などと言うフロイト先生も以下略な夢を見たというオチをつけたいところではあるのだが、非常に残念ながらこれは現実であり話もまだ続く。










 結局あの後、古泉は茫然自失の俺を更に犯し続け、完全に意識が事切れたあと漸く解放され目を覚ました時にはすっかり夜になっていた。


 瞼をひらくと床に仰臥した状態で、柔らかな灯で室内に影を降らす細く尖った三日月が見えていた。窓が開けてあって時折吹き込む微風が少し寒い。

 「ぅ…、……」

 恐る恐る身体をよじると、下にはブレザーが敷かれている。
 自分のものは着たままだから、おそらく古泉のものだろう。乱れまくった制服もいろんな液体でぐちゃぐちゃにされた下半身も、まるで何事も無かったかのように綺麗に整えられていた。しかし身体を起こすと走る鈍痛や声を上げすぎてからからに張りついた喉が、さっきの出来事が俺の妄想ではないことを無言のまま示している。

 「気がつきましたか」

 きっちり上まで閉めてあったシャツの第一ボタンを外しネクタイを少し緩めたところで、部室のドアを開けて古泉が入ってきた。
 思わずびくついて扉の方を見ると、軽く肩をすくめながら歩み寄ってくる。わざわざ階下の自販機に買いに行っていたのか、手に持っていたスポーツドリンクの缶を差し出され、俺はしばらく逡巡したあとそれを極力指同士が触れないように受け取った。
 ふたを開けて口をつけると、すべり落ちる冷えた液体を嚥下する。
 渇ききった喉に心地いい。
 そんな俺の様子をつぶさに観察するように見つめていた古泉が口を開いた。

 「すみません。なかなか起きて下さらなかったので、
 勝手に後処理させていただきました」

 謝るところが違うだろ。
 剣呑な視線を向けると、古泉が小首を傾げる。

 「何がです?」
 「謝るんだったら、先にお前がした事に対して詫びるべきなんじゃないのか?」
 「した事、とは?」
 「……っ、だから!お前は、つまり、その……俺を…」

 レイプしたんだろうが!
 と声高に口に出すことはさすがに憚られて口ごもる。男同士にも関わらずゴウカンなどという表現を用いるのは語弊があるような気もするが、どう考えてもあれは強姦だ。まさか強姦が同性間でまかり通る行為だとは俺は今日の今日まで知らなかった。ましてや自分がそんな犯罪の被害者になる日が来ようなどと意識したことなぞあろう筈がない。


 「あなたを抱いたことに関しては謝りませんよ。後悔も反省もしていませんので」


 笑顔で開き直りやがった。
 被害を被った人間に面向かってやりたかったからやりましたってどんな加害者理論だ。
 腹が立つのを通り越して脱力感さえ覚える。

 俺は大きくため息をつくと、目の前でニヤニヤ微笑を浮かべている変態の顔を睥睨し、「とにかく」と低い声で言った。




   「悪いが、出てってくれないか。
…金輪際お前の顔は見たくない」













メランコリック・ブルー 5















 あちこち痛む鉛のような身体を引きずって、なんとか家まで辿り着くとそのまま泥のように眠り、目が覚めるともう朝だった。
 倒れ込む前に辛うじて風呂だけは入ったが、脱衣所の鏡に映る首筋や鎖骨やら肢体のあちこちに残る痣のような痕を見つけて、それが古泉のつけたキスマークだと思い至ると、受けた蹂躙の記憶が生々しくフラッシュバックして気分が沈んだ。

 なんであんなこと。

 時間が経つにつれて怒りよりどうして、という思いが先に立った。
 俺にしてみれば少なくとも古泉は、超能力者という点を差し引いても大いに変わり種でいけ好かない部分も多々あるが、それでも一応は友人というカテゴリに該当する存在だったのだ。
 しかし真意がどこにあるにせよ、古泉は俺を友達じゃないと言い放ち凌辱した。それで何も無かったかのように元通り振る舞えるほど俺は厚顔に出来ていない。
 学校に行けば嫌でも会うだろう。
 どんな顔をすればいいのかなんてとてもじゃないが分からない。


 翌日、坂上の校舎を目指す俺の足取りがこれ以上ないほど重かったのは言うまでもないことだ。


















 「ちょっと、キョン」

 授業中、後ろから背中をシャーペンで突かれる。
 誰だか確認するまでもなく、俺の後ろの席は奴の定位置となっている訳で。俺は教師が黒板に向かっているのを確認しつつ、首だけ横向けて返事をした。

 「なんだよ」
 「アンタ、いつもに増してぼんやりなんじゃない?もしかして…昨日あたしが帰ってからなんかあったの?」

 ハルヒめ…オソロシク鋭い奴だ。
 俺がぼんやりする理由など、例えば家庭内問題とか再来週からのテスト対策とか、単に腹が減ってるだけとか予測できる事情は無限にあるというのに、特に理由もなく第六感で昨日部活中に何かあったと思うあたりが既にカンが良いの域を超越している。
 人の心の内を見透かそうとしてくるような大きな瞳に内心戦きつつ、「風邪引いたみたいでだるいんだ」と適当に答えた。
 体調がよくないのは本当だしな。
 朝からちょっと熱っぽい。身体もあちこち痛いし、何よりあられもないところが痛んで椅子に座っているのが辛い。くそ。
 忌々しい笑顔が脳裏に浮かんで思わず眉をしかめると、相当具合が悪いのかと勘違いしたハルヒが、今日は直帰して休息を取るようにと言い出した。
 まあ、渡りに舟とはこの事だな。
 部室に顔を出せば必ず古泉と顔を合わせなきゃならない。
 SOS団にいる限り、つまりはハルヒが後ろにくっついて俺の首根っこを捕まえている限りいつまでも避け続けられるものでもないが、昨日の今日ではどんな態度をとってしまうか自分でも自信がない。とりあえず今は余計なことを考えず眠りたい気分だ。
 俺は団長命令を有り難く拝命することにした。





 放課のチャイムが鳴って、真っすぐに下駄箱へ向かう。
 部室棟へ寄らずに帰るなんて久々だ。放課後は朝比奈さんのお茶を飲みにあの部屋へ行くのがすっかり当たり前のようになっていたから、習性というやつか、なんだか妙な感じで落ち着かなくはある。
 靴を履き替えると、上履きを拾い上げ下駄箱に突っ込む。

 そうしたところで携帯が鳴った。

 マナーモード状態で虫の羽音のように振動する携帯をポケットから取り出す。サブウィンドウに表示された名前を見て、俺はぎくりとした。






 着信:古泉一樹






 血液が音を立てて引いた気がした。
 逃げることばかり考えていて、まさか向こうからコンタクトがあるとは思ってなかった。

 大体何の用だ。

 あの古泉が今更すみませんでしたもないだろうし、謝罪でなければわざわざ電話で話さなければいけないことがあるか?何を言われるかわかったものじゃない。
 十コール以上鳴ってもまだ鳴り続ける携帯を見つめながら、留守電にすべきかどうか躊躇していると、ぷつりと呼出しが止んだ。
 諦めたらしい。
 ちょっと安堵しつつ、次かかってきたらどうするべきかを考えていたら、今度はメール着信が鳴る。指先で操作して受信フォルダを見ると、そこには古泉からの新着メールがあった。
 電話に出ないのでメールという手段に出たらしい。
 まあ、まだ直接やり取りがない分メールの方がましか。

 幾許かの戸惑いを覚えつつ、メールを開いた。






 2007/10/16 16:21:31
 差出人:古泉一樹
 Title:無題
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 電話に出ていただけませんか?

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 添付ファイル有












 スクロールする手が、止まった。






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update:07/10/09



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