彼に対して複雑な恋慕とともに、はっきりと劣慾を覚えている自分を自覚してからというもの、幾度となくその手のことを夢想した。ただ手をつないで愛を囁ければそれで満足できるほど、けがれの無い愛情でもなかったからだ。

 彼の制服の下に隠された肢体を暴き、優しく抱擁し指先に至るまで愛撫して、泣く彼の喘声を聞きたい。乱れる顔が見たい。
 極まっていく時彼はどんな表情を浮かべるだろう。
 他の誰も見ないよう、ずっと腕の中に閉じこめていられたら。
 しかし、例えどんなにそれを切望していて、まして夢がリアリティを持っていたとしても、所詮妄想は妄想に過ぎず現実とはなり得ない。勿論、その方がいい。

 そう思っていた。











メランコリック・ブルー 4.5


















 「…はぁ、……はー…、…」


 汗ばんだ身体をきつく抱き寄せ、密着させるようにして最奥に精液を注ぐと、彼の喉から、ひ、と細く傷ついたような音が漏れた。
 ひどく興奮しているからか、中々抜けない射精感と相俟って、耳にかかる肩口に埋まった彼の乱れた吐息がくらくらするような陶酔をつれてくる。ブレザー越しに感じるじわりとした体温とかすかに湿り気を帯びた匂い。空想の中の出来事ではない、こうやって現実に生身の彼の身体を抱いているのだ。
 重なった身体と身体にわずかな隙間も残したくなくて、廻した腕に力をこめると、彼の肢体は自我をもたない人形のように為すがままになった。
 額がつくほどの至近距離で彼の顔を覗き込む。
 呼吸を繰り返す半開きのくちびるから飲み下しきれなかった唾液が垂れおち、涙で濡れた双眸は茫然と宙を見つめている。あまりの事態に思考が追いつけていないのだろう。
 当然だ。
 ほんの30分前まで只の友人だと思っていた男に強姦されたのだから。






 彼の些細な一言を引き金に、張り詰めていたものが一気に決壊するように、どろりとした濁った感情がなけなしの理性を飲み込んだ。
 それは急に湧いて出たものじゃない。
 ずっと僕の心のうちにあって、見ない振りをしていたもの。
 押し込めて隠し通せると思っていたものだ。
 わかったところでもはやどうしようもなく、僕は神経が焼き切れるような熱と氷のように冷静な思考を同時に自覚しながら、情動の欲するままに彼を組み敷いていた。
 段々と、今起きている事態が冗談では済まないことを理解し始めた彼が青ざめて抵抗するさまに、酷いことはしたくないと彼を愛しむ部分が傷む一方で、衝動のまま、獣のように乱暴に犯し奪ってしまいたいという汚く醜悪な欲望がせめぎあう。
 そう、どう取り繕ったところでこれはレイプだ。
 それなら徹底してレイプらしく、手酷く扱ってしまえばいい。
 優しい彼でも僕から離れざるを得ないほどに。
 いやだ、やめろと拒絶と罵言を繰り返す彼の声に、徐々に涙と鳴咽が混じってゆくのをいとおしく聞きながら、それでも止めようという気は微塵も起きなかった。
 例え無理やりでも、彼の素肌に触れられることにどうしようもない歓喜を覚えている自分を悟られることのないよう、出来る限り乱暴に愛撫し、酷い言葉を並べ続けた。
 はじめて他人に内部を暴かれ、羞恥と嫌悪に翻弄される彼が、それでも快楽を滲ませた嬌声を上げはじめると、喉がひりつくほどの興奮を覚えた。
 
 その顔が見たかった。
 声が聞きたかったのだ。ずっと。











 きつく抱きしめた身体は腕の中でぴくりともしなくなる。

 表情を無くし自失している彼に、傷つけてしまった、と罪悪感を感じる心の奥底で、それでも焦がれ続けた彼を自分のものにしたという征服感に悦んでいる自分がいる。
 浅ましいばかりだ。

 圧しかかったまま彼のこめかみに口づけていると、段々と正気を取り戻したのか、彼が小さく身じろぎ始めた。

 「……っ終わったなら、ぬけ、よ…」

 かすれた声が零れる。
 僕への嫌悪からか、泣き出したいのを堪えているのか判別しがたい表情で嫌々をしながら、力の抜けた腕が僕を押し返そうとした。
 そのいたいけな様子に、燻っていた埋火がまた簡単に煽られてしまう。
 ずる、とわざとゆっくりと襞をこすりながら抜き出していくと、彼は眉をしかめて気持ち悪そうに呻いた。それでもこれで解放してもらえると思ったんだろう、表情の端に安堵を滲ませている。

 僕は薄くくちびるを笑ませると、ぎりぎりまで抜いたものを再び、
 ぐうっと奥まで押し戻した。

 「…ッ!ぅあ、ぁああ…っ!!?」
 「…まさか、終わりだなんて思ってませんよね?」

 白い喉をひきつらせて目を見開いた彼が、信じられないものを見るかのように僕を見上げた。その表情に、中に埋め込んだままの自身が一気に質量が増す。
 それに気付いたのか、彼は青ざめながら開かされっぱなしの足をよじらせた。

 「い、いやだ…、こいず、…もう、無理…ッ!!!」

 黙らせるように突き上げると、とたん息を詰まらせ語尾は不明瞭な発音になる。
 余分な力が入らなくなったことと一度中で出したもののおかげで、狭いそこはさっきよりスムーズに注挿を受け入れた。少々激しくしても大丈夫だろう。
 そう考えながら彼の上体を横向かせると、左足を抱え上げ折り曲げる。上体を傾がせながら逃げられないよう腰を密着させれば、より深くまで彼の中を感じられる。
 それは彼も同じなようで、圧迫される刺激にひくひくと奥が複雑に痙攣した。

 「ひ、っ…、ぅ……、もう、嫌だ…いや……!!」

 すすり泣くように鳴咽しながら、それでも何とか僕から逃れようと腕で身体をずり上がらせる。そんな些細な拒絶も許せなくて、床についていた左腕を掴み上げるようにして引っ張り固定すると、そのまま乱暴に腰を突き上げた。

 「やっ、ぁあ、あああ!!…ひぃっ…」

 ぼろぼろと涙をこぼしながら、悲鳴に近い嬌声を上げる彼を殊更に揺すり続ける。
 何度も奥を満たしては引き、内壁を掻き交ぜた。感じるところに当たるたびその刺激が堪らないようで、顕著な反応で僕を締め付けてくる。
 思っていたより彼の身体は快楽に弱く、正直なたちらしい。
 触れてもないのに後ろの刺激で粘液を垂らす性器を責めるような口調で指摘してやると、彼はとうとう感極まったのか、しゃくり上げるようにして泣き出した。

 「ふ、ぅあ、ああ…、…ッごめ、なさ…っ許し…」

 半分飛んでしまった意識の狭間で、もう許して、と泣きながら哀願する様に一気に射精感が高まる。目が眩んだ。

 「………ッ」

 いく、と自覚すると同時に彼の弱い先端を指のはらでえぐり立てると、
 彼はびくっと肢体を緊張させて呆気なく精を放った。










 名残惜しくゆっくりと繋がりを解くと、抜け出たものを追うようにして口を閉じ切らない入り口から粘液があふれ出た。

 とろとろと白い皮膚を舐めるように垂れ落ちるそれは大半が僕の精液で、しかし半透明の白濁の中にわずかに赤いものが混じっているのが見てとれ、やはり中を傷つけていたのかと今更に胸が傷んだ。 
 正体のない彼の肢体は生気を失ったようにぐったりとしていて、さっきまであんなに泣きわめいていたのが嘘のように、呼吸も聞こえないほど静かだった。
 涙と涎で汚れた顔を撫でる。伏せられた水滴をふくんだ睫毛を指でやさしく拭った。
 眉根は悪夢に捕まっているかのようにしかめられたままだ。

 ああ、とうとう汚してしまった。

 これでもう元通りには戻れない。
 彼は僕を嫌悪し、憎み蔑んで、僕から離れていくだろう。
 不思議と後悔や自責の念は湧いてこず、それに納得すら覚えている自分は、そんなにも無自覚の部分でこうすることを渇望していたのかと自嘲したくなった。

 或いは最初から正直にあなたが好きだと、愛しているからと取り縋っていれば違っていたのかもしれない。
 でも、それをしなかったのは、それが世界の均衡を崩し兼ねない禁忌と同義だからというだけじゃない。僕を普通の友人としか思っていない彼を、ただ苦しめると分かっていたからだ。彼は優しいからきっと、そんな同情を引くようなやり口をされたら拒絶しきれずに悩むだろう。彼を困らせるだけなら、このままでいいと思っていた。
 でも、そんなのはうわべだけの欺瞞だ。
 その実、彼を完全に失ってしまうよりは、友人として傍で笑っていられる方が遥かにましだと怯えていたのだ。それだって永遠に彼の傍に居られる訳じゃない。
 後ろ暗いこの感情が表立てば、いや、そうでなくとも涼宮さんの監視が必要なくなるなり、涼宮さんの執着が彼から外れるなりすれば、僕が彼と共にいる理由は無くなる。分かりきっていたことだ。ただ、それがこんなに尚早ということが想定外だっただけで。

 僕がいなくなっても、あなたはきっと変わらない。

 周りを囲む数多の友人の一人が消えただけだ。
 僕が機関に戻され二度と見えることがなくなったとしても、何も変わらず高校生活を過ごし、成長して大人になって、そしていつかは古泉一樹という名前も、存在すらも思い出さなくなっていくのだろう。彼の記憶から僕が消える。いつか来るその事実が僕には想像ですら耐えられない絶望だとしても。

 それならせめて、僕に残された12日間を彼から貰おう。
 できるだけ彼が僕を忘れられないようなことをして、僕が彼に望んでいたことをしよう。
 それくらいのことなら赦して貰えるだろう。
 いや、許してほしいとは思わない。
 僕を憎んで、侮蔑するならそれでいい。



 目を閉じたままの彼を起こさないよう、ゆっくりと立ち上がった。
 長机に散らばったオセロの横に、置きっぱなしの僕の携帯電話がある。






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update:07/12/08



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