上がった性器が閉じた白い脚の間に見えた。
「足……、開いてください」
従順な彼の様子に、ああさせてみたいという欲望がエスカレートしていく。
言われた通りにそろそろと膝を割った彼が、期待と羞恥に瞳を潤ませて、待ち侘びるようにこちらを見た。
微笑って手を伸ばしそこを優しく握りこむと、
「ふぁあ…ッ、!」
甲高い鳴き声を上げて大きく腰が跳ねた。
たったそれだけの刺激で、とぷり、と先走りが吐き出される。
立て続けにゆるゆると扱きたてるように手を上下させると、彼は泣き出す直前のような高い嬌声を放って僕のシャツにすがりついてきた。
伏せた睫毛を震わせて、必死に何かに耐えるような、それでも待ち侘びた刺激に歓喜しているような表情で愛撫を受け入れる様に、僕は知らず咥内に溜まった唾液を嚥下した。
「ひッ、…ん、ぁぁあっ!!」
ひときわ大きく腰が揺れたかと思うと、細い悲鳴とともに掌に白濁が吐き出される。
我慢していたからか、呆気なく弾けたそれをぬめりを纏わせ搾り取るように何度か撫でると、彼は「んッ…」と喉を鳴らして内股をひくつかせた。
見れば、出したばかりだというのにもう硬度を取り戻している。
「今イッたばかりなのに…。まだ、足りませんか?」
お行儀が悪いですね、と低く囁くと、泣きそうな声を上げる。それすらも刺激になるらしい。
その頼りなげな様子に薄く含み笑いをもらすと、再び刺激を待っているそこを愛撫するべく指を動かす。
「や…、こ、いずみ…、……っ、そこじゃなくて…」
恥ずかしそうに小さくかぶりを振って、もっと奥、と吐息で囁く。
正体不明の発情行動による本能的な部分とはいえ、彼が僕を求め自ら進んで先をねだる様子はいたく蠱惑的だ。
「それでは、うつ伏せになっていただけますか」
彼は素直に頷いて、おずおずとシーツの上で四つん這いになった。肩を押し顎をつけるように促すと、自然前傾になって腰を突き出す恰好になる。
無防備に下半身をさらす姿勢が羞恥を煽るのか、彼の喉から搾るような切ない声がもれる。それでも悦楽への誘惑の方が勝るのだろう、教えたわけでもないのに僕がやり易いようついた膝を左右に大きく開いて伏せた。
「ん…、ふぅ…っ…、…」
背筋からたどるようにして指を這わせ、窄まりまで行き着き軽く撫でると、
「!、…」
驚いた。
本来性交の為の器官ではないはずのそこが、ふれてもいないのに濡れている。
これじゃあホントにオンナノコになっちゃったみたいですね、と囁いてやろうかと思ったが、彼のプライドを逆なですると後が怖いので、代わりに耳朶を甘噛みして舐った。
すでに熱をもって柔らかくなっていたそこにぐ、とほんの少し力を加えると、待ち侘びていたかのように口を開いて、すんなりと指を迎え入れる。
「ふぁッ、…ん!!」
指先を少し曲げてみると、びくんと背をしならせて声を上げるのと同時に、後孔が収縮した。とろけるように熱い内壁がきゅうっと指を締め付けてくる。
「あつい、ですね…」
「ひ、ん…ッ、っ、こいず、み……ぁ、もっと…ッ」
もっと奥、と欲情しきった声が懇願する。
この分だとあまりしつこく慣らす必要もなさそうだ。
既に挿れていた中指に添えて、人差し指ももぐりこませる。内部でばらばらに動かしてみると、尾を引くような細い悲鳴が上がった。
「ふ、…ぅ、っ…」
何度か抜き差しして、充分に解れていることを確認すると指を抜く。
ローションを使ったわけでもないのに既に粘液に塗れたそこは、異物を吐き出す瞬間ぐちゅりと猥らな水音をたてた。
「キョン君…、いい、ですか?」
一応お伺いを立てておくべきかと耳許で囁くと、シーツに頬を擦りつけながら、飲み込みきれず垂れ落ちた涎でほの赤く濡れたくちびるの動きだけで、はやく、と哀願してくる。
いったいいつの間にそんな手管を身につけたのか。
これが本能のプログラムの仕業なのだとしたら、猫の情交とは随分と官能的であるらしい、などと、どこか頭の隅に残った冷静な部分で思った。
いたいけに震える薄い背中に圧しかかると、びくっと引き攣ったうなじに歯をたてる。
「んっ……」
猫同士の交尾は雄が雌の首に噛み付くことで成立するのがセオリーらしいので、僕はそれに則った。そのまま脚をぐっと開かせ解した部分に自らの昂ったものを押しつける。
息を吐いてください、と言うまでもなく、彼は深く呼吸して迎え入れる準備をしていた。
「ぅ…ぁああ!!」
ぐ、と一気に尖端を埋め込むと、艶めいた嬌声が上がる。
はじめてだというのに、痛みはあまり感じていないようだった。
痛みがないというよりは、それを遥かに凌駕する快楽が脳を支配しているのだろう。
ぐっ、ぐっ、と跳ねる身体を押さえ付け揺さぶる度、彼の口からは愉悦を滲ませた喘ぎしかこぼれない。
「う、ぁあ、…ッ、あ、あ、あ…」
いったん奥まで埋め込んだあと、小刻みに腰を突き上げる。
動くたびにただでさえ狭くきつい肉壁が、別の意思を持っているかのようにきゅうきゅうと絞め上げてくる。絡みついてくる襞を振り切り注挿すると、潤みきった粘膜がいやらしい音を立てて擦れ合う。
五感すべてを刺激するそれは、味わったことのない類の悦楽だった。
「っ、…」
気を抜くと直ぐにも射精してしまいそうで、僕は彼の無防備に晒されている白い首筋に吸いつき痕を残すことに集中しごまかした。
紅く色づいたそれを舐め上げながら、放ったままだった彼の性器に手をかける。
「あ!…ぁ、や…ッ、ッ…!!」
先端を包み親指で押し込んで刺激すると、中がまた締まった。
限界まで高まり、もはや過ぎた快楽が辛いのか、せわしない呼吸の合間にひっきりなしに上がっていた喘ぎがすすり泣くような声に変わっていく。
「ひっ!、ん、…ぅ、や、あ…あ…、もう、イ…っ、」
いく、と言うと同時に、手のひらにどろりとした粘液が吐き出された。
その瞬間、奥がひくひくと引き攣り、まるで搾り取るようにきつく締め上げ収縮する。
「っ、く…」
射精感が一気に高まり、やり過ごせない一線を越えたのを知覚する。
まさか妊娠までしてしまう可能性はないとは思うが、念のため、という言葉が脳裏を過ぎった。
達した直後にも関わらず更に強く中をこすられ、なすすべもなく涙を零す彼の耳もとにくちびるをよせる。
「外に、出しますから…も、少し、我慢して…」
途切れることなく水滴が伝い落ちるうつろな瞳が揺らいだ。
力なくかぶりを振りながら、
「や、…だめ……、なか、中に出、して、いいから…ッ」
奥に、ほしい。
「…ッ、!」
涙混じりに懇願されて、我慢できるわけがない。
そのままニ、三度大きく腰をグラインドさせると、そのまま最奥目掛けて逐情する。
「!!ぅあ、っ…あ…、…」
浴びせた飛沫を飲み込みでもするかのように、内側が軽く痙攣する。
中に出されたのをはっきりと知覚したのか、彼は目を見開いてひくりと身体を緊張させたが、すぐに力を抜いて完全に脱力した。
シーツにぐったりと投げ出された悦楽に上気した肢体。
ゆっくりと濡れた瞳を瞼が覆っていくさまを見つめながら、挿しこんだものをずるりと抜き出すと、白い己の精液が後を追うようにとろりと溢れ出ていく。
これってやっぱり獣姦になるんだろうか。
人形のように力の抜けた彼の肩口に口づけながら、そんな的外れなことを考えた。
update:07/10/22