ATTENTION!
サテュリオンの続きでエルフ古泉×人間キョン
とみせかけて触手×キョンです

気をつけてね!(σ゚∀゚)σ


















 今度という今度は絶対に折れない。
 向こうが何を言おうがどんな手を使おうが、絶対に譲歩してやるもんか。
 緑深い森の中を、生い茂る蔓草に足を取られないよう注意しながら進む。
 進みながら、もし奴が追い掛けて来た場合どうやってその追っ手を回避しようかと戦略を練った。無論、奴とはあの忌々しい美貌のエルフのことである。
 古泉め。人間を舐めるのも大概にしておけよ。




















美しく深い森





















 ことの発端は三日前。
 朝食の話題で俺が言った一言だった。

 『一度渓谷を出て、人里に戻りたい』

 たったそれだけの要望に古泉は無駄に整った顔にあからさまな不機嫌を浮かべ、その必要はないでしょう、と一刀両断した。
 俺は何もここでの生活に飽きたから人里に戻って暮らしたいと言った訳じゃない。ちょっと戻って必要なものを手に入れたいからと頼んだだけだ。古泉と違って人間の身ではいろいろと入り用もある。望めば古泉がある程度調達してきてくれるとはいえ、それにも限度がある。人の集まる街の市場にでも行くことが出来ればそれが一番手っ取り早い。
 そんな我が儘など出会ってからこれまで終ぞ言ったことのない俺のささやかな願いだと言うのに、古泉はにべもない態度だった。
 じゃあ自分一人で行けばいいじゃないかって?
 それが出来れば苦労はしない。
 前にも言ったが、ここは本来であれば人間が立ち入ることのできない深い渓谷にあって、俺一人では道が分からないのは勿論、どんな危険があるか知れないのだ。
 一年前に俺がここで遭難した時も、古泉に助けられなければとうの昔に野垂れ死ぬか獣の餌にでもなっていたことだろう。その点では感謝している。
 だがしかし、売り言葉に買い言葉とは言え古泉の、

 「どうせ貴方一人ではここから出られやしないんですから」

 という台詞は俺の矜持を逆なでするのに充分だった。
 なんだそれ。お前は俺をペットか何かと思ってるんじゃないのか。いくら俺がエルフとは身体能力も知能も遥かに劣る矮小な人間だって、そこまで見下されて黙っていられるほど落ちぶれてもいない。プライドくらいは持ち合わせてるんだ。ようし見てろ、だったら一人ででも行けるところまで行ってやる。

 と俺が考えたのも無理からぬことだと思わないか?


















 そんな経緯もあって俺は今深い森の中を孤軍奮闘し、鬱蒼と覆い繁った草木をかき分け歩いている。
 古泉と俺の住家がある辺りと違い、少し分け入ったこの辺り一帯は、見上げれば背の高い木々が垂れ込めるように枝を伸ばしていて昼間でも夕方のように薄暗い。
 思えば古泉と離れてこんなに遠くまで来たのは初めてだ。
 これまでは外を出歩くときは大抵古泉がついて来ていたし、それこそどこへ行く用事があるわけでもないから、一人で行くところなんざ近くの小川くらいなものだったしな。こんな森の奥深くに入り込んだことなど一度もない。
 歩き始めてどのくらい経ったんだろうか。
 結構な距離を歩いた気がするが、今のところ古泉が追ってくる気配はない。
 見つからないようこっそり窓から出て来たとはいえ、そろそろ俺がいないことに気がついている頃合だろう。
 慣れない獣道を足を取られそうになりながら夢中で進んでいるうちに、日が傾き始めたのか、いよいよ辺りは闇を濃くしていく。
 渓谷を出るまであとどのくらい距離があるんだろう。
 ちなみに方向が合っているのかどうかはわからない。
 古泉の話の端々から推測して、何となくこっちじゃないかなくらいのレベルだ。
 無論野宿に備えて幾ばくかの非常食は持ってきてはいるが、何日ともなると心許ない。
 丸一日かかるかかからないかというところでしょうか、と古泉が言っていたから、俺の足でも三日もあればたどり着きそうなもんだと思っていたが……あれ、甘かったか?

 「うわっ!?」

 突然に鳥が飛び立つ羽音が真上から響いて、思いっきり肩をびくつかせる。
 まったく心臓に悪い。
 宵の近い薄闇の深森は、闇が深まるにつれて不気味さを増していく。ましてや知らない道なら尚更。というか、足元はもう獣道とも言えないような状態で、一歩進むのも苦心するような有様だ。
 これは…まずいんじゃないだろうか。
 既に進んでいると言うよりはさ迷い歩いていると言ったほうが正しい気がする。
 遭難とか迷子とか、嫌な単語が脳裏を過ぎった。
 これ以上むやみやたらに歩き回るのは非常にやばい気がする。
 考えてみると既にどっちから来たのか方向感覚も曖昧だ。廻りを見渡してみても似たような木が林立しているばかりで同じ景色にしか見えず、判別がつかない。
 ふと、風鳴りに紛れて獣の遠吠えが聞こえた気がした。
 ぎくりと背筋が冷える。狼か何かだろうか。
 持ってきた装備の中に猟銃はおろか、武器になりそうなものはなにもない。もしも見つかったりすれば遭難する前に今晩のディナーにされて骨も残らないだろう。
 少しでも鳴き声のした方向から離れようと、いつの間にか腰ほどの高さまである叢を掻き分け脚を踏み出した瞬間、後悔した。

 「わ……!?!?」

 体重を載せた足は地に着かず、がくん、と身体がバランスを崩す。
 辺りが暗いせいで先が急勾配になっていることに全く気がつかなかった。そのまま迂闊な自分自身を呪いながら転げるように小さな崖と言ってもいい坂を落ちて、衝突した地面に脇腹をしたたかにぶつけて悶絶した。

 「い……って、…」

 最悪だ…。
 ぎしぎし痛む肋骨の辺りを押さえつつ顔を上げる。
 落差は三メートルほどあり元の地点に戻るのは無理そうだった。崖をよじ登って這い上がれないこともないだろうが、それで足を滑らせでもしてまた落下すれば目も当てられない。

 「………何やってんだかな…」

 はあ、と溜息をつき、その場に座り込んだ。
 売り言葉に買い言葉で古泉とつまらん喧嘩して、挙げ句家出して迷子。
 子供か俺は。
 落ちた先は周囲からすり鉢上に陥没しているらしく、数メートル先の中央部分は水溜まりと言ったほうがいいような小さな沼地になっているようだった。どっちにしても動きようがない。このまま大人しく夜をやり過ごして明け方のを待つのが得策だろう。
 ぬかるんで足場の悪い部分を避けていくらか渇いた地面に草を集めて敷くと、その上に座り、崖に背を預けるようにして虚空を仰ぎ見た。木々の枝々が覆い重なる僅かな隙間に夕暮れの茜色から群青へとグラデーションを描く空と、宵の明星が見えた。
 古泉はどうしてるだろう。心配してるだろうか。
 それとも勝手に出て行った俺に呆れているだろうか。
 わからないまま、目を閉じた。















 「……ん、…?」

 いつの間にかうたた寝していたらしい。
 辺りの湿った空気はいっそう冷えて大分肌寒くなってきている。
 ぬるり、と何かが足首のあたり触れる感触でふと意識が浮上した。冷たい。濡れたような感覚があるが、水とも違う。足首だけだから雨が降ってきている訳でもなさそうだ。
 ぼんやりとした意識が徐々に輪郭をはっきりさせてくる。
 その奇妙な感触が足首からふくらはぎへと、そろそろと衣服の中を這い上っていくように移動するのを感じて、はっと目を開いた。

 「な……、……」

 網膜に飛び込んだ光景に、声もでない。
 足首に絡まっていたのは、まるで蛞蝓かなにかのようにてらてらと粘液に塗れた、というよりは、ぐずぐずのゲル状のものが漸く輪郭を保っていると言ったほうがいいような、濁った緑色をした物体だった。
 紐状に細く伸びたそれは既に足に幾重にも巻きついていて、衣服の裾から中まで入り込んできている。
 ずる、とそれが胎動のように蠢いてぞっとした。
 生きている。
 その蔓のように伸びたものを目で追えば、根源は漆黒の沼の中へと続いている。
 声も出ず、身体を動かすことはおろか視線を動かすことも出来ずにその先を見つめる。 その仄暗い闇に溶けた沼の淵で、無数の何かが犇いているのがわかった。
 頭の中でいつか古泉に言われた台詞がリフレインする。





 「絶対に一人では行動しないで下さいね。森の中には植物ですら人間を捕食する種類のものもあるんですから」







update:09/9/30



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