シーン2『ルール』





 「気に入ってもらえた?」

 再生画面の止まった携帯の灯が消えるのと同時に、夜神月の愉しげな声が降ってきた。

 私はと云えば、今現在身に降りかかっている事態を理解することが出来ずに、ただ目の前のデスクを凝視するばかりでいる。
 みるみる体温が奪われて冷えていく指先に、背筋がひやりと凍えるような汗。
 真っ白になった働かない頭では、自分が視線すら動かせず、身じろぎもできないほどに動揺していると悟ることがようやくだった。


 いったいこれは、悪い夢なのだろうか。


 この二週間、彼が私の前に顔をみせなくなったことを
 救いに思っていたのに。


 私は夜神月に会いたくなかった。


 二週間前の放課後、彼に、この保健室のベッドで犯されてから。


 未だに思い出すと吐き気がしてくる。
 自分より幾許も年下の、それも生徒に。
 ベッドに押さえつけられ、両手首を縛られて、なす術もないままに衣服を剥がれ、
 「やめてください」と制止する私を、彼は優越の笑みを浮かべながら見つめていた。


 『あんまり抵抗すると、酷くしたくなっちゃうかもよ』


 彼の言葉どおりだった。

 私の口をシャツでふさぎ下肢を割り拡げ、誰の目に晒すことも無いはずの後腔にいきなりふれてきた。傷薬の軟膏を内部に絞り乱雑に指を突き立て内部から弄くられる、恥辱を通り越した蹂躙。
 気休めの潤滑で器官を異物が行き来する、おぞましい感覚に悲鳴をあげる私に構うことなく、彼は排泄以外の行為を知らない私の其処に、自らの慾望で押し入った。

 想像を絶する、身体を引き裂かれるような苦痛に痙攣する四肢を押さえつけながら、彼はなんども私を揺さぶった。気が失せそうになるほどの痛みと酷い感覚の中、その責め苦から逃れたい一心で両手で彼の背にしがみつき、そこから先ははっきりとは覚えていない。

 思い出せるのは、教師としての尊厳も矜持も捨てて泣きじゃくったことと、
 苦痛のさ中にもなんどか射精に至ったことだけだ。

 「上出来だろ?薄暗かったわりにきれいに撮れてる」

 デスクの上に散らばった写真は、携帯で撮られたものだ。
 画像は荒いものの、それでも映っているのは自分の顔だとはっきりと判別できる。

 涙の溜ったうつろな視線と、だらしなく開かれた膝。
 足を抱え上げられ晒されたぬかるんだ接合部。

 

 ついさっき、彼に聞かされた録音内容が思い出される。


 幾度も放出を受け止めさせられ、それでも抜かぬまま立て続けに犯され、
 子どものようにしゃくりあげ喘ぎながら「もう許して」繰り返している自分の声。


 突き上げられ、内部をこすられるたびに女のような嬌声をあげて。


 夜神月が手遊みにか一番きわどい写真を選んで抓み上げ、愉しげにそれを私の目の前で翻す。せめて胸のうちの動揺を悟られまいと思うのに、表情が歪むのを抑えられない。


 こんなものは私じゃない。

 早く、忘れてしまいたかったのに。


 デスクの上から携帯を取り上げポケットに仕舞う彼の顔は、二週間前と同じ、いっそ残酷なほどに冷徹で綺麗な笑みをうかべている。
 私の反応ををつぶさに観察しているようにもとれる、上辺だけの微笑。


 「……なにが望みなんです」


 やっとの思いで搾り出た台詞はそれだけだった。

 最初から彼の目的は、私の尻尾を掴むことだったのだろう。
 恥知らずな写真と録音データ。
 どういう目的にしろ、脅迫材料としては充分だ。


 睥睨してみせるのが精一杯の私に、
 彼は子どものようににっこりと微笑んだ。


 「さすが先生。話が早いね。…それじゃあ」














 「早く脱げよ」








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