「知りませんよもう」

 どうなっても、と珍しく焦燥めいた情動を滲ませた声で吐き捨てる、と、伸びてきた腕が手首を掴む。いつも冷たい手指がやたら熱く感じられたのは、自分の身体が冷えているからなのか、それとも古泉の体温がいつもより高いからなのか。分からなかったが、それを振り解こうという気は起こらなかった。




















遭難






















 そのまま家近くの歩道橋からタクシーに乗り込み目的地まで到着するまでの間、古泉も俺も互いに押し黙ったままでいた。目的地、というのは古泉が独り住いをしている二階建て鉄筋のアパートだ。別に俺がそれを要求した訳でも古泉が俺を招待した訳でもない。 でも成り行きから言えば、そうなるのが自然な流れだったのかも知れない。
 タクシーの料金を支払い、降車してアパートの階段を上る間もそして鍵を開ける間も、古泉はずっと俺の手首を握ったままだった。
 別に逃げやしない、とは、言葉にせず。
 口火を切ればなし崩しになるような気がした。
 部屋に引きずり込まれるようにして入ると、閉じたドアに、靴を脱ぐ暇すらなく背中が押し付けられた。
 明かりのない三和土で薄闇の中、唇に触れたものが古泉のそれだと、舌を差し入れられたことで気がつく。片手で頬の輪郭を確かめるように撫でられ、もう片手がドアに施錠したのを音で察知した。

 「ん、…っ、んう、…」

 そのまま抱きしめる、というよりは抱き潰そうとする勢いで強く、廻された手がシャツを捲ろうと背中をまさぐり、そこで初めてここじゃ嫌だ、とキスの息継ぎの合間に矢継ぎ早に呟いた。玄関で、なんてまっぴら御免だ。
 古泉は俺のそれに良いとも悪いとも言わずに、靴を脱ぐとそのままワンルームの狭い廊下を俺の腰を抱くようにして引っ張りながら進み、室内にたどり着いたと思うや否や、次の瞬間には身体は部屋の隅のベッドへ倒れ込み天井を見ていた。
 やはり電気はついていないから、光源と言えばベランダから差し込む街灯と微かな月明かりくらいなもので、ぼんやりと自分の身体の上に覆いかぶさる古泉の形を浮かび上がらせるだけだ。どんな表情をしているかは見えないのに、言葉を交わしてもいないのに、ただ、古泉がやたらに興奮していることは分かった。
 シーツの上で、古泉の手が俺の着ていたものを捲り、剥ぎ取り、裸にして触れて愛撫していくのを、圧倒的な気恥ずかしさと僅かの緊張に押し潰されそうになりながらじっと、されるがままでいる。しかしながらそのやり方が、品行方正で冷静沈着、王子様然とした通常の古泉一樹はどこに形を潜めているのか、と問い質したくなるような乱暴さで、ちょっとでも抵抗すれば吸いつかれている皮膚を噛み千切られそうで怖かった。
 今起きている事実に認識が追いつかなくて、古泉が施す愛撫、を頭で理解するころにはもう古泉は別の作業に移っている。そうしてどんどん、取り返しのつかない事態にされていくのを知っていて甘受した。もう取り返しがつかない。
 俺よりも悔しいことに一回り大きい掌が、平べったい胸の上を這う。普段は意識すらしない突起に指が掛かったかと思うと、抓み上げ捏ねられる。両方共。痛みとともにじいん、と痺れのようなむず痒さがあって、嫌だと訴える前にぬるりと生暖かい舌が絡み、ちゅ、と音を立てて吸いつかれる。

 「あ、…っう、…や、…」

 歯ですり潰すように圧力をかけられ、痛みと紙一重の感覚と、食い千切られるんじゃないかという恐怖に背中が戦慄いた。
 
 「い、いや…だって、噛むなそれ、…」

 嫌だって貴方、じゃあどうしてここがこんななんです、と、低く掠れた声で囁かれ、其処に触れられて初めて、自分がいつの間にか勃起していることに気がついた。
 見惚れるほど長い指が、熱を孕んだ幹に絡み付く。形を確認するように数度擦られただけで、腰が溶けそうなほどの解りやすい快楽が走る。例え男の掌だろうが、直接的な刺激に抗うことなど到底無理だ。
 乳首を吸われ、噛まれながら一緒に扱かれると堪らなくなって、逃れたくて寝返りを打つと、今度は背中に圧し掛かられ手を廻される。
 先端をぐりぐりと弄られると駄目だ。ひっ、とすすり泣くみたいな息が勝手に洩れる。後から後からこぼれる先走りが古泉の指を濡らして音を立てる。狭い部屋の中にはもうずっと互いのまるで獣みたいな呼吸と、布擦れやベッドの軋む音だけが充満していて、聞くに堪えないいやらしい粘液の音がやたら耳をついた。

 「は、っ……、い、ッ、あ、もう…っ、…!」

 もういく、と切れ切れに訴えると、古泉は手を離すどころか逆に執拗さを増した手つきで敏感な部分を捏ねてくる。シーツを汚したくない一心で身を捩っても逃れられるはずはなく、がっちりと押さえ込まれたまま滴の浮いた孔に爪を立てられ、それが決定打になった。

 「……っ、…あ、……、はぁ、…、ッ」

 溢れ出たものが古泉の、指と指の隙間を伝ってシーツの波間に落ちる。
 はあはあと全力疾走したみたいに呼吸が落ち着かない。
 ベッドに顔を埋めてぐったりとしている俺を尻目に、古泉は休ませる暇も惜しいとでも言いたげにへたばった腰だけを上げるよう要求してくる。とんでもないポーズだという自覚はあったが、部屋が暗いことを理由に黙認した。
 ぬめりを帯びた指が尻の狭間をさぐるように滑り落ちて、行きついた口にするのも憚られる場所に触れる。
 いいですか、とか何か聞いてきても良さそうなものだが、古泉はただ黙ったまま、しかし迷いなくそこへ指を挿れてきた。

 「ん…っ、……」

 ぐうっと細い、しかし確かな異物が身体の中に侵入してくる。気持ち悪い。悲鳴を上げるようなほどではなかったのは事実だったから堪えた。
 普通受け入れる器官ではないところに、何かが這入りこむのを許すというのは結構な恐怖感の伴うものなのだ、と初めて知った。一旦根元まで押し込まれた指が引いて、また入ってくる、の繰り返しで、これじゃああれだまるで、と思うと同時に、指が増えたのか襞が更に拡げられる感覚にわずかに痛みが混じる。

 「我慢してください」

 痛いと口にしたら一刀両断された。
 我慢しろってお前、どんだけ自己中なんだよと文句を言いたかったが、無遠慮に施される感覚を堪えるのに精一杯でろくな悪態もつけない。
 指をちょっと入れられただけで息絶え絶えな俺に、許したのは貴方じゃないですか、好きにしていいと、甘い言葉で僕を調子に乗らせたのは貴方でしょう。と、まるで俺が悪いとでも言うような台詞を言い聞かせるように囁き、古泉が指を引き抜く。
 うなじから肩甲骨までを幾度も甘噛みされ、ぞくぞくとした感覚が背筋を抜けた。
 一際熱い感触がさっきまで指を入れられていた場所に触れて、それが何なのか理解すると同時にしゃれにならない、と思う。

 「…あ、…ッく、…ッ、…!!」

 駄目、とかいや、とか言葉を吐いた気もしたが、はたして声になっていたかは定かではない。まるで糸みたいにぷつん、と意識が途切れてしまいそうな痛みがあって、そうと意識したつもりもないのに堪らずシーツを手繰り寄せ身体をずり上がらせて逃げを打った。

 「駄目です、よ……最後まで、します」

 どうかするたびに跳ね上がる身体に体重が掛かり押さえ込まれる。更に這入り込もうと古泉が腰を圧しつけてくる。ぎちぎちと狭い入り口が悲鳴を上げて、圧倒的な苦痛と下半身に蟠る熱さに俺はいつの間にかしゃくり上げ泣いていた。

 「ひ、っ…、う、…うう…、ぅ……」

 やめろいたい、と泣きながら訴えても古泉が止めてくれる気配はまるでない。こいつどれだけ鬼畜なんだ、と頭の中で罵倒しながら、せめて御近所に通報されるような悲鳴が上がらないようピローケースの端を夢中で噛んだ。

 「んぐ、…ぅ、…、ッふう、…」

 自分の身体が一体どうなっているのか、原型を留めているかすらわからないまま翻弄される苦痛に堪えていると、漸く全部入ったのか肩口に凭れた古泉がねっとりと、蜂蜜を垂らすような息を吐いた。さらりと柔らかな髪が首筋をくすぐって、ぶるりと肩が震える。

 「ふぅ、…っ……んん、…」

 間も置かずにゆさゆさと小刻みに突き上げられ、揺すぶられるたびに布を噛み締めた歯列の隙間から殺しきれない声が漏れる。みっちりと隙間のない其処はこれ以上ない奥まで古泉でいっぱいにされていて、繋がって触れている部分から融解していくように熱かった。気持ちいいとか痛いとかいう感覚より以前にひたすらただ、熱い。
 前に絡んだ指が、半ば反応しかけたそれを育てようと扱く。突かれながらそうされると強すぎる刺激に視界が明滅して、馬鹿みたいな声を上げて泣いた。

 「泣く、のは、…っ逆効果、ですよ」

 ひどくしたくなる、と囁かれる言葉にすら肢体がびくつく。
 出してもいいですか、と聞かれて、何をどこにと聞く余裕すらなく促されるままにこくこくと首を頷かせた。

 「あう、…っ あ…!?」

 もう無理だというくらいの奥深くで脈動を感じたかと思うと、次の瞬間には中にじわりと温かな感触が拡がる。

 「あ…、あ…、あ…、…」

 射精されたのだ、と自覚すると同時に肢体から勝手に力が抜ける。中で出された。
 暗闇の所為ばかりでなく涙でろくに見えない目を閉じると、シーツからはただ古泉の匂いしかしなくて、微睡の底に陥っていくような眩暈がした。





溜息の古泉がけしからんわけです
続くんじゃないでしょうか しれっ


update:07/09/13



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