ATTENTION!
若干会長×キョンな描写がありますが古キョンなので気にしないでください。
気になっちゃう方はお気をつけください。





大丈夫な方はどうぞ!
















 何でこんなことになったんだ。


 ここ数カ月ですっかり通い慣れた、古泉のマンションまでの往路を引きずられるようにして進みながら、俺は茫然と鈍った思考を巡らせていた。

 学校を出てからずっと古泉に掴まれている腕が痛い。ブレザー越しに力を込められた指が皮膚に食い込んでいて、多分くっきりと痕がついていると思う。
 それでも、それに抗議しようとも思えないほどに、痛み以上に俺は得体の知れない恐怖に駆られていた。
 腕を引かれるままの背後の俺に一瞥もくれることなく、古泉は早足で歩き続けている。
 角を曲がればすぐ、古泉のマンションだ。無言の背中が、凍り付くような圧力をはらんでいる。手を振り払うことも、声を出すことすら出来ない。



 古泉は怒っている。
 たぶん、今までにないほど、本気で。














ルール オン ジェラシー























 事の発端は、一枚のプリントだった。


 放課後、例によって文芸部室へ茶を飲みに顔を出すと、今日に限って部室には珍しく誰もいなかった。
 まだ来ていないのかと思ったが、ハルヒのものと思しき荷物が団長席の脇に置きっぱなしになっている。ハンガーラックにはメイド服の代わりに制服が、窓辺の椅子には分厚いハードカバーが置いてあるので、大方良からぬことを企てた団長様は、長門や朝比奈さんを無理やり拉致していったのだろう、とアタリをつけてパイプ椅子に腰掛けようとすると、長机の上に見慣れないプリントが放置されているのに気がついた。
 A4サイズの何の変哲もない藁半紙には、『月別部活動実施状況におけるアンケート』という見出しと、今日の日付が刻印された提出期限が見てとれる。

 こんなものが、ご丁寧に俺の定位置に置かれている理由なぞ、
 火を見るより明らかである。

 こんな面倒は雑用係の業務の一環だとしれっと言い放つハルヒが苦もなく想像できる。
 一応文芸部名義になっているそれは長門宛に来ていたのだろう。アンケート内容は誰の筆致か一目でわかる、定規で測ったような明朝体できっちり記入されていた。
 ようするに、あとは提出してこいということか。



 こういう場合、無視する方が後々厄介なことになるという教訓が身に染みている俺は、大きく息を吐くと紙切れを掴み黙って部室を出た。
















 提出先は生徒会だ。

 こんな面倒極まりないデータ収集なんて、いかにも賢い頭でっかちな連中がやりそうなことではある。収集したところでいったい何の役に立つのかは、俺の容量の物足りない頭ではちっとも思いつかない。
 何となく、あの生徒会室に近寄るのは気が進まなかったが、まあプリント一枚提出するだけだし用件自体は一分もかからないだろう。
 出来れば誰か他のメンバーが応対してくれることを祈りつつ扉をノックすると、


 「入りたまえ」


 無駄に荘厳な声が中から聞こえた。


 「………………」

 眉をしかめつつドアを開けると、案の定声の主は不良会長だった。
 俺はこいつが苦手だ。

 別に俺より身長があることへの嫉みなどという理由ではない。
 どこがどう苦手なのかはうまく説明はできないが、何と言うか、本能的に近寄ってはいけない人物のような気がしてならないのだ。機関の回し者という点も大きいのかもしれないが。
 何にせよ、相当胡散臭い人間であることに変わりはない。

 「何の用だ」

 机の脇に立ったまま公務に励んでいる不良会長は、扉を開けた俺を視認するなり、何だお前か、とでも言いたそうなあからさまにつまらない表情を一瞬向けたあと、すぐに手にしている書類に視線を戻した。

 「うち宛に来てたらしいアンケート、持ってきたんですが。
  部長代理で」

 手にぶら下げていた当該のプリントを指し示すと、
 会長は小ばかにしたように鼻で笑い、

 「ああ、今日が提出期限のあれか。さすが、弱小部は悠長なものだな。
  文芸部が一番最後だ」

 いちいちムカッ腹のたつ言い方をしてくる。
 やっぱりどうにもいけ好かん。

 ちらりと周囲を見回すと、他のメンバーは不在のようで室内は閑散としていた。
 良くないタイミングに出くわしたらしい。全くついてない。
 さっさと渡すもの渡して帰るのが得策だ。
 目に入った手近な長机に置いて速やかに部室へ戻ろうと足を踏み入れると、二歩も進まないうちに「ドアを閉めろ」と声だけが飛んでくる。

 「……………」

 すぐに出ていくんだから開けたままだろうと構わないだろうに。
 訝しみつつも後ろ手にドアを閉める。
 完全に閉まったのを確認すると、会長は大きく息を吐いてごそごそと懐を探った。

 また煙草か。

 口をへの字に曲げつつ側にあった机の上にプリントを伏せようとすると、会長がくしゃくしゃになったパッケージから煙草を取り出しつつ、こっちに寄越せと催促するように左手を差し出した。
 ドアから三メートル程の距離を詰め寄りプリントを渡す。
 会長は片手でライターを操りながらそれを一瞥し、机の上に伏せた。
 慣れた手つきでライターをポケットに仕舞うと、指先で煙草の筒を支えつつ、ふう、と煙を吐き出す。渋みのある匂いが鼻腔をかすめた。
 制服についたらどうしてくれるんだ。
 そう考えていたことが伝播したわけではないだろうが、除に会長の目が俺を向く。
 紫煙を燻らせながら、文字通り俺の足先から頭のてっぺんまでを品定めするような視線が通過する。何だ。気色悪い。


 「何ですか」
 「お前、古泉と付き合ってるんだろ」


 …………は?


 唐突な、予想もしていなかった会長の言葉に、俺は完全に固まった。

 何だ?何言い出すんだこの不良会長は。
 背中をひやりとしたものが伝う。
 いくら機関の関係者だからって、まさか古泉が機関本体にさえ黙っている俺と自分の関係を、会長に暴露しているとは考えにくい。そこまで仲良しな間柄にも見えなかったからだ。じゃあなんで?何でそんなこと知ってるんだこいつは。

 心中だらだらと冷汗をかきつつ唖然として、たばこをふかす会長の顔を眺めていると、得たりとばかりに眼鏡のレンズの向こうで切れ長の双眸がにやりと笑んだ。

 「やっぱりな」
 「……!!」

 その台詞で、漸く担がれたのだと覚る。
 こいつ、カマかけやがったのか!

 迂闊にも動揺してしまった自分がかなり悔しい。

 「古泉の奴、いつもニコニコスカしてやがる癖にお前のことになると目の色変わるからな。そんなこったろうとは思ってたが、まさかマジだったとは」

 机に凭れつつくっくっと低く喉を鳴らしながら、会長が目の端で俺を見る。
 からみつくような、鋭い視線が居心地悪い。
 いくらか及び腰になりつつ精一杯に眉をしかめ睨みつけていると、突然伸びてきた会長の掌が俺の腕を掴んだ。避ける暇もない。

 「しかし、こんな貧弱な、しかも野郎の身体の何が楽しいのかね」

 ぐいっと引き寄せられ、もう片手が無造作なやり方で脇腹にふれる。
 体付きを確認するような手つきで胸元まで撫で上げられ、ブレザーの上からとはいえ、そんなふうに他人に触られることに怖気が走った。

 「やめて下さい」

 腕を振り払おうと思いきり力を込めたが、会長の手はびくともしない。
 とてもじゃないが体育会系とも思えない風体なのに、一体どこにそんな力があるんだ。
 些か驚きを込めて会長を見上げると、俺より八センチ高い古泉より幾分か視線が上がり気味になるのが非常に不愉快だった。長身の会長とここまで距離をつめると、まるで覆いかぶさるような威圧感がある。

 「…っ離して下さい。何なんですか、一体」

 僅かに語調がふるえたのは気付かれなかっただろうか。

 「……ふぅん」

 成程な、と独り言ちつつ会長がまた唇を吊り上げる。訳がわからない。
 何だか段々ハラが立ってきた。何に得心が入ったのかは知らないが、納得したならさっさと腕を離せ。俺は一秒でも早くここから火急的速やかに立ち去りたい。
 さっきから嫌な予感が背中を襲って仕方なかった。暗雲立ち込めるっていうんだろうか。
 なんていうか、空気的に。

 「まあ、奴の気持ちが分からんでもないが。
  …虐め甲斐がありそうだからな、お前」

 「は…?」

 会長の言葉の意味を理解する前に、俺の視線は九十度近く回って天井に向いていた。
 背中の固い感触が机で、その机に会長の腕が俺を押し付けている事態を理解するまでにはさらなる時間を要した。



 予想もしていなかった展開だったからだ。
 よもや、古泉以外の男に押し倒されることがあろうとは。






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なぜかセクハラ会長のターンが続くよ!


update:08/1/27



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