「好きです」と言われて、
 「奇遇だな、俺もそう思ってた」と間髪入れずに返事をすると、奴は今までに見たこともない、折角の美形が台なしな間抜け面をして呆気にとられていた。


 何度も何度も念を押すように聞き直され、「僕が言っているのは友人としての好きではなく、恋愛対象としての好きなんですよ?分かってて言ってるんですか」と懇々と諭され、いい加減しつこすぎると辟易してきて「何だ、断ったほうがよかったのか?」と聞くと、奴はこれまた美形が台なしの今にも泣き出しそうな情けない表情をして、遠慮がちな手つきで俺の背中を抱き寄せ「夢を見てるみたいです」と呟いた。
 寧ろそれはこっちの台詞だ。
 奴が転校してきた五月、初めて会ってからというものずっと気になってて、何となく好きだと思い始めて、それが所謂ライクではなくラブなんだと自覚したもののまさか口に出せる筈もなく友達の振りをし続けて数カ月。
 相手のほうから同じ気持ちでいたことを伝えられるなんて、そんな展開よもや夢オチとかなんじゃないかと疑ってしまうのは仕方がないというものだろう。

 とにかく、嬉しかったんだ。

 一方通行な思いじゃない、これで晴れて両思いってやつなんだろう。
 これだけ聞くと、絵に描いたような青春真っ只中、高校生の恋愛の一ページと言ったところだろうが、残念ながらそれで終わるならこんなふうに語ったりしない。


 そう、ただひとつだけ残る重大な問題は、俺と奴が男同士であるということだ。











学校じゃ教えてくれないA to Z


















 自慢にもならないが、俺は生まれてこのかた十数年、恋人と呼べる人間が出来たことは一度たりともない。
 谷口あたりが馬鹿みたいに騒ぐような惚れた腫れたの恋愛沙汰にもまるで興味はなくて、経験はおろか聞きかじったなけなしの知識程度の持ち合わせしかなく、普通の異性交遊についてさえその調子なのだから、これが男同士となればまさに未知の領域といわざるを得ない。

 それは古泉に至っても同じのようだった。



 放課後、SOS団の活動後はふたりで隠れるように示し合わせて古泉の部屋に行くのがここ最近の日課になっている。
 二人きりで会いたい。出来るなら毎日。
 我ながら言ってて恥ずかしいとは自覚しているが、普通のカップルなら至極当たり前の思考だとも思う。
 他に誰もいない、誰の目もない古泉の部屋で、ふたりで何をしているかと言えばそんなこと言うまでもない。


 「……ん、…」

 荷物を置いてソファに落ち着くなり、古泉が唇を重ねてくる。
 性急とも思えるそれは、初めてそうした時と比べればいくらか遠慮がなくなった。
 癖のように頬を撫でてくる掌がくすぐったい。何度もわずかに離れては柔らかく押しつけ、角度を変えて熱っぽく口づけてくる。
 勿論こんな恋人っぽいキスをしたのも、古泉が初めてだ。目を閉じるタイミングも、合間の呼吸の仕方にも大分慣れたなと思うくらいには、俺は古泉のキスを覚えてきている。

 「…、んっ……ふ…」

 ちゅ、と軽く音をたてて、古泉のくちびるが離れていく。
 くっついていた身体と身体の間にもわずかに空間が出来て、少しだけうそ寒く感じた。

 「……古泉?」

 いつもだったら、ひとしきり抱きしめ合いキスをした後、「お茶でも入れますね」とキッチンに向かう古泉が、今日はやたらと物云いたげな顔で俺の手を握ったままでいる。
 不思議に思って「どうかしたか?」と問うと古泉は、言いにくそうに視線を逡巡させたあと、意を決したように俺を真正面から見つめて口を開いた。


 「僕は、貴方のこと…恋人だと思ってます」


 何を今更。
 俺だってそう思ってる。

 「貴方とは、こういう間柄になってまだ間もないですし。もしかしたら、堪え性がないと軽蔑されるかもしれませんけど……こうして貴方と恋人同士になれたからこそ、もっといろんなことをしたいとも思うんです。その…キスも、…その先も」

 握られた手に、ぎゅっと力がこめられる。
 いつもは俺より少し温度の低い手のひらが、今日はやけに熱く感じた。

 「その先、って?」

 古泉が何を言いたいのか計り兼ねて、きょとんと見上げていると、俯いた古泉の顔が見る間に赤みを増していく。何度も唇を開閉し「その…」と口ごもっていたかと思うと、ぐい、と肩を引き寄せられ、他に誰が聞いているわけでもないのに耳打ちをするようにくちびるを寄せ、ぼそりと小さな声で


 「…セックス、です」


 「………!!!」


 言葉の意味を脳が咀嚼するなり、かーっと頬に血の気が上った。
 反射的に、古泉の腕から逃れるように手を突っぱねる。


 「な…、な…っ!!何考えてんだおまえ!!!」


 思わず声を荒げると、見るからに古泉はしゅんとしょげ返ったような面持ちになる。
 まるで飼い主に怒鳴られた忠犬みたいだ。

 「何って…。だって、当然じゃないですか。恋人なら、
  相手の心も身体も欲しいと思うのは普通でしょう?」

 「そッ…そうかも知れないけど…、だ、だからって…!!」

 俺だって健康な男子高校生だ。
 そういう所謂保健体育な分野にまったく興味もなにもないと言ったら嘘になる。
 なら古泉とこういう関係になることを了承したということは、そういうことも付随してOKしたんじゃないのかと問われれば、考えていなかったと答えるしかない。
 なぜなら。

 「大体考えてもみろ。男同士で、その…出来るわけないだろ」

 俺も古泉も歴とした男だ。
 男の役割は所謂凸なのであって、受け入れるようには出来ていない。入れる側がふたりいたところで行為自体成立しようがないじゃないか。

 「いや…僕もそういった方面の知識は乏しかったもので、色々
  調べてみたんですが……あの、男同士の場合ですとどうも、
  …使う場所が違うらしくて…」

 いつもこっちがうんざりするくらい能弁でよく回る口が、珍しく言い濁すように歯切れが鈍る。しどろもどろになる古泉をうろん気に見つめていると、

 「……いえあの、ご存知でないならいいです。
  多分今言っても怖がらせるだけでしょうから」

 そう言って苦笑気味に首を横に振った。
 その台詞自体もこちらの不安を煽るには充分だと思うが。

 俺が古泉を突き放し後ずさっていたせいで空いていた距離を、古泉が上体を前のめらせて埋めてくる。キスをされる直前みたいに顔を近づけられ、思わずびくついてしまう。
 吐息がかかるほど近い場所に居る古泉はいつになく真剣な目をしていて、その視線の強さに少しだけ怯えに似た感覚に襲われる。
 ぎゅっと背中を引き寄せられ、シャツ越しに身体と身体が重なった。
 緊張しているのがばれそうなくらい密着している。

 「僕は…もっとちゃんと、貴方に触れたい」

 耳許で低く囁かれ、吐息が耳朶に触れこそばゆくて肩がすくんだ。
 それもただの擽ったさじゃなくて、身体の奥が痺れるような、余韻をひくような、変な感じがする。今までに味わったことのない類の感覚だ。
 抱きしめられくっついた部分から、じわりと古泉の体温が伝わってきて、どくどくと心音が聞こえてしまいそうなくらい胸が鳴っている。何もしていないのに呼吸が上がる。
 やばい。何で興奮してきてんだ、俺…。

 「貴方がすこしでも嫌がるようなことは、絶対にしないと誓いますから
  …だから、どうか拒まないで下さい」

 熱っぽく懇願され、酩酊したように頭の芯がぼやける。
 これが普通の状態だったら、一体何をどうされるのかわからないことを承諾するなんて絶対にしないところだろうが、今、この状況で、否と言えるだけの冷静な判断ができる理性は残念ながら俺には残ってなかった。

 古泉の肩口に顔を埋め、ゆっくり小さく、それでもはっきりと頷いてやると、古泉は嬉しそうに頬をゆるませた。






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update:07/12/20



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