初めてこの状況を目の当たりにした時には、正直ショックを受けた。
 正気の沙汰とは思えない、と。

 最初にこの部屋に足を踏み入れた時も、彼は今日のように乱れたベッドの上で、どう見たって合意の上とは思えない情交の痕をその躯に色濃く残し、涙で濡れたうつろな目を天井に向けていた。
 既に司令は去ったあとで、たったひとり打ち捨てられたように横たわる彼を茫然と見下ろしながら、これがあの、軍内でも取り分け有能で名高い古泉司令の所業なのかと、見てはいけない裏の深淵を垣間見たような気になった。
 同じ男をこんなふうになるまで組み敷いて蹂躙する、そんな後ろ暗い外道な欲望などとても理解できない、とまで思ったが、その考えはすぐに改めざるを得なくなった。
 そういう魔力があるのだ、彼には。
 そうとしか思えない。人を惑わすような、いや、それだけじゃない。


 一度触れるだけで身体の内側を蝕んでいくような、毒があるのだ。
















不可視の檻の内側 2























 「さあ、綺麗にしましょうか」

 怯えさせないよう努めて優しい声をかけながら、手袋を外し上着を脱ぐ。
 バスルームに一緒に連れて入るので、気をつけていてもいくらか服が濡れてしまうからだ。
 もうひとりの男も同じように脱いだ上着をほうり出すと、さっさとバスルームの方へ消えていった。毎回決まった手順を踏むこの辺りは、既に阿吽の呼吸と言っていい。

 「……っいやだ、触るな…!!」

 引き絞るような声で唸りながら、シーツを蹴り逃れようとする。
 司令相手ではどうなのか知らないが、こうして俺らと相対するときはまだまだ従順には程遠い。彼が少なくとも、この部屋の中では人権も尊厳も持たない愛玩物だと仮定するなら、躾が足らないというのは正しいだろう。
 シーツの上の首輪に繋がる鎖を手に取ると、乱暴に引き寄せる。

 「あ!!」

 じゃら、と耳障りな金属音とともに首輪を引っ張られる形になって、彼はシーツの上に引きずり倒されるように突っ伏した。

 「あまり手間をかけさせないでください、と、何度お願いしたら
  わかっていただけますか」
 「………っ、…」

 こちらも仕事ですので、と付け加えると、彼は悔しそうに黙り込み唇を噛んで俯いた。
 投げ出された白い脚の間を、新たな粘液が筋を描いて垂れおちていくのが目に入る。
 身体を動かした弾みでまた中から溢れてきたのだろう。取り替えるとはいえ、これ以上シーツを駄目にしては後が面倒だ。
 彼の首に手を廻すと、鍵を差し込み首輪を外す。風呂に入れるのには邪魔だし、錆が浮いてはいけないからだ。
 細い腕を掴んで無理やり立ち上がらせると、バスルームの方へと導いた。
 肢体にまとわりついていたシーツがなくなると、その身体の華奢さと蹂躙の痕がまざまざと浮かびあがる。
 もとから細い体つきであったものが、ここ最近でさらに削げてしまったような気がする。昼夜を問わず慰み者にされていれば、当然といえば当然か。
 引きずるようにしてバスルーム内へ連れ込むと、いつもどおり用意をして待っていた奴が遅い、と文句を垂れた。
 もう何度もこうされているというのに、男二人に囲まれることが未だに恐ろしいのか、彼は真っ青な顔で所在なげに背中を丸めている。

 「ほら、汚れたままじゃ気持ちが悪いでしょう。
  洗ってあげますから」

 腕を掴むと、ひっ、と喉を鳴らして彼は首を振った。
 まったく、往生際の悪いことだ。

 「い、……やだ…、じ、自分で、するから…!」

 いい加減苛々してきて、掴んだ腕を捻り上げ乱暴にバスルームの床に引き倒す。
 痛みに声を上げる彼に構わず、背後から抱きしめるようにして上半身を固定した。

 「足、ひらいてください」
 「……!!、…」

 耳元で囁くと、彼はびくんと身体を固くした。
 う、と鳴咽のような音がその口から零れる。恥ずかしいのか怖いのかわからないが、本当に慣れない人だ。せめて自分からそうしていれば、無理やりされるような目には合わずに済むものを。
 いっこうに動されない膝を、もう一人の男が掴んだ。
 完全な泣き声を上げて拒否する彼に構わず、奴が作業しやすいよう暴れる上半身を押さえ込んだ。

 「う、ぁあ…ッ、や、やだ、やめ……やぁあ…!!!」

 ぐっと膝を押し上げ、そこをさらけ出させると、彼は哀れな声を上げて泣いた。
 まだ泣く体力が残っているのなら大丈夫だろう。

 「わ、…今日も可哀相なことになってるな。すごい腫れてる」

 一人ごちるようなやつの感想に、彼のしゃくり上げる声が大きくなる。
 ここからだと見えないのが残念だ。

 「う…っ、ぅ、あ……、っひ、……」
 「心配しなくてもすぐにナカ、綺麗にしてあげますから、
  作戦参謀殿」

 わざと呼称をつけて呼ぶ。ここでは彼には肩書きどころか名前すら必要ないもののように思えたが、作戦参謀、と呼んでやると、それが嬉しいのか悲しいのかわからないような複雑な表情を浮かべる。その顔が好きだった。

 「ん゛…、…!!、ぁ、あぅ…、…」

 奴が湯の噴き出るシャワーを片手に、そこに指を侵入させる。
 それだけでも散々虐められた敏感な内側には刺激になるのか、鼻から抜けるような声をもらして、彼の上体がぴくんと小さくのけ反った。

 まずは、散々粘液の溜まった内部の掃除からだ。

 「ふ、……ぁ、あっ…!いやだ、や……あ゛!」

 くぷくぷと、濡れた肉の擦れる卑猥な音がバスルームに反響する。
 中に埋めた指で、壁をひっかくようにして粘液を掻き出しているんだろう。指を動かされるたびそれが堪らないのか、彼は必死に首を振って感覚を散らそうとしている。

 「すごい、どろどろ、だな。まだ奥から溢れてくる」

 茶化すように笑いながら奴が実況する。
 びくびくと足を跳ねさせて荒く呼吸している彼の耳元にくちびるを寄せた。

 「今日は古泉司令に、何度中に射精してもらったんですか?」

 聞きたくない、というように首を振ろうとする彼のおとがいを掴み固定すると、その柔らかな耳朶に舌を這わせた。

 「答えて下さい」

 ところどころ花びらが散ったように鬱血した胸を忙しなく上下させながら、彼は小さな、本当に小さな声で、わからない、と呟いた。
 とぼけているのではなく、本当なのだろう。





 「では質問を変えましょうか。…今日は司令にどんなことをされて、
  あなたは何回気をやったんですか?」






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update:09/08/29



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