ATTENTION!

キョンが古泉以外にかわいそうな目に遭わされています。
かろうじて古キョン前提ですが古泉はほぼ出番なしです




大丈夫な方はどうぞ!



















 呼び付けられた執務室、上官が見慣れない色のカードキーを差し出すようにデスクの上に置いたのは、突如として現れた正体不明の戦艦との接触から、三日後のことだった。

 久しぶりに見るなこの人、と不遜な感想を心の中に留めて最敬礼をする。
 背もたれに背を預け、ゆったりと指を組んだ古泉司令官は、調いすぎとも思える美貌を眉ひとつ動かすことなくこちらを一瞥した。
 数少ない女性隊員は勿論のこと、男の中でもこの年若い総司令官に心酔している者は少なくない。人をひきつける能力に長けている、のだと思う。言うなればカリスマ性。無くしては務まらない職務だとも言える。
 隣のもう一人も同じく、手を額の前に翳したポーズのまま微動だにしない。
 士官学校時代からの同期で、事あるごとの配属、異動でも離れたことがない腐れ縁。
 まさかこんなところでも一緒になるとは。腐れ縁を通過して因縁を感じざるをえまい。
 漸く黙ったままでいた司令官が、除に口をひらいた。


 「今から話すことは他言無用です。…極秘裏の任務だと思って下さい」
















不可視の檻の内側















 明け方近い時間、通信のアラームが鳴ってベッドから這い出る。
 五コール鳴ったところで応答ボタンを押した。

 「何だ、寝てたのかよ」

 わざとらしくため息をつかれて、いいや、とだけ答えた。
 別に眠り込んでいた訳ではない。これからやることがあるのが分かっていたので、それまでの時間潰しに横になっていただけだ。

 「そろそろ時間だな。行くか」

 シャツを着替えたかったが面倒になり、そのまま上に軍服を纏うと適当に身繕う。
 部屋を出て、長い廊下を進み靴底が鳴らす音を最小限に一般棟の出口に向かうと、そこには既に奴が立っていた。こちらを視認するなり、よう、と軽快な調子で右手を軽く上げた。

 「しかし、司令官も何を考えておいでなのかねぇ」

 目的の棟までの道程、ぽつぽつと小声で会話していると、奴がIDカードにつけている悪趣味なストラップを指先でもてあそびながら言った。

 「さあな」

 としか答えようがあるまい。
 俺にだって理解しようがないからだ。

 「さあなって…。普通じゃねえだろ、あんなの」
 「何が」
 「司令官がやってることも、俺らにさせてることも。極秘任務って聞いて、昇進のチャンス!と思って嬉しかったんだけどなー」
 「そのとおりだろ」

 下命されたとき、口が固く軍に対する忠誠心の度合いから俺らを選んだと、司令官は言っていた。ならば、これも軍務のうちだ。それがどんな内容であれ。

 「それはそうなんだけどさ…軍人なら、手柄は戦功で上げたいっていうのが普通だろ」
 「まあ、そう言うな」

 話しているうちにたどり着いた棟の入口で、渡されたカードキーを差し込む。
 これを使うのは何度目だろう。認証と共にエアコンプレッサの、空気圧の抜ける音とともにドアが開いた。

 「何だかんだ言って、それなりに楽しんでるだろ、俺もお前も」

 視線を横に滑らせると、奴はニッと唇を横に引いた。


 「まあな」


















 I-1186は、一般兵は立ち入ることが出来ない特別棟だ。

 多分、俺もこの命令がなければ入ることはなかっただろう。
 セキュリティが非常に堅固な構造になっていて、入口から建物内部までに四層、パスとIDを通さなくてはならない。
 幹部棟でもエグゼクティブフロア並の警備だ。
 それよりも奇異なのは、外部からの侵入に対する防御はわかる。しかし、この棟は内部から外に出るときのセキュリティの方が異常に厳しいのだ。
 網膜認証の他、入るときに使ったIDパスと、数分おきにランダムに変換されるサイファ一パスを解除する為の認識キーを最初に入力しなくてはならない。まず覚えさせられたのが意味を成さない15の文字数の羅列だった。
 要するに、一旦ここに入れば許可された者しか出ることが出来ないのだ。
 最後のゲートを開錠すると、奥に続く廊下を進む。
 脱出不可能な牢獄のようなセキュリティがかかった建物の割に、内装は他の棟と殆ど同様だ。途中、いくつか扉はあるものの、空調は完備されているのにうそ寒く感じるほど他に人気はまったくない。
 ここには人がいないのだ。俺らの他、あと一人を除いては。







 突き当たり、一番奥の部屋。
 ドア横に取り付けられたパネルを操作し、解錠する。
 一連の動作の間、退屈そうに後ろをついてきていた何だかんだで律義なこの男は、当初からの言い付け通り俺がドアを開け、中に入り施錠するまでの間レーザーガンを掌中にしている。が、無論、威嚇に過ぎない。
 しかしそれも、そろそろ必要がないもののように思えて来た。
 再びドアが閉まり、電子音と共に二重ロックがかかる。
 薄暗い室内を、手探りで壁のスイッチを捜し、照明を点けた。
 特段広い訳でもないが、少なくとも俺の部屋よりはスペースのある部屋は、簡素と言う表現がぴったりくるほど必要最低限の物資のほかは殆ど物がない。

 いやでも目につく部屋の中央に据え置かれたベッドの上、ぐちゃぐちゃに乱れたシーツ
を纏わり付かせて丸められている背中が見てとれた。

 眠っているのか、気絶しているのか、それとも意識があるのかはわからなかったが、薄い裸の肩がかすかに上下している。
 ベッド脇まで歩み寄るが、まったく反応がない。
 手袋をしたままの手で血の気の失せた腕を掴むと、


 「………ッ、!!!!」


 こちらが驚くほど肢体をびくつかせて、俯せていた身体が跳ね起きた。
 悲鳴さえうまく声にならなかったのか、喉を引き攣らせながら腕を乱暴に振り払われる。
 拍子に、じゃら、と鎖が擦れる重い音を響かせた。
 ベッドヘッドからシーツの上を蛇のように這う鎖は、ベッド上の裸体の男の首に繋がっている。
 まるで犬猫のような首輪をされているのを初めて見た時、彼に似合っている、とどうかしている感想を抱いた。
 最初とても嫌がって何とかして外そうとしたらしく、首元に赤い筋が無数についていたものだが、それを見咎められて余程酷い目に遭わされたのだろう。以来、首に新しい傷がついていることはなくなった。

 「大丈夫ですか」

 毎回同じ言葉をかけてみるものの、返事がかえってきたためしはない。
 シーツの上で、まだ半ば意識が混濁しているのか、目の焦点が定まらない彼は、いつもこうして明らかに怯えきった反応を見せている。彼が正気でいる時に会ったことなど、数度しかない。
 今日も散々泣かされたらしく、真っ赤に染まった目許に、首や胸元には痛々しい程肌を嬲られた痕が残っていた。ぐしゃぐしゃに皺の入ったシーツや彼の脚には、液体の零れ伝った跡が無数にこびりついている。誰がどう見ても、酷い情事の名残だろう。誰がそうしたか、なんてことは言うまでもない。

 「古泉司令は、今日もいらっしゃったんですね」

 古泉、と口にすると、びく、と肩が揺れる。
 彼にしてみれば耳にするだけで恐怖の対象であってもしかたのないことだとは思うが、それだけではない、怯えた反応の中に、何か違ったものを滲ませているのが不思議だった。
 極秘に、と言い含められた任務の内容は、これだ。
 正体不明の戦艦を総括していた彼、向こうの人間に作戦参謀と呼称されていた彼の身の回りの世話。
 ただ、普通のそれと違っているのは、最後に付け加えられた司令官の台詞だった。




 「傷はつけないで下さい。それ以外は何をしても構いません。
  …少々、躾が必要なようですので」






----------------------------------






update:09/08/28



2へ→