はじめて抱いた時からそうだった。

 「好きだよ、先生」
 そう囁きながら、最初にこのベッドで先生を見下ろしたのはいつの金曜だったか。
 甘い台詞を吐き出す口とは裏腹に、乱暴に組み敷いて、嫌がる身体をねじ伏せて。
 抵抗も制止も聞き入れず、強引な愛撫と言葉で陥落させて無理やり身体を繋げた。
 なんの穢れもしらなかった無垢な先生に、僕との望まぬ行為はいかばかりの傷をつけたのか。
 想像するたびに髄から痺れがくるような興奮に呑まれた。
 いちどだけ、と誓っていたはずの逢瀬は止められるはずもなく、幾度もこうしてこの部屋の扉をひらき、その日もまた先生の細い身体を押し開く。
 もう許してください。
 そう云って哀願する先生の怯えた瞳が僕をうつすたびに、止まらなくなる衝動に駆られ歪んだ欲望に火をつけた。
 悪循環だ。

   そうと分かっていても、もはや抑える術も意志も無い。

 はじめて抱いたときから、そうだった。



 「や、嫌…っです…!!」
 つよく身を捩じらせて派手に暴れる身体を押さえつける。
 いつもと同じやり方だ。
 ベッドの上にうつ伏せにさせてその薄い背中に体重をかけてやれば、それだけで先生の細やかな体躯は身じろぐことすらままならなくなる。
 折れそうに儚い身体をみれば、赤子の手を捻るように簡単なことだ。
 「…………っ」
  それでも何とかしてこの状況から逃れようと、辛うじて自由の利く両腕をシーツに突っぱねるようにして足掻いてみせる。
 「ああ、煩いな」
 その細い腕を掴みあげ、そのままなんの造作も無く後ろ手に捻じ曲げる。
 ぎしりと握りこんだ手首の関節が軋み、先生が痛みを訴えるような呻き声を漏らした。
 両手をまとめてその背中に押しつけ固定すると、自分のネクタイを片手で解いて、外したそれで手首をひと括りに縛り上げる。
 「やっ…、……!」
 自分でもよくもまあ手馴れたものだと思えるほど、呆気なく先生の自由は僕の手中に奪われた。
 抵抗を封じられた先生の細い身体をなんの苦もなく起こすと、ベッドに片足を乗り上げ腰掛けた僕の足の間に座らせ、胸に凭れかからせるようにして背後から抱きしめる。
 その耳元に、吐息がかかるほど近くくちびるを寄せた。
 「あんまり騒ぐと誰か来ちゃうかもよ。鍵は開けっ放しなの忘れてる?」
 「!………」
 「僕は別に誰に見られても構わないけど。先生は困るんじゃない?いろいろ世間体とか、さ。大事でしょ?………仮にも職場で生徒とこんなコトしてましたなんて、バレたらどうなるんだろうね?」
 これはいくらなんでもはったりだ。
 僕だってこんなこと、他の誰にも知られたくなんかない。
 扉の外には不在の札をかけておいたし、先生に気づかれないよう内側から錠もおろしてある。
 それでも素直な先生には「かかっていない」と言うだけで充分だ。
 その言葉だけで、先生は追い詰められたように過敏な反応をみせてくれる。
 想像通り、背後からその表情ははっきり窺えないが、動揺をしめすかのように先生の肩が小刻みに震え始めた。
 「それとも、大きな声出して誰かに助けてもらう?話してみれば?二年の夜神月に強姦されましたって」
 「………っ!」
 ゲームでもしているかのように愉しげに吐き出された僕の言葉に、先生がかっと頬に血をのぼらせた。
 その背に胸を密着させるようにしてさらに強く抱き込むと、わざと語意を強調するように区切って発音する。
 「それも一度や二度じゃない。こうやって何度も繰り返し、此処で……毎週金曜の放課後に、保健室のベッドの上で、生徒相手に女みたいに足を開かされてましたって」
 「や…めてくださ……」
 先生が今にも泣き出しそうな声で喉を鳴らした。
 聞きたくない、とでも訴えるようにかぶりを振る先生の耳朶に唇をよせて、敢えて露骨な言葉をえらんで囁く。
 「ああ…でも、まだコレ、強姦って言っても良いのかな。最近じゃあ先生随分悦がるようになったもんね。あんなはしたない声上げてさ……気持ちイイんでしょ?僕に突っ込まれて」
 「お願いです、から……やめて…」
 蚊の鳴くような小さな声はふるえて語尾に嗚咽が混じり、ぎゅっと閉じられた先生の目尻には涙が滲み始めていた。
 抱きしめていた腕をほどき、往生際悪く手首を身じろがせる先生の肩を掴んでベッドの上に仰向けに倒すと、わざと緩慢な手つきでそのシャツのボタンを外していく。
 先生の視線が中空を仰いでさ迷った。
 「やめてください……もう、こんなの……」
 弱々しい制止を無視してすべてボタンを外し終えると、合わせを左右に開く。
 透けるような白い肌が外気に露にされた。
 僕がにやにやと優越者の笑みを浮かべて先生を見下ろせば、その睫毛が目を合わせていることすら居たたまれないかのように震える。
 先生が顔を横向けて、頬をシーツに擦り付けた。
 首を逸らしたことで露になった頼りないほど細やかな首筋に、唇を近づける。
 その肌に触れる直前で、ふとその動きを止めた。
 「そうだ」
 良いことを思いついた子供のような声を上げて圧し掛かっていた先生から離れると、カーテンを開いて先まで自分と先生が向かい合っていた治療用のサイドテーブルまで歩み寄る。
 薬品の置かれたトレーの中から、先生が消毒に使ったエタノールの瓶、そしてピンセットと脱脂綿をえらんで手に取り、踵をかえす。
 ベッドに戻れば何とか上体を起こした先生が、縛ったネクタイを解こうと手首を軋ませているところだった。
 「手首、あんまり動かさない方がいいよ。動かせば動かすほどきつく締まるし、食い込んだら痕が残る」
 とぼけた声でそう忠告しながら、エタノールの蓋を捻り開ける。
 先生が不安と嫌悪の入り混じったような表情で、乱れた髪の隙間から僕を見上げてきた。
 「………なにをする気ですか」
 その顔を見つめながら、つとめて優しい笑顔でつとめて優しく告げる。

 「消毒しなきゃ、駄目なんでしょ?」

 
 



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