昼休みの終了と同時に、五限目の開始を告げる本鈴。

 廊下に溢れていた生徒達の賑やかな喧騒も、鐘の音とともにまばらに消えてゆき、やがてはいつものようにしんと静まりかえったこの部屋で、飴色の髪は長テーブルに突っ伏したまま、動こうとはしなかった。

 「夜神くん、授業ですよ」

 デスク越しにそう声を掛けても、うん、とかああ、とか気の抜けた返事を返すだけで全く顔を上げる気配は無い。竜崎はため息をついた。

 「まったく…。そんな調子でよく、あんな立派な成績が収められるものですね」

 「要領ってやつじゃないの」

 顔を伏せたまま、答えが返ってくる。
 竜崎も、デスクの上に視線を戻し止めていたボールペンを走らせながら「要領?」と聞き返した。月が保健室にやって来たときは大抵眠そうにしていることが多いので、自然と会話は相手の顔を見ない、こういったかたちになる。

 「次は選択教科だし。大切な授業は、ちゃんと出るようにしてる。
 …それに」

 「それに?」

 おもむろに月が顔を上げた。
 すこし乱れた前髪の、その下の印象の強い双眸がまぶしそうに細められ、はす向かいに居る竜崎に向けられる。同じ微笑のはずなのに、やはり他に向けられる完ぺきな優等生然としたそれとは違い、どこか危なっかしい毒気をふくんでいるように竜崎には感じられた。

 「『気分が悪かったので保健室にいました』って云えば、信じない教師はいないよ」

 ようするに、日頃の行い。
 可笑しそうに、下品ともとれるようなやり方で口もとを歪ませる月に、竜崎はあからさまに眉をひそめた。

 「狡賢いというか、小癪というか…」

 「要領がいいって云ってよ」

 この部屋の外では決して見せることのない、悪戯な子どものような笑み。
 それが取り繕わざる月の内面からくるものなのか。いったいそれがどうして、自分の前では隠されることなく露わにされているのか。
 図りかねたまま、その微笑に竜崎は大きくため息をついた。
 竜崎にしたって人前で、こんなふうに不躾に内心を悟られるような態度をとることはない。ましてや生徒の前では。

 毒されている。

 ぼんやりとそう思いながら、会話を強制終了させてふたたびテーブルにうつ伏せた、月の姿を睥睨した。








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