先に断っておくと、僕はこういうことを恒常的に行っているわけではない。
 寧ろ、生え抜きのエリート士官として軍属になり、こうしてある程度の地位に就き部下を束ねる立場になっても、その権力を軍規下以外で振るったことなど一度たりともない。
 管理者として、公私混同ほど劣悪なものもないとすら思っている。
 それは無論、今も変わらない。
 だというのに、これから僕がしようとしていることといえば、そんな信条とはまったく真逆で矛盾含みの、愚劣窮まりない行為だ。

 そうしてでも欲しい。
 そう考える僕はきっと、劣情に満ちた醜い姿をしているのだろう。


 怯えたように僕を見る、彼の目がそう語っている。












絶対隷従



















 初めて逢った時、作戦参謀として僕の直属となった彼は、僕にとって大多数の手駒のうちのひとりでしかなかった。
 堅苦しく敬礼し僕を見る彼の目に、わずかに羨望ととれるものが含まれているのには最初から気がついていたが、それも珍しいことではない。
 特例に特例を重ね幕僚総長のポストについた僕には、それが良かれあしかれ注目が集まるものだったからだ。それをいいとも悪いとも思わない。

 でも、いつからだろう。
 いつもは愚直過ぎるくらい真面目な彼が時折見せる、照れたような微笑みや、軽口ばかり叩く僕を窘めるように眉をよせる顔に、いつしか慾情を覚えるになった自分に気がついたのは。
 軍という特殊な環境に於いては、同性間での性交渉という習慣がないわけではない。
 だがそれも一部においてのみの話であって、僕個人としては性質上、どちらかというとそういう行為を嫌厭してきた。
 それでも現に、今こうして僕が彼に抱いているのは欲望だ。

 犯してしまいたい。
 泣かせて、彼の内側を味わって汚し、奪い尽くしたい。

 軍服のうちに、そんな抑えがたい醜悪な願望を隠しながら軍務をこなしてきたものの、それもそろそろ限界だった。
 慾というものは抑えれば抑えるほど肥大していくものだ。
 だから。



 次に彼がこの部屋にやってきたらこうしようと決めていた。















 「……あの、…」

 戸惑ったように、彼が僕を見上げた。
 それはそうだ。彼はいつものように報告書を僕の執務室に届けに来ただけで、部屋から出ようとしたところを上官にいきなり腕を掴まれたのだから。

 何か失態を犯したのでは、とでも心配しているのか、どこか不安そうな視線が注ぐ。
 そんな彼を安心させるように微笑んでやると、僕は捕まえた腕は離さないまま、彼の背後のドアに手を伸ばしロックをかけた。
 デスクに備え付けられているパネルで遠隔操作しなかったのは、鍵をかけたことを彼に知らしめるためだ。

 「古泉幕僚総長、何か…、……!?」

 言いかけた彼の肩を掴み、乱暴にドアに押し付けた。
 だん、と大きな音がなる。


 「な…何を…ッぅ、んんっ…!!」


 そのまま彼のくちびるを奪い塞いだ。
 彼が目を見開いたままなのはわかったが、構わず後頭部を押さえ付け深く重ねる。
 開いていた唇を難無く潜り、歯列をこじ開ける。
 びくりと彼が震えた。

 「う、ッ、ん、……ん!!」

 漸く自分が今何をされているのか事態が飲み込めてきたのか、彼が必死に身をよじり始める。
 温かな口内をさぐり、舌を搦め捕ろうとすると嫌がって逃げる。
 顔を背けて逃れようとする彼を許さず強く顎を掴み固定すると、角度を変えてさらに強く唇をおしつけた。


 「……っ、!」


 不意にがり、と嫌な感触とともに鋭い痛みが走る。
 じわりと広がる鉄っぽい味。
 彼に舌を噛まれたのだ。

 仕方なく拘束を離すと、彼は酸欠でか真っ赤な顔で荒い息をつきながら口元をぬぐった。
 唾液が顎までしたたり、濡れて色づいたくちびるがひどくなまめかしい。
 眦を吊り上げ強い視線で僕を睨み上げてくる。

 「…ッどういう、つもりなんですか…!」

 気丈な彼らしい。
 殆ど歳の変わらない僕をいくら言っても官位でしか呼ばないほど愚直な癖に、自分が善しと思わないことには上官にでも頑として首を縦に振らない。
 だからこそ堕とし甲斐がある、とも思う。
 高潔な彼の精神を、これ以上ない下劣な手段で以って蹂躙し屈服させたら、彼はどんな顔をするのだろう。
 そんな後ろ暗い願望にしずかに唇をゆがませると、怒気をあらわにしていた彼の表情が不安に傾き曇った。


 「上官に傷を負わせるなんて、懲罰ものですよ」


 ゆっくりと舌先から滲む血がついた下唇を舐める。

 「……っそれは、あなたが…!!」

 かっと頬に血を上らせて抗議しようとした彼が言葉を紡ぎ終わらないうちに、再び腕を掴むと力任せに引っ張る。
 手近な応接用のソファに放るようにして上体を押し付けた。
 見た目よりもいっそう軽い彼の身体は、抵抗を受けてさえ簡単に僕の思惑通りになる。

 「……何を…するんです」
 「ここまでされて、まさか意味が分からない訳ではないでしょう?」

 起き上がろうとする彼の上に圧しかかりそう低く囁くと、険しい表情の彼の顔が段々と青ざめていく。
 可愛いほどに顕著な変化におかしくなってしまう。
 優しく微笑んでやりながら掌を、軍服の上から胸元に這わせる。
 びくっと組み敷いた身体が強張った。


 「男は初めてですか」


 問いかけに返事はない。
 それでも嘘のつけない彼の視線の動きで肯定と悟る。
 そちらのほうが僕としては勿論嬉しいのだが、彼のような人間が荒くれの多い軍内に於いて無事でいられたのだとすれば、それは全くもって奇跡としかいいようがない。

 「はじめてなら、優しくして差し上げますよ。そうでないなら僕の好きにします」

 唇だけで哂いながら、吐息を含ませた声でわざと怜悧な言葉を吐く。
 彼が大きく目を見開いて僕を見上げた。口許が微かにわなないたかと思うと、くしゃりと顔が苦渋に歪む。


 「あなたが……するんですか、こんな」


 震えた声が紡がれる。
 怯えからか、呼吸が浅く早い。


 「し…士官学校で、あなたの名前を聞いていました。候補生時代から飛び抜けて優秀で、軍部でも最短年数で幹部に昇格した、才覚ある優れた人物だと。…だから…!」

 「失望しましたか?」


 まくし立てる彼の言葉を遮るように次句を接いだ。
 軍服のファスナーに指をかけ、ゆっくりと下ろしながら、
 唇の片端を上げ嘲るような微笑をつくる。


 「理想を壊して申し訳ありませんね。…幕僚総長ともなる人間ならば、聖人君子とでも思いましたか」


 「!!……………、…」


 強張っていた彼の身体から抵抗が抜け、僕の肩口を掴んでいた手が力無くずるりと落下した。
 諦めたのか、それとも絶望したのか、見開いた彼の目が段々と感情を写さなくなる。







 完全に静かになった彼の喉元に口づけ、身体をまさぐる掌の動きを再開させても、彼はもう抵抗しなかった。








さっそくひどい幕僚総長
(ノ∀`)



update:08/2/21



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