パラレル・エロ注意。

L→化学担当の高校教師
月→その生徒








高校教師〜昼休み編






 いつもよりも午後の時間が長く感じる木曜日。
 いまはその昼休み。
 午後に残っている教科は退屈なものばかりで、いつか鳴る始業のベルが憂鬱だ。

 「………それで、この時塩酸の……」

 頬杖をついて向かっているデスクの上。
 書類やファイルが積み上げられている棚の向こうの窓から零れる陽射しがあたたかい。
 見慣れた麻色のカーテンが、陽を照り返して柔らかく揺れてみえた。

 「よってこちらの溶液bと、cが等しく………」

 淀みなくゆったりと紡ぎだされる声は穏やかで、耳に心地良い。
 隣に座るその声の主を見やる。
 整った横顔の青年。
 細い身体に普段通りのシャツにネクタイの上に白衣を纏い、黒い髪はすこし長く、額にかかる前髪が伏せられた睫毛や黒い眼をまばらに隠している。
 いつも猫背で背中を丸めているこの男の周りの空気は不思議と落ち着いていて、時間が優しく過ぎていくようだった。

 その顔を食い入るように眺めていると、視線に気づいたのか相手がこちらを見た。

 「……夜神くん、聞いてますか?」
 「ああ、……聞いてるよ。竜崎先生」
 僕のぞんざいな返事の仕方に、先生は呆れたようにため息をつく。
 「教えて欲しい箇所があると言って来たのは君ですよ。それに、たしか此処は先週も説明したところじゃありませんでしたか?ちゃんと復習しないと頭に入りませんよ」
 「うん、わかってる」

 わかってるよ。浸透圧なんて説明して貰わなくても。

 先生が椅子を僅かに回転させて、僕の方を向いた。
 眉を少し顰めて心配そうな表情を浮かべている。
 「他の先生方も不思議がっていらっしゃいましたよ。どの教科もトップクラスの君が、化学だけは毎回赤点ギリギリだなんて」
  教師という人間特有の、真摯で誠実さに満ちた視線。それともそれは先生の元々の性質なのだろうか。
 「勿論人には得手不得手があって当然ですから、それが悪いと言っている訳ではないんですよ。ただ…例えば私の授業が分かりにくいとか、何か問題があるのでしたら……」
 東応大学理工学部主席卒業の優秀な頭脳も、人を疑うことを知らなければ騙すのは容易だね。
 現に先生は本当に僕は化学だけはニガテなんだと信じ切っている。
 
 大丈夫。僕がこうして勉強を教わる口実を作ってまで此処に来るのには他の理由があるんだから。

 先生が気を取り直すようにして、デスクの上のテキストの位置を変える。
 「それでは、もう一度説明しますから今度はちゃんと──……」
 言葉が不自然に途切れた。
 僕がボールペンを持っている先生の右手に、重ねるようにして掌で触れたからだ。
 「夜神く……」
 「ねえ、先生」
 身体を前のめるようにして顔を近づけると、先生は過剰なほどの反応を示して後ろへ仰け反った。
 逃げられないように椅子の肘掛けを掴んで更に身体を寄せると、それだけのことで目に見えて狼狽える先生の顔はわずかに赤らんだようにみえる。
 座っているパイプ椅子が、ぎしりと金属質な音を立てて軋んだ。
 「先生、顔赤い」
 「!」
 笑いを噛み殺すような声で揶揄すると、先生は弾かれるようにして慌てて僕から顔を背ける。横を向いたことで露になったその首筋にそっと掌で触れた。
 「あ…だ、駄目、駄目ですっ」
 「なにが駄目?」
 僕の手を突っぱねるようにして「駄目です」と繰り返す先生の顔を覗き込む。
 「が、学校でこういうことはしない約束です」
 「こういうことって?」
 「だから……」
 居心地悪そうにしながら言いよどむ先生の身体を引き寄せる。
 折れそうに細い身体は形ばかりの抵抗をみせただけで、すぐに大人しくこの腕の中に納まった。
 少し高い体温と、早鐘を打っている鼓動とが白衣越しにも伝わってくる。
 「今更じゃない?先生を初めて抱いたのも学校だったし」
 「や、夜神くん!」
 先生が真っ赤な顔で声を荒げた。
 本当のことなのに。
 露骨な物言いに抗議するような目を向けてくる先生の唇を、有無を云わさず塞いだ。
 「んッ…………っ……」
 唇を引き結ばせる暇さえ与えず、すぐに舌を口腔内に侵入させる。
 歯列を辿り、上顎を舐める。その奥にかくされた舌を引き出すようにして絡ませると、先生が掴んだ僕の腕に僅かにちからを込めた。
 軽く水音を立てて唇を離すと、先生は涙目のまま此方に困り果てたような表情を向けてくる。
 僕は苦笑しながらその朱く濡れている唇を指でなぞった。
 「そういう顔されると、期待されてるのかと思っちゃうよ先生」
 「そんな……別にそんなつもりじゃ…!」
 途端、思い出したかのように腕の中の束縛から逃れようともがき始める。
 「駄目。もう遅い」
 さっきよりも強く暴れるその身体を力づくで押さえつけた。
 脇腹を掌で撫でおろすと、瞬間つっぱねようとする腕から力が抜ける。
 「あ!」
 その隙を縫って、下肢に手を這わせた。
 先生の細い肩がびくりと大きく跳ねる。
 先のキスが劣情に火をつけたのか、布越しにも其処が既に熱を持っているのが分かった。
 まるで悪戯の証拠を見つけられた子供のように、先生は真っ赤な顔を俯けて視線を泳がせている。
 「なんだ……先生もソノ気だったんだ」
 「ち、ちが…」
 わざと底意地の悪い笑みを浮かべて呟くと、先生がいまにも泣きそうな表情で僕を見上げてきた。
 「違う?」
 指先で撫で上げるように擦る。同時に先生が小さく鼻にかかった声を漏らした。
 其のことのほか従順な反応が嬉しくて、口の端を引き上げるようにして笑む。
 本当に先生は正直だ。
 僕の云うことやること全部に素直な反応を返してくる。
 「可愛い」
 息を吹き込むように囁いたあと耳朶を舌で辿ってやると、また腕の中の身体が震えた。
 「ひ…人が……来ますっ……」
 顔を俯かせたまま何とかそう吐き出す先生のこめかみに軽く口付けて、耳元で囁く。


 「大丈夫……昼休みにわざわざ離棟の化学準備室に来るのは、先生の出来の悪い教え子くらいだよ」






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