今日も古泉は頗る機嫌が悪い。
 奴に言わせればその原因と責任はすべて俺にあるらしい。
 俺からしてみればまさに濡れ衣、言い掛かり、青天の霹靂としか言いようがないのだが、毎回まったく予想のつかないタイミングで奴の不機嫌のスイッチがオンになる為、まるで対策の講じようがない。何が悪いのかすら俺にはさっぱりわからないわけだから。
 今日だって、ことの発端は教室で俺と谷口が、古泉の言葉を引用するなら「不必要なまでに接近甚だしく、あまつさえ身体に触れさせていた」という、それだけの理由だ。全く意味がわからない。実際はただ話の流れで肩を組まれていた程度なのだから、誰の目にも級友同士の悪ふざけとしか見えない光景だろう。それが奴のフィルターにかかると恋人の浮気現場に等しいものに曲解されるらしい。それこそ深読み甚だしい、だ。
 それを筋道だてて説明したところで理解されない、というか最初から理解する気がないんだから、奴にとって俺はそんなに信用が置けない存在なのかと悲しくなるね。
 要するに古泉はそのスイッチが入ったら最後、とことん自分の好きにしないと気が済まないわけだ。今みたいに。



















不機嫌の所在と責任




















 遮光カーテンの隙間から斜陽がこぼれ、それなりに明るい室内で俺はといえば部屋の隅の古泉のベッドに寝そべって天井を見ている。
 その仰臥した状態の俺の腰付近に、古泉が馬乗りになる体勢で圧し掛かっている。
 もう泣きたい。正直泣き出したい。

 「まだ何もしてないじゃないですか」

 このうえなく愉しそうな奴の鉄壁スマイルに本気で背筋が寒くなる。
 パブロフの犬って知ってるだろ。あれと同じだ。こいつがこの笑顔の時はまず例外なく俺が酷い目に遭う。そう俺の脳にはしっかり刷り込まれているわけだ。
 今回もろくなことにならないだろうことは全力で断言できる。

 「何だかんだで貴方、こういう風にされるのがお好きなのでは?僕が何度こうして実力行使に出たところで全く理解してくださらないんですから」
 「ばか言え…、…っ」

 人の言うことをまるで理解しないのはお前じゃないか、と言葉にする前に息を飲んだ。 大きな掌がシャツを捲って腹部に触れたからだ。末端が冷えやすいらしい古泉の手はいつも俺よりいくらか体温が低い。ので、冷たさに驚いただけであって他意はない。
 くす、と喉で哂いながら、古泉が両手でシャツのボタンを下から外し始める。ひとつ、ふたつと殊更ゆっくりと。
 第二ボタンまで外し終えると、大きく袷を開かれ胸から腹部にかけてが全部晒される形になる。ちなみに襟元のボタンとノットをきっちり引き上げたネクタイはそのままだ。
 普段留めたことのない一番上のボタンとネクタイを今日に限ってはしっかり正しく締めているのは、むろん理由がある。古泉絡みの。

 「そんなに痕を見られたくないんですか?」
 「……当然だろ」

 忌々しいことに俺のうなじから首筋にかけては、一昨日、つまりは土曜の夜に泊まりに来たこの部屋の、まさしくこのベッドで奴に嬲られながら強く噛まれた時の歯形がくっきりはっきり残っている。やめろ痛いと訴えたのに奴は俺が泣くまで噛むのをやめなかった。むしろ泣いてもやめなかった。しかもそれだけじゃなく、しつこく吸われたせいで俺の首は誰かに見られれば一発で何があったか露見するような、いや、それどころかどんなアブノーマルプレイの結果なのかと突っ込むことも憚られるような有様になっているわけだ。
 そんなの文字通り襟を正して隠すしかないだろう。
 しかし普段だらし無く制服を着ているだけに、急にそんな古泉よろしく優等生然とした出で立ちで登校して来ればそれはそれで突っ込みの的になることは火を見るより明らかである。
 案の定谷口にどうした何があったと突っつかれからかわれていたところを、最悪のタイミングで教室までやって来た古泉が目撃した。俺に何か責められるような謂れがあるだろうか。あったら是非指摘してほしい。

 「僕はいっそ見られてしまって構いませんがね。そうすれば下手に貴方に近寄る輩はいなくなるでしょうから」
 「俺がいやだ」

 こんな若い身空でホモでマゾヒストなんてレッテル貼られたら切腹するしかない。
 薄く微笑んだままの古泉の掌が、下腹から鳩尾、胸元へと撫であげる。こういうエロくさい触り方はどこで訓練してくるんだ。
 ぞくぞくと背筋が痺れるのは、あながち冷たさからだけでもないのが不本意極まりない。

 「ん、」

 する、と胸についた小さな突起、に指先が触れた。
 思わずぴくんと肩を竦めると、また古泉が嬉しそうに笑った。


 「そうですね……今日はこちらだけにしてみましょうか」



 誠に残念なことに、その台詞の真意を理解するまでに時間はかからなかった。












 「ふ、っ、……う、…んん、」

 つるりと滑る指の腹で乳輪をなぞられ、鼻から抜ける甘えた子犬みたいな声が漏れる。
 痛いほどに張り詰めた其処は、男の身としては嘆かわしいばかりだがここのところ随分と鋭敏に育ってしまった。男の胸の何が愉しいのかは理解に苦しむが、こうやって暇さえあれば弄くり倒す奴がいる所為だろう。すべては古泉が原因と責任の所在だ。俺は悪くない。

 「腕、動かしては駄目ですよ」

 勧告しながら顔を伏せ、その撫でた軌跡をたどるように赤い舌が薄い皮膚に触れる。ぬるついて温かなそれに擦られると、じいん、と堪らない疼きが腰骨に響く。
 その切なくなるような、むず痒いような感覚に、頭を乗せた枕の下に差し入れた両手に力を込めてやり過ごす。無論この体勢を強制しているのは古泉だ。これでは両手を塞がれているのと同じで抵抗出来ない。

 「うう…っ、…」

 俺の身体に跨がって覆い被さった状態で、飽きもせずに乳首に舌を這わせてくる。
 さらさらと柔らかい髪が触れ、胸元を擽って落ち着かない。それだけじゃなくて、交互に吸われ舐られ、空いた片方は指でこねられ玩ばれる。
 薄い皮膚一枚下を敏感な神経が通っているような其処は、性器に触れられた時みたいな分かりやすい単純な快楽でなく、じわじわと身体の内側を蝕むような奇妙な感覚を齎す。痺れにも似たそれは弄られるうちに痛みが混じり、ないまぜになって次第に快感に酷似したものに形を変えていく。

 「ひっ…、や…!!」

 ぷくりと張り詰めた乳頭に唐突に歯を立てられ、反射的に背筋が反り返った。
 同時に思わず枕の下から両手を出して古泉の頭を押さえ込んでしまう。

 「ああ…駄目だと言ったでしょう」

 まるで俺がゲームのルールを破りでもしたかのような口調で咎められ、また元通り手の位置を戻すよう促される。
 そうですね今度手を動かしたら目隠しもプラスさせていただきましょうか、と末恐ろしいことを嬉しげに囁かれ、たまらず俺は枕の下でしっかりと両手を握り合わせた。こいつならやるといったらマジでやる。この上視界を塞がれては圧倒的不利もいいとこだ。

 「ふ…、…」

 すぐに愛撫が再開され、ぴちゃ、とわざと音を立てて突起を舐められる。
 すでにそこは度重なる刺激に真っ赤に充血して、擦られれば神経を直接触られているみたいに過敏になっている。寧ろ過敏になりすぎて痛い。

 「な…なあ、もういいだろ……そこ、もう痛いからいやだ」

 わずかに身体をにじらせる。このくらいの抵抗など可愛いもんだ。
 これ以上は耐えられない、と上擦る声で懇願してみたものの、返ってきたのはこのうえない爽やかな微笑と、それの真逆を行く外道な台詞だった。



 「駄目ですよ。今日はここだけでイってみましょうかと申し上げたじゃないですか」





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update:09/10/08



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