古泉→交渉人
キョン→一課警部

雰囲気で書いてるのでツッコミ禁止ね!




















 「……ええ、絶対に貴方に危害を加えません。僕が保障します」

 相手から切るのをゆうに十秒は待った後、通話装置のリリースボタンを押下すると共に左耳に当てていたブレストを外し奴が振り向いて言った。
 「投降するそうです」
 その言葉通りに10分後、警察車輌が取り囲む物々しい警戒網の敷かれたオフィスビルの正面玄関から人質と思しき女子行員が数名、そして両手を頭の上に翳した黒いジャンパーの男が出て来た。俺達が寝ずに現場に付きっきりでいた今回の立て篭もりの犯人だ。
 事件発生から二日、犯人投降という形で事件は解決を見たことになる。
 直ちに待機していた特殊部隊員によって身柄を抑えられた男が車輌に詰め込まれるまでの、緊張交じりの沸き立った空気とは反対に、俺はといえばずっと基地車輌の中でこちらに背中を向けて座っているダークグレーのスーツを見つめていた。
 ブレストに器用そうな長い指先でコードを巻き付け放り出すように置くと、眉間を押さえるようにして仰向き椅子に背中を預け、長時間の緊張から解放された安堵からか、事件解決の功績を挙げた達成感からか、ふ、と細く溜息をつく。今回もこいつの独壇場だったってわけだ。
 じっと見ていた俺の視線に気がついたのか、振り向いた奴が目が合うなり口の端を引き上げる。忌ま忌ましい。

 捜査一課特殊捜査班交渉係、古泉一樹。
 俺はこいつが大嫌いだ。





















交渉人























 交渉人。
 映画やドラマなんかで最近よく取り沙汰されるようになったが、人質救出作戦において犯人と直接的に交渉を行う専門的知識・技能を有した捜査官を指す。日本では未だ数が少ないものの、海外の多くの治安機関では交渉専門の組織が設置されている。
 古泉は、警察庁の交渉人養成におけるアメリカ連邦捜査局への派遣員第一号だ。
 元々アメリカの大学からキャリアに入った変り種だったことと、古泉自身の希望もあって選任され、派遣期間を終了し本庁に戻ってきたのが数ヶ月前。
 FBI交渉人チームのお墨付きは伊達じゃなかった。
 実際に、俺達が如何とも手を打てずにいた今回の立て篭もり事件も、事件発生から膠着状態のまま三十八時間が経過したところで古泉が呼ばれ、交渉に当たるようになりたったの八時間で犯人は投降した。死亡・負傷者共にゼロ、という完璧な結果で。
 奴の連勝記録にまたひとつ、白星がついた形だ。
 FBIに出向していた頃から、犯人致死率の高いアメリカで、奴の居たチームの平和的事件解決率は断トツで八割を越えるとかなんとか言う嘘みたいな噂が聞こえてはいたが、事実警察庁に戻ってからの仕事振りを見ても頷ける話だ。
 奴が出てくれば一課の出番はほぼなしで功績にならないとか、そんなくだらない理由ではないが、とにかく俺は古泉が気に入らなかった。いけ好かない奴という位置付けだ。
 それは警察大学校時代からこの方変わっていない。

 「貴方も変わりませんよね。警察学校の頃から」

 カフェオレの入ったカップに口をつけながら奴が笑う。

 「どういう意味だ」
 「昔から意見の食い違うところがあると、それを隠すことなくストレートにぶつけてくるでしょう」

 苦虫を噛みつぶしたような、という比喩が嵌まるしかめっつらをして見せると、その分奴の顔はいっそう嬉しそうに微笑む。
 ピー、という電子音とともにカップ式自販機の扉が開き、湯気をたてている紙コップを手にとると、休憩ブースに備え付けられている皮張りの長椅子に乱暴に腰掛ける。則ち古泉の横に。椅子はこれひとつきりで、空いているところがここしかないのだ。
 もっと言うと今は勤務時間で、たまたま休憩しに来たら偶然古泉と一緒になっただけだ。他意はない。

 「僕がアメリカへ交渉術を学びに行くと言った時も、反対したのは貴方だった」
 「…反対したんじゃない。わざわざ築いたキャリアをあっさりを捨てるのは勿体ないんじゃないかと言っただけだ」

 派遣チーム入りが決まるまで、古泉と俺は同じ一課の特殊犯捜査係に所属していた。
 大学校から配属まで同じだった腐れ縁もあって、他の同僚と比較しても多少近しい仲ではあった、とは思う。
 非常に遺憾ながら周りより頭ひとつ抜けて有能だった古泉は、同期の中でも最短で警視正へ昇格するだろうと言うのが専らの評価だった。それがあっさりアメリカ行きに自ら志願したのだから、その当時は周囲を驚嘆させたものだ。
 正面を向いたまま仏頂面をしていると、横で古泉がひそやかに笑う気配がした。

 「なんで笑う」
 「ああ、…すみません」

 なんだかこういうのは久々だなあ、と思いまして、とまた笑う。
 実際、所属の変わった古泉と現場で一緒になることが何度かあったが、FBI上がりの超エリート捜査官に面切って文句を言う奴なぞ俺の他には皆無と言ってよかった。
 無論同期の気安さというのも混じってはいるが、そもそも今回の事件でも、古泉の交渉に於ける成果主義と、俺の救出優先のポリシーは処々でしばしば衝突した。端から見ると犬猿の仲にしか見えないらしい。

 「僕は貴方のそういうところが好ましいと思いますがね。それが捜査方針であれなんであれ、相手に蟠りを包み隠すということをしない貴方のやり方は」

 ちっとも褒めてない。それは暗に思ったことをそのまま口に出し過ぎだと課長に苦言を呈される俺への嫌味か?

 「違いますよ。つれないなあ」

 つれるもつれないもあるか。
 返事をせずにホットコーヒーを啜ると、僅かに開いた、というか故意に開けていた距離を長椅子の上をにじり寄るようにして詰めてくる。やめろ近寄るな気色悪い。
 牽制の意味も込めて横を睨みつけると、相変わらず無駄に整った顔にこれまた絵になる爽やかな微笑を浮かべていて、ちょっとした殺意が湧いてきそうだ。

 「何で今頃戻ってきたんだ。俺はてっきりずっと向こうで仕事するもんだと思ってた」

 多少の嫌味も込めてそう言うと、古泉はさも心外とばかりに長い睫毛に縁取られた目をまるく見開いたあと、苦笑した。




 「嫌だな…貴方との約束じゃないですか。忘れてしまったんですか?」




つづきません…



update:09/09/09



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