メランコリック・ブルー 13





 「抵抗しないで下さい」



 そう言われてハイそうですか、と従える奴がいるか?
 ましてこれまで相手に散々手酷い目に遭わされていて、且つこれから何をされるのか察しがついているなら尚更だ。
 冗談じゃない!
 身体を捻って起き上がろうとするより早く、恐ろしい手際の良さで両手を押さえつけられ、頭上でひとまとめにして片手でホールドされる。抗議する隙すらない。
 身じろぐたびに、容赦なく古泉の体重が手首にかかって骨が軋んだ。

 「……っ!」

 何で古泉の腕一本に両手で敵わないのか。理不尽だ。

 古泉が至近距離で悠然と微笑む。
 まるで部室の再現だ。激しくいやな既視感を感じる。
 今度は古泉の自宅な分状況は尚悪い。

 やっぱり団長命令なんざ何としても拒否するんだったんだ。
 来るべきじゃなかった。出来るものなら一時間前の自分に、己の短慮と迂闊さが招く事態についてとくと諭して聞かせたい。後悔先に立たずと言えども、激しく悔やまずにはいられまい。腐っても鯛、弱ってようが古泉だ。
 こいつのこれまでの所業に鑑みれば、ともすればこうなるかもしれないことは直ぐに思い至ることなのに。

 「離せ。降りろ。病人の癖に何考えてるんだ」
 「あなたの事を」

 さらっと歯の浮くような言葉を、恥ずかしげもなく吐きやがる。
 女子が聞いたらそれこそ一撃で卒倒しそうだが、男相手によく言えるなそんな台詞。
 まかり間違って俺がそんな台詞を吐こうもんなら、多分一週間は自己嫌悪で浮上できない自信があるぞ。

 「お前の妄言に付き合うのはもう沢山だ」

 振り回される方の身にもなってみろ。
 文字通り心身ともに疲弊しきっている俺の立場も少しは労ってほしい。
 俺の訴えなど全く耳に届いていないような風情で、古泉が空いている片手をふれさせてくる。
 手のひらが包むように頬に当てられたかと思うと、そのまま下にゆっくりとすべり落ちていき、首筋から喉許を撫で、鎖骨の窪みを通り過ぎて左胸のあたりで止まった。
 シャツの上からでもはっきりと感じる、通常よりも高い体温が妙に生々しい。
 熱がある癖に人を押し倒す元気があるとはな。

 「あなたからわざわざおいで頂いたのに、そのまま帰してしまう手はないでしょう」

 くす、と喉の奥で笑う。
 飛んで火にいるなんとやらとでも言いたそうな顔だ。
 善意から見舞いに来てくれた相手を、これ幸いと手籠めようという考えの方が有り得ないと思うが。というか、耳元で吐息を過剰に含んだ発声をするのはやめてくれないか。いやらしい。

 「しかし妄言とは手厳しいですね。僕はいつもそれなりに正気のつもりですが」
 「正気の行動だと思ってるならいよいよヤバイと思うぞ」

 諭すように言うと、片眉をわずかに上げて小首を傾がせる。美形は何をやっても様になるが、そんなリアクションしても可愛くも何ともない。胡散臭さが増すだけだ。
 お前の思考回路が正常だというなら、この数日間お前を数々の暴挙に走らせた論拠を示してほしいもんだな。
 今更お前の口から本音が吐き出されるとも思えないが。

 「僕の本音を知りたいんですか」

 耳に直接、低く囁かれる。
 ぞくっとするような刺激に反射的に首を竦めてしまう自分が嫌だ。

 「知ったらどうします?それがどんな内容でも受け入れてくれますか、あなたは」
 「なにを…」

 言ってるんだ、と声にする前に、古泉の顔が距離をおくように僅かに離れ、

 「例え心が伴っていなくても構わない。あなたを抱きたい。どんなにあなたが嫌がっても、僕を嫌っていても、卑怯な手段で脅してでも、あなたを手に入れたい。こんな真似をする理由なんてひとつしかないでしょう。…つまり




  あなたが、好きなんです。どうしようもなく」



 
 時間が止まった。


 いや、止まったのは俺だけなのかも知れない。
 茫然というのは今こういう状態のことを云うんだ。
 想像だにしなかった古泉の自白に、俺は思わず抵抗を忘れて覆いかぶさったままの古泉を見上げた。何でそんな真剣な目で俺を見てるんだ。
 他の思考が完全に停止して、古泉の台詞だけが頭の中で反芻される。

 馬鹿な。
 人をからかうのもいい加減にしろ。

 そう切り返そうと思ったが、喉が発声する機能を削除したみたいに声が出てこなかった。古泉の熱を孕んだ双眸にじっと見つめられ、居心地の悪さだけが募っていく。目を逸らそうにもそらせない。

 暫く、とはいえそんなに長くはない時間睨み合っていると、古泉がスイッチを切り替えるような唐突さで、ふわりと顔面に微笑を戻した。


 「冗談です」


 胸の奥のあたりが、ずきりとした。
 たとえるなら直接心臓を柔らかい紐か何かでぎゅっと引き絞られるような、そんな痛みだ。
 何で古泉のニヤケ顔を見てそんな痛みを感じるのか、分かるわけもない。
 分かるのは、いつものように冗談ですと笑う古泉に半分の安堵と、後の半分は落胆に似た気持ちが己の心を占有しているという事実だ。訳がわからない。

 「……ッ、はなせ、古泉」

 やっと抵抗することを思い出して、再び握られた手を振りほどきにかかる。
 思いきり力を込めても圧しつけている古泉の腕はびくともしなくて、そうして格闘しているうちに何だか目の奥が染みるように痛んだ。涙が出てくる前触れみたいにジンジンする。
 なんで。
 これじゃまるで俺が傷ついてるみたいじゃないか。

 涙腺から本格的に液体が分泌される前に何とか古泉の視線の届かないところへ行きたくて、渾身の力で身体を捩る。

 「!、…ッ」

 不意によじるように動かした膝が脇腹に当たって、古泉が眉を潜めて呻いた。
 ほんの少しだけ、俺の両手を拘束する力が緩む。
 その不自然さに、俺は訝しむような視線を投げた。当たったと言っても強かに蹴ったわけじゃない。そんなに傷むはずはないんだが。

 「……お前、ほんとうに唯の風邪なのか?」

 俺が言い終わらないうちに古泉の身体が深く重なってきて、上半身に体温と更なる重みが加わる。いよいよ逃げる手立てがなくなってきた。
 顔を見られたくなくて反射的に背けると、耳裏にぬるりと舌が這わされる。そのまま耳朶を噛まれ、歯のあたった部分からじくりと疼痛が走る。
 顔を僅かに上げた古泉が、さもくだらない質問だと云いたげに吐息だけで笑った。


 「…そんなこと、どうだって構わないでしょう」















 「ぅく…っ、…」



 強く肩口に吸いつかれて、声が漏れた。

 掴まれていた両腕は外されたネクタイで縛り上げられ、自由が利かないままだ。というか、ネクタイはそういう用途に使うものじゃない。
 逆に拘束する手間の省けた古泉は、両手で好き勝手に身体をまさぐってくる。
 散々嫌だと喚いたりなけなしの抵抗を試みたりもしたが、結局は徒労だ。無駄だとわかっていても、古泉の指が普段誰にも触られないような部分を侵すたびに制止の声を上げそうになるのは仕方がない。打つ手がどん詰まりだからとすんなり諦めて唯々諾々とされるがままになれるほど、こんな状況に慣れたわけでもない。
 わざと緩慢な手つきで、古泉がカッターシャツのボタンを外していく。
 すべて外し終えると袷を左右に開かれ、撫でるように裸の胸許をさぐられる。

 「ふ、っ……」

 行きついた突起を摘まれ、びく、と肩が跳ねた。
 別に気持ち良くて声を上げたわけでもなかったが、古泉はその俺の反応に満足気に吐息をつくと、執拗にそこばかりを弄ってくる。

 「尖ってきてますね」

 お前が触るからだろ。
 揶揄するような口調で囁かれ、俺が悪いわけでもないのになんだかいたたまれない気分になる。単なる外部からの刺激に対する肉体反応であって、古泉の愛撫に感じたわけではない。女の子でもないのにそう簡単に胸で感じてたまるか。
 ぬるりと舌を這わされた後、吸いつくように口内に含まれる。
 そうされて舐られると、何だか熱くて変な感じだ。

 「…ぅ、……」

 空いた片方は指先で爪弾かれたり、圧しつぶしたりして玩ばれる。
 しつこいほど触られていると、何でもなかったはずの感覚がだんだん形を変えてきた。むず痒さからじりじりと中から疼くような、痛みと紙一重の感覚。

 「!ぅあッ…、っ痛…」

 唐突に立ち上がったそこに歯を立てられ、思わず背筋がのけ反った。

 「い、やだ…、もう」

 身体を反転させるようにして愛撫から逃れようと身をよじると、古泉は笑ってそれ以上追ってこなかった。うつ伏せになると、カーペットに胸がこすれ、そこが痛いほどに張り詰めているのがわかって逆に恥ずかしい。
 代わりに背中のシャツをうなじまで捲くり上げられと、背骨の窪みを撫でるように舌をはわされる。肩甲骨のあたりにきつく唇を落とされ、痕をつけられたのがわかった。

 緩められたベルトの隙間から、古泉の手が入り込んでくる。

 「!!…、」

 背中のラインから、狭間をつたうようにして指が撫でていく。
 ぐ、と其処を押され、反射的に息を飲んだ。
 おかしくなりそうなほど頭の中をぐちゃぐちゃにされる苦痛と快楽を思い出して、勝手に身体がふるえる。

 「もっと楽にしてください」

 無理言うな。
 これからどんな苦痛が襲ってくるか知っているのに脱力できる訳がない。
 一向に肢体を緊張させたままの俺に焦れたのか、古泉が息をついて俺の上から退いた。
 もしかして諦めたか?
 などと楽観するのは愚か者の考えだ。その愚か者とはもちろん俺のことだが。

 古泉はラックの横のサイドボードの引き出しを探ると、そこから手のひらに収まるサイズの透明なボトルを取り出した。

 「なんだ…それ」

 聞きたいが聞きたくない。
 程度の差異こそあれ、どうせろくでもないものに決まっている。
 キャップを片手で器用に開けながら、もう片手で匍匐前進の体勢で逃げを打ちつつあった俺の腰を引き戻し古泉が笑顔を浮かべた。

 「大丈夫。滑りをよくするだけですから…
  痛いのは、お嫌いなんでしょう?」

 答えになってないし何が大丈夫なのかちっともわからない。
 痛いのが嫌だとか分かってるんなら今すぐ解放してくれこんなの!

 「うッ…、つ、めた…っぃ」

 下着ごと制服のズボンを引きずり下ろされ膝をつく体勢をとらされると、尾てい骨のあたりに液体が垂らされた。粘度をもったそれを尻の狭間に塗りたくられる。

 「…あ、……っく、ぁ」

 ゆっくりと、ぬめりを纏わせた指が入り口の襞を圧しひらき、這入ってくる。
 深く突っ込まれ注挿を繰り返されても、ぬるぬるとした感触に助けられてか痛みはまるでなかった。それはそれで不自然なような気がして嫌だ。
 こんなことをされて、痛くないなんて。

 「や、あ…、……ッふ、ぁ、」

 ぐちゅぐちゅと粘膜をこする音が響く。
 いつの間にか指が増やされて、潤滑剤を使われているとはいえそれにさほどの衝撃も受けなかった自分に愕然とした。何日か前、初めて指を入れられた時はあんなに苦しかったのに。
 入り口を拡げるように指を引っ掛けられ、鼻にかかった嬌声が漏れた。
 感じてますと自己申告するのと同義に近い喘ぎに、古泉がおかしそうに喉を鳴らした。屈辱だ。屈辱以外の何物でもないぞこれは。
 今目の前に9mm口径があったら、躊躇なくこめかみに押し当てて発砲できるかも知れない。

 「ふぁッ、!…っ、…」

 ずるりと散々に中をなぶりつくした指が抜け出て、失った圧迫感に腰がふるえる。
 指が抜かれたということは、もしかしなくても次にはアレがいれられるんだろうな、と予想がつくあたりがもはや鬱の領域だ。
 絶望にも似た思いでちらりと後ろを振り返ると、ボトルの残りを掌に垂らして自分のモノに纏わせている古泉と目があった。最悪だ。生々し過ぎる。
 というかあんなもんを他人の排泄器官に入れてみようという発想が既に鬼畜生だ。

 「ひ、…」
 「入れますよ」

 予告と行動が同時じゃ意味ないだろ、と毒づく余裕もなく、
 古泉が押し入ってくる。

 「ぁぐ…っ、ぅ、や…!!、っくる、し…」

 容赦も手加減もなしに揺さぶられ、それ以上はないというくらい奥まで古泉が占有する。 内部をいっぱいにされて苦しいばかりだが、それでも身体が裂けそうな激痛が来なかっただけましと思うしかない。

 「ぅあッ、…あ、あ、ぁ、…、っ」

 奥を何度も押し上げられ、訳もわからず勝手に声が出る。
 ひどい恰好だ。四つん這いで、手は縛られたままだから上半身の体重を支えることもできなくて、腰だけを掲げた状態。情けない上羞恥でどうにかなりそうだ。

 シャツの裾をかい潜って、古泉の手が胸元にまわされる。

 「ふぁッ、…ッいゃ、だって、そこ…」
 「いい、の間違いでしょう」

 こんなに尖らせて、と意地悪く囁かれ、嫌々をするようにかぶりをふる。
 潤滑剤でぬめったままの指でぐりぐりとこねられ、俺は完全な泣き声を上げて床に突っ伏した。

 もうどうにかなりそうだ。

 腰を短いストロークで動かされながら尚も執拗に乳首を弄られ、目の前がチカチカと明滅する。神経を焼き切りそうな悦楽の波に、やばい、とか駄目、みたいなことを口走ると、痛いほどに張り詰めた勃起に古泉の指がかかった。

 「やぁッ、あ、あ!!!」

 数度扱かれ、それが決定打になって俺は全身をびくびくと波立たせて精液を吐き出した。

 ぐっと奥まで突っ込まれたかと思うと、生温い粘液が広がる感触が来て、ああ中に出されたのかと立ち行かない頭で考える。のしかかられ密着しても古泉を熱いと感じなくなったのは、古泉の体温が馴染んだのか、それとも俺の身体が熱をもっているからだろうか。
 耳元で、古泉が小さく鳴咽に似た呻きを漏らす。

 もはや、目も開けていられない。





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update:07/11/7



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