not in business 3
閑散としたエレベーターホールを横切り、腕を引かれるがまま連れていかれた先はフロアの片隅にある給湯室だった。
業務時間ととうに過ぎた今の時間帯、人気は勿論ない。
「あっ…、あの、」
一畳半程度のスペースしかない狭い給湯室内には、シンクや造り付けの棚やらが占拠していて、男二人で使うには多少の窮屈さを感じる。
やや傍目には死角になっているとはいえ、扉はおろか間仕切りなどのないそこは、誰かが来れば無論隠れるスペースなどない。
つまり、いつ見られてもおかしくないということだ。
それがわかっているんだろうかこの人は、と思ったのは、背後から腕を回して来た古泉部長に、身体をシンクに押し付けるようにして抱きすくめられてようやくだった。
「ちょ…、っ部長…!?」
慌ててもがこうにも、両手に洗いものの湯呑みを持ったままでいたのでうまくいかなかった。そうこうしているうちに無言のまま絡み付いてくる腕に力が篭り、ろくに動けなくなっていく。背中に密着する部長の身体から、シャツごしに体温が伝わる。
耳元にかすかに吐息がふれて、思わず身体が強張った。
「や、…!!」
突然、首筋にぬるりと温い感触が這って、思わずおかしな声が上がる。
それが部長の舌だと悟るなり、混乱に襲われた。何で。
なんで俺が部長に抱きしめられたうえ、首を嘗められているのか。
そんな馬鹿な、とという思いとは裏腹に、体温が、感覚がこれが紛れも無い現実だとつきつけてくる。
連鎖するように、いつかの飲み会の時の記憶が過ぎった。
あの時居酒屋のトイレで、部長にキスをされた。あれは夢幻じゃなかったのか。
「っ、やめて、下さい」
そこで初めて、俺は拒絶の言葉を吐いた。
漸くここは拒否するところだという事実に思い至ったからだ。
こういうのを何て言うんだったか。
しかしどうして部長が紛れも無い男である俺にこんなことを仕掛けてくるのか。大いに尋ねたかったが、それよりも早く離してほしかった。
首や耳の裏に微かにかかる吐息や、柔らかな髪の感触がどうにも落ち着かない。部下をからかいたいがための悪戯にしてはたちが悪すぎやしないか。
「じっとしていてください」
漸く部長が口をひらく。
いつもの張りがある声とは違う、掠れるような低い囁き。
ぞく、と背筋を何かが走り抜ける。
困惑と混乱でまともなリアクションをとれないでいる俺を尻目に、部長の右手がゆっくりと、服の上から感触を確かめるように下りていく。
「あ…、……!!」
手がベルトを過ぎ、スラックスの上からそこを押した。
がちゃん、と高い音が響く。手に持っていた湯呑みをシンクに落したからだ。
「やっ、やめ、」
情けなく上擦った声が出る。
だってそうだろ。業務終了後の上司とふたりきりのオフィスで、給湯室に連れ込まれて抱きしめられたあげく、人には説明できないようなところを触られるってどんな超展開なんだ。
手首を掴んで止めようとするも、あっという間にベルトにかかり、器用に金具を外すと隙間から掌を差し入れられる。
「や め、やめてください…ッ、何なんですか!!」
遠慮もなしに侵入してくる他人の手に慌てて声を荒げると、しぃ、と耳元で囁きながら、身体を固定していたもう片手を持ち上げ、人差し指をこちらの唇に押し当ててくる。
「あ!、……」
忍び込んだ手が下着をかい潜り、萎えたままのそれに触れた。
思わずびくついて身体を前のめらせると、ぐっと腰を引き寄せるように抱きしめられる。
「気持ち良くするだけです」
してくれなくていい!
叫びそうになるのを寸ででこらえる。誰に聞き付けられるかわからない。
こんな状況を誰かに見られたくないという思考は忌ま忌ましいことに共通していて。もし俺が女の子なら悲鳴を上げて人を呼ぶところだが、男の身ではそうもいかない。
「ひっ……」
渇いたままの先端に這った指が、無理やりにそこをこすり立ててくる。
引き攣るような痛みに身体を強張らせ、思わず目の前のシンクを掴む。
「や、い、痛…ッ、あ、あ」
「痛い…?ふふ、…濡れてきてますが」
そう指摘されて初めて、俺は自身が反応し始めていることに気がついた。
しつこく擦られるそこが段々とぬるついた感触をもつのがわかって、一気に血が顔に上った。
「い、あ、…やだ、ッ……、……」
確実に、しっかりと芯を持ち始めた幹を掌で包まれ、上下に扱かれるとぞくぞくと愉悦が這い上った。
自分の手でするのとはわけが違う。
桁外れの快感に膝から力が勝手に抜けていく。
「…っふぁ、……」
流しについた手と、部長の腕に支えられる形でなんとか立っている状態だ。
こんなの、嫌だ。
男の、しかも上司の手で扱かれて気持ちいいなんて。
小さくかぶりをふると、耳裏を舐められたあと耳朶、そして耳の穴へ舌が捩込まれる。
「っあ、ぅ………!」
ぶる、と背筋が震える。
一気に沸き上がる射精感に、ステンレスのシンクを指を白むほどに力を入れて掴み、堪えた。
「もういきそう、ですか」
認めたくなくて否定を示すように首を振ると、愛撫する手の動きが早まった。
幹をこする手に添えるように、もう片手が濡れて涎をたらす先端の粘膜をいたぶるように、撫でたり孔を拡げたりしてくる。
「はっ、…ッ!!ゃ、ぁ、あ、あ」
だめ、と口走る間もなく、管を駆け登った精液があふれだす。
その総毛立つような、堪らない感覚にがくがくと身体が震えた。
残滓を余さず吐き出させるように、何度も掌が上下しながらひくつくそこを揉みしだき、そのたびに引き攣った喉で嬌声を押し殺す。
涙で曇る視界に、シンクの中に転がった湯呑みがぼんやりと移った。
古泉部長ったら…(ノノ)
update:08/5/1