メランコリック・ブルー 3





 これは夢だ。
 しかもとびっきりの悪夢。

 こんな夢を見るなんて俺は相当酷い精神状態なのにちがいない。
 それもこれもハルヒの奴が振りまく積もり積もった気苦労の所為だ。早く目を覚ませと念じる一方で、ずきずきと響く後頭部の痛みがこれが紛れも無い現実であることを俺に突きつけてくる。


 窓からは放課後の夕日がいっぱいに差し込んで、全てを茜色に染めている。
 午後6時。俺は普段SOS団員が我が物顔で闊歩している文芸部室で、たった今わけもわからず古泉に押し倒されている状態だ。
 大の字になって床に寝そべった俺の身体に馬乗りになった古泉は、それでも清爽とした微笑のまま見下ろしてくる。これはマウントポジションってやつじゃないのか。まさか今から俺を砂にする気か?
 いっそのこと殴られる方が後々の対処法としてはむしろ楽なような気もするが、それではさっきのキスシーンの説明がつかないので、古泉の目的が拳を交えることでないことはここまで来たらいくら俺でも察しがつく。そうであってほしいとは願うが。

 「目が泳いでますよ」
 「……そりゃ泳ぎもするだろうよ」

 半眼になって呟く。
 古泉が低く喉の奥で笑いながら、掌を伸ばして俺の頬に触れた。

 「そんなに怯えなくてもいいじゃないですか」

 その感触に柄にもなくびくついてしまって、それを見た古泉がまた笑う。
 頬からラインをたどるように指がゆっくりと下りていき、唇まで行き着くと左右に弄ぶように柔らかく撫でる。思わず瞼がふるえた。
 そういうことは可愛い女子生徒にするべきなんだ。例えて挙げれば朝比奈さんなどは愛でてしかるべき異性の最たる見本だろう。見てくれだけは十分すぎるほどに整っている古泉のことだ。言い寄ってくる女子も少なからずいるようだしより取り見取りじゃないか。その気になればどんな女でも息を吹きかけるだけで虜に出来るだろうに。なのに何が悲しくてオトコの唇なんか撫でてるんだ、お前は。
 憐憫の情を含めつつ古泉を見上げると、存外真面目な視線が俺を見つめていて焦った。
 正気の沙汰とは思えない。
 いったい何がスイッチになったのか。10分前には正常だった頭が唐突にエラーを起こしてオカシクなったんじゃないのか?そうでなければ説明がつかない。
 これまで同じ団員として過ごした数ヶ月の間、古泉がこういう素振りを見せたことは一度たりとてない。閉鎖空間の折手を握られたことはあるがあれだって不可抗力の内で、とかく距離は近い男だがその実、まともに触れたことは数えるほどなのだ。

 なのに。

 わずかに骨筋の浮き出た綺麗な手が、首許に触れる。
 その掌から熱を伝えるように皮膚の上をたどる。ゆっくりだ。そうされると、こすれ合った部分がじわりと疼くような感じがして何だか嫌だった。ただ撫でられているだけなのに。というか、男に撫でられてもちっとも嬉しくない。
 長い指が絡みつくようにしてネクタイの結び目を緩める。

 「古泉…」
 「抵抗しないんですか?」

 返事の代わりに質問で返される。

 「抵抗しないと、取り返しのつかないことになるかもしれませんよ」

 取り返しのつかないことって何だ、と大いに詰問したかったが飲み込んだ。
 口に出すとそれこそ大変なことになりそうな気がする。

 「まあ、どちらを選んでも結果は同じですけどね。大人しくしていて下さればそれなりに楽しませて差し上げられると思いますよ。勿論抵抗して頂いても構いません。それはそれで楽しいですから」

 どっちにしても楽しいのはお前だけじゃないのか?
 コアなファンが泣いて喜びそうな極上の笑顔でとんでもないことを吐きやがる。

 「う、…ちょ、ッおい!!」

 唐突に制服のズボンの上からぎゅっと押さえられる。どこ触ってんだ!!!
 抗議の声を上げる間もなく、もう片手がシャツを腹に沿わせるようにして捲り上げる。
 恐ろしく速やかな手口だなどと感心している場合でもない。
 やめろ、と声を荒げて古泉の手首を握って進攻を止めると、古泉がニッと薄く笑った。

 「いッ…!!、…!」

 逆手に腕を取られて、そのまま頭の上まで捻り上げられる。
 関節が嫌な音を立てて軋んだ。

 「痛……ぃっ、て!こいずみ…ッ!!!」
 「痛がる表情もいいですね」

 完全に極められた激痛にあっけなくギブアップを訴えると、変態全開な台詞と同時に腕が離された。解放されてもなお握られた箇所がずきずきと痛みの余韻を引きずる。
 もしかしなくてもお前サディストだろ。
 そうかもとからSっぽいとは思っていたがやっぱSか。
 心の中で毒づいている間にベルトが外され、寛げられたズボンの隙間から手のひらが忍び込んでくる。

 「あ!」

 ゆるりと握りこまれて、思わず声を上げた。
 ありえない。
 男に、古泉に押し倒された挙句性器を触られる。文字にすれば一行にも満たないものも現実に起こってみれば視覚と触覚の破壊力というものは凄まじく、文章など及びもつかないほど淫靡で背徳的だ。
 古泉が笑顔のまま慣れた手つきで指を上下し始める。

 「…、…っん」

 やばい。それが例え男の手だと分っていても他人から与えられる物理的な刺激に、身体がはっきりと愉悦を拾い上げてしまう。

 「……もう、反応してきてますね」
 「ッ!…」

 クスリと笑われ、かっと頬に血が上る。
 屈辱だ。まさか最初からこうやって俺を辱めるのが目的だったのかと思いたくなるほど恥ずかしい。良いように翻弄されている情けない気持ちとは裏腹に、身体の中心に血が集まっていくのが痛いほどよくわかる。

 「…ッう、……ッ、ッ」

 制止したくてたまらなかったが声が出せない。口を開けばおかしな声が漏れそうで怖い。唇を引き締めて必死に堪えている間にも、油断すると喉の奥から鼻に抜けるような音がこぼれてくる。
 古泉はそれを知ってか知らずか、気を善くしたように更に愛撫する手を早めた。

 「ぅく、っ、…ん、ん…!、…!!」

 くちゅ、と粘液の混ざる音が聞こえ出す。
 何の音かは確かめるまでもない。今なら羞恥で死ねそうだ。
 せめて変な声だけは上げるまいと口を両手で塞いでぎゅっと目を瞑ると、覆いかぶさっていた古泉の影が動いた。指が根元を支えるようにすべり落ちたかと思うと、ぬる、と先端が生温かい何かに包まれる。

 「!!…ふぁ…ッ、…」

 古泉の口だ、と理解した瞬間跳ね起きた。跳ね起きたつもりだったが身体に力が入らず肩がわずかに浮いただけだった。あまりの刺激に目の前がチカチカする。

 「や、だ…!!やめ…ッ、こいず…、」

 声が完全に上擦った。みっともない声だ。
 柔らかな舌がざらりと裏筋の敏感な部分を的確になぞる。ぞくぞくと感じたこともない強い性感が電流となって脊髄を這いのぼる。感覚に思考が追いつけないまま、あっという間に上りきった先が見えてくる。

 「駄目…だめ、はな、し……、でる、出るか、ら…ッ」

 切れ切れに訴えると、古泉は口を離すどころかわざと喉の奥まで飲み込むときつく吸いたててきた。やり過ごせない波に浚われ、奥歯をかみ締めて堪えようとしたが無駄だ。

 「ひ、っ…───!!!」

 我慢できずにそのまま古泉の口内へ放埓する。
 数度にわけて吐き出される射精が収まるまで古泉のくちびるで絞りきるように扱きたてられ、その度にびくびくと内股が痙攣した。

 本気で泣けてくる。

 愛撫されて良いように射精させられて。男の矜持も何もあったもんじゃない。
 吹き出た汗で背中のシャツがはりつくのを感じながら、荒く酸素を取り込む。目線を下げるとようやく顔を上げた古泉と目が合った。唇がほの赤く濡れていて凄まじい色気だ。その白い喉が見せつけるようにごくりと嚥下するのを見て、恥ずかしさやら怒りやら悲しさやらがない交ぜになってこみ上げ、心を覆い尽くした。










update:07/10/04



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