メランコリック・ブルー 4





 「何泣いてるんですか」

 阿呆か誰が泣くかと言いかけて、目の淵からぽたりと水が粒状になって零れたことで否定できなくなった。

 この歳で人前で泣くなんて。

 まるで俺がイジメられてるみたいじゃないか。
 いや、実際それに近いわけだが。
 古泉の指が伸びてきて、濡れた頬の轍をぬぐうようになぞってくる。嫌がるように顔を背けるとそれ以上は追ってこなかった。
 畜生。なんで俺がこんな惨めな目に合わなきゃならないんだ。
 唇を引き結んで横を向いていると、どこか楽しげな古泉の声が降ってきた。

 「泣くのはまだ早いですよ。存分に啼いて頂くのはこれからですから」

 言い様に乱暴にズボンが引き下ろされる。
 抵抗したくても射精直後の四肢はまだ余韻を引きずっていて言うことをきかない。あっという間に片足を引き抜かれ、完全に下肢をあらわにされる。
 あまりの恰好に眩暈がした。
 神聖な学び舎で。男の前で下半身丸出しにしてるなんて、万一誰かに見られでもすれば明日から俺は晴れて変態の仲間入りをすること請け合いだ。上はネクタイが緩められただけでシャツもブレザーも身につけているから尚悪い。古泉にいたってはきっちり制服を整えたまま、ボタンのひとつすら外していないが。
 いたたまれず膝を擦り合わせるようにして閉じると、掌が無理やり割り開こうとしてくる。そう簡単に言いなりになってたまるか。不意をついて脇腹を蹴り上げてやろうとしたが、まったく威力を持たない蹴脚は易々と受け止められて無駄な努力に終わる。
 思い切り睨みつけても涙目では効果がないのか、はたまた俺の意思など毛ほどにも尊重する気持ちがないのか、古泉は眉ひとつ動かさず微笑むばかりだ。

 「活きがいいですね。まあこのくらいの方が黙らせ甲斐がありますが」

 捕まった足が、そのまま折り曲げ持ち上げられる。

 「う、おい…っ!!」

 古泉の指が際どい箇所に触れた。
 ぬる、とすべるような感触がしたのは古泉の指が濡れていたからだけではない。
 そのままぬめりを纏わせるようにして指が下りる。

 「っ、……!?」

 ありえない場所に指があたる。
 ちょっと待て、と叫ぶのと同時に、指が内部に潜り込んで来た。如何とも表現しがたい嫌悪を伴う圧迫感に襲われ、声が詰まる。

 「ぅ…、な、何…して……?」
 「ここでも感じますよ」

 答えになってない。
 長い指が躊躇することなくぐっと奥まで侵入してくる。痛みと呼べるほどの痛みはないが、気持ちが悪いことに変わりはない。腰を捩るようにして何とか逃れようと計ると、下手に動くと中が傷つきますよと恐ろしいことを平然と言われて硬直した。
 ゆるゆると指が奥と入口を往復し始める。
 ぬるついた感触と共に割りかしスムーズに注挿されるのは、古泉が指に絡めた唾液と精液のせいだろう。くちくちと小さな音を立てて肉が擦れる感覚に、俺はめちゃくちゃに叫び出したいのを必死に堪えた。

 「やめ…、やめ、ろッ…、こい、ず…、…」
 「もう少し我慢してください」
 「ぅっ…無理、だっ…、……気持ちわるい…」

 お前に少しでも良心があるなら止めてくれ。
 祈るように念じたが露ほどの効果もあろうはずがない。這入りこんだ異物が一層強く何かを探るように蠢かされる。吐き気がする。吐くぞこの野郎。

 「……この辺ですかね」

 独り言のように呟きながら、古泉が奥の一点を押した。

 「…っあ……!?」

 まるでそれがスイッチになったかのように、身体に電流が走り腰が跳ねる。
 突然の強烈な感覚に訳が分らず古泉を見ると、得たりとばかりに薄く唇を歪めて俺が反応を示した箇所をしつこく指の腹で擦り始める。

 「ぁ、…ひッ、…ッ!、な、んだよ、これ…ッ!!?」
 「前立腺ですよ。ココを、こう、されると…気持ち良いでしょう?」
 「あ、ぁあッ、やだ、ぁッ…、…っ!!」

 聞いたこともないような甲高い声が自分の喉からせり上がる。
 涙が滲み出てくる。感情から来る涙じゃない。生理的な涙だ。口元を掌で押さえながら仰け反って喘ぐと、指が増やされたのか圧迫感が更に増す。

 「う…、…ッいた…、…、っ…」

 内臓を直接いたぶられる嫌悪感と、拡げられ擦れる粘膜のひりつくような痛みと、身体の奥の奥から湧き上がる抗えない快楽がない交ぜになって脳髄を焼く。処理しきれない膨大な感覚の波に、俺は古泉の腕に爪を立てることで耐えた。
 空気をはらんだ水音が響く。おかしくなりそうだ。
 止めてくれ抜いてくれ頼むからとうわ言のように懇願し続けると、散々そこを弄ったあとずるりと指が抜け出ていく。その感覚がまた気持ち悪くて呻いた。

 妙な圧迫感がなくなってほっと息をつく間もなく、今度は両足が抱え上げられる。
 何をするんだ、と古泉の顔を見ると、俺の脚を肩に担ぐようにした古泉の何ともいえない凄惨な微笑と目が合った。


 「力、抜いていてくださいね」


 何で、と聞くより先にとんでもない痛みに襲われる。
 まさか。

 「いッ!!!、…痛いッ、いた…、やめろ、ッこいず、…!!!」

 こいつ、自分のアレを入れるつもりか!
 圧倒的な質量を持ったものが、熱を伴って這入り込もうとしてくる。
 指なんかとは比べ物にならない。身体を引き裂かれるような痛みと、熱さに全身が硬直した。一気に涙が溢れてくる。

 「ひ、ッ無理、だ…っ、そんなの、入る、わけない…ッ!!」
 「大丈夫です、入りますよ。あなたが力を抜いて大人しく受け入れてくだされば、痛みも最小限で止めますので」

 例え人体構造上可能であっても倫理的には不可能だ!!
 本来出口であるべきソコに異物を挿入されるなんて、ましてそれが同じ男の性器だなんて、俺の普遍的な道徳観念にはとても許せそうにない。
 もしかしたら今日この時間、俺が部室に来ず古泉の頭もおかしくならなければ、生涯知らずに済んだ体験なのかも知れない。童貞喪失前のバックバージン喪失なんざちょっと友達には言えない性経験じゃないか?こんな形でそんな経験するのは嫌だと、例え訴えてみたところで遠慮もなくぐいぐいと中に押し入ろうとしている古泉が止めてくれるとはとても思えない。

 「呼吸を止めないでください。…逆に辛いですよ」

 辛いのがお好きならどうぞご自由に、などと囁きながら古泉の指が歯を食いしばって耐えていた俺の唇を割ってくる。畜生。咬みついてやりたい。
 痛みのあまり引き攣るように空気を拒否する肺に、いびつに酸素を送り込む。古泉の言いなりになるのは業腹だが、この激痛の嵐から逃れられるなら何でも良かった。息をするとそれに合わせてわずかに内壁が緩むのか、しないよりはまだましだ。

 「はっ、…はぁ…、…ッ、ぅ、ぁ…」

 呼吸の合間に少しずつ、古泉が奥に進むのがわかる。
 脈打つものが狭いそこを押し拡げ、犯し、進入してくる。

 「きつい、…ですね」

 耳元で低い声が囁いてぞくっとした。
 こんな余裕のなさそうな古泉の声は、初めて聞いたかも知れない。
 情欲を帯びて濡れた古泉の声は少しだけ掠れて、色っぽいというに妥当な甘さだ。
 どこか冷静な部分でそんなことを考えていると、奥までもぐりこんだ古泉が唐突に腰を引く。ぞろりと襞が逆方向に擦られる感覚に、俺は悲鳴を上げて仰け反った。

 「あッ、あ!!ッ、駄目だっ、うご、くなぁ…ッ!!!」

 すみませんなどと口先だけで詫びながら、尚も古泉は腰を動かし続ける。
 ゆっくりと抜け出たものをまたゆっくりと埋め戻す。何度もその動作を繰り返しながら、それでも徐々に速度を速めていく。

 「う、…っん、……ん、……ッ、…」

 早く解放されたい。
 揺さぶられながらくちびるを噛んで耐える。
 動かすたびに聞こえる粘膜の擦れ合う音がリアルすぎて泣きたくなった。実際涙は止まることなく溢れていたが。古泉に組み敷かれて、あらぬところに古泉を受け入れて翻弄されるままに声を上げている。これじゃまるで女の子のポジションじゃないか。俺が夢想していたのはまさに古泉が演じている男の立場であって、断じてされるがままに愛撫を受ける方なんかじゃない。
 角度を変えて、探るように何度も古泉が入ってくる。
 内臓ごと押し上げられる感覚に、勝手に身体が緊張し声が出る。先端の尖った部分が、さっき散々弄られたポイントを抉るととんでもない快楽が走った。大きく反応するとまた古泉がそこを狙って責めてくる。もう頭がぐちゃぐちゃだ。

 「ふあ、っ、…あぁ、あ…、こ、いず、み…ッ、…やっ…」
 「…そんな声出さないでください」

 ひどくしたくなります、と耳朶を食まれ、息を飲んだ。
 完全に屹立している性器に古泉の指が絡まる。形を分らせるようにゆっくりと根元から先まで扱かれ、恥ずかしさで耳が熱くなる。直接的な刺激にあっという間に射精感が迫ってきた。

 「や、いや、だ…ッひ、ぁ、…もう、イ…く、いく…!!」

 限界を訴えて古泉の背中のシャツを掴む。
 呻くような声と、古泉の吐息が耳にかかった。

 「…イけば、いいじゃないですか…っ」
 「ひ、…ッ───────…ッ…!!!!」

 弱い先端に爪を立てられたのと同時に、一気に奥まで突かれて俺はあっけなく二度目の絶頂を迎えた。自分でして達するときとは全然違う、身体のもっと深い部分から湧き上がって攫っていくような強い愉悦に目の前が白くフラッシュするのを感じる。
 意識が途切れそうだ。
 頭の隅で、古泉がこめかみににキスしながら余裕もないもない声で「もう…」と囁いたのを、まだ終わりの見えない快楽の狭間でどこか遠いことのように聞いた。






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update:07/10/06



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