翌日、彼が部活を休むであろうことは予想の範疇だった。



 「朝から顔色冴えなかったし。風邪だっていうじゃない?
  …本当に具合が悪そうだったから、帰したの」

 いつも通りに脇に指定鞄を放り投げ、椅子に腰掛け向かった団長机に両手で頬杖をついた彼女は、どこと無く覇気がない。彼の体調が心配なのか、はたまた彼が居なくてはSOS団の活動もつまらない、と感じているのか。
 おそらく半々といったところだろう。


 体調が悪いと言うことが嘘だとは思わない。
 昨日が初めてだった身体だ。しかも無理やりに事に及んだのだから、受け手の彼には相当な負担があったに違いない。

 あの後、日の完全に落ちた薄暗い部室で、彼は目を覚ますなり僕に「金輪際顔も見たくない」とぴしゃりと言い放った。当然の話だ。
 無言の圧力で追い出されるようにして部屋から出たものの、まさかそのまま置いて帰る訳にも行かず、正面玄関前の踊り場で彼が出てくるのを待ち、最寄駅までの途をたどる後をつけたが、のろのろと歩く身体の芯は定まらず危うい足取りだった。
 あの様子では、今日は学校自体休んでいても不思議はないと思ったが、ちゃんと出てくるあたり根は実直な彼らしい。

 「すみません、ちょっと職員室に行ってきます」

 担任に頼まれ事をされていたのを忘れていました、と微笑むと、涼宮さんはデスクトップの電源を入れながらすんなり了承した。
 見るからにやる気のなさそうな様子は、僕が彼女の精神状態をつぶさに察知できる能力を持っているからそう感じるのではなく、端から見てもそうとわかるものだろう。今日は早いお開きになりそうだ。
 そんな彼女を尻目に、僕は携帯電話を手に取ると部室のドアを開けた。












メランコリック・ブルー 6.5


















 無論職員室が目的ではないから、階段を下りることなく逆に階上に足を向ける。

 部室棟の屋上へ続く階段の狭い踊り場に着くと、携帯を開いた。
 毎日のように通っているこの棟は、もとより文系部の限られた生徒しか寄り付かず、まして常時扉が施錠されている立ち入り禁止の屋上へ向かおうとする人間など皆無であることも承知済だ。

 アドレス帳から彼の番号を選択すると、発信ボタンを押下し耳に当てる。

 欠席していたなら一度帰ってからでも電話すればいいと思っていたが、学校に来ているなら話は別になった。会えるなら、会いたい。
 無機質な呼出音が何度もリピートされるものの、一向に彼が応答する気配はなかった。
 時間から言って彼がまだ校内に残っているどうかは微妙な線だが、既に学校の外に出てしまっているとしても、まだ駅までは辿り着いていないだろう。追えば十分間に合う。
 ゆうに十コールを鳴らしたところで発信を切った。
 彼からすれば当然の行動といえるが、無視を決め込むつもりなら埒があかない。
 そのままメール画面を開くと、彼のアドレスを呼び出し手早く本文に一言『電話に出ていただけませんか』と打ち込む。普段は滅多に使うことのない添付画面を開き、フォルダに一枚きりしかない目当ての画像を選択した。
 送信ボタンを押す。送信中の電子文字が踊る液晶を無感動に見つめる。メールを開いた時、彼はどんな顔をするだろう。

 想像を巡らせる間もなく、画面は送信完了しました、と表示を変えた。










 やはり一緒に送った画像が効いたらしく、次に電話を掛けると数コールで彼が出た。
 が、効き目がありすぎたようだ。電話口の彼は動揺を隠せない様子で黙りこくっていて、やっと発したわずかな言葉も語尾がふるえている。


 「部室棟の屋上に通じる扉の前です。僕はそこに居ますので。
  …では、お待ちしてます」


 通話を切って幾許もしないうちにやって来た彼は、僕を見るなり盛大に顔をしかめた。
 不機嫌や嫌悪といった表情にさらに怒りを滲ませている。尤もだ。

 彼に送った画像。
 それは昨夜、散々に汚した彼の肢体を浄める前に、携帯のカメラ機能で撮影したものだった。

 勿論彼に意識は無かったから、撮られたこと自体気付いていなかっただろう。
 聡い彼らしく、僕がその画像を寄越した意味をとっくに察しているらしい。
 我ながら反吐が出そうな手段だ。
 それでも、他に彼を繋ぎ止めておくにこれより有効な手立ては思い浮かばなかった。
 卑怯も陋劣も承知の上だが、こうして彼は僕のもとにやって来た。この際どんな方法だろうが厭っている余裕なんてある筈もない。






 昨日抱いたばかりだというのに、その姿が手の届くところにあるとなれば一度箍を外すことを覚えた情動は、驚くほど簡単に抑制がきかなくなった。
 無理やりに引き寄せた身体が、昨日より少しだけ篭った体温をもっている。
 やはり具合が悪いのは本当のようで、抵抗にもどこか力がない。昨晩の恐怖が蘇って、身体が思うように動かないという理由もあるのかも知れないが。
 彼が苦しげな息を零し、小さく吐き捨てた。

 「…どうやってもお前は俺を脅迫する気だってことがよくわかったよ」

 怯えからか腕の中で硬くなる身体をいっそう強く背後から抱きすくめていると、肩越しに眦を吊り上げた彼の視線が僕を睨みつける。昨日の今日だと言うのに、彼の瞳はこればかりも強い光を失ってはいない。
 ぞくぞくするような視線に、情欲と嗜虐心が一瞬で煽り立てられる。片時も脳裏を離れない、昨夜の彼の泣き顔と汚された躯がまた興奮を呼び覚ます。
 際限のない欲望だ。手に入れば次が欲しくなる。
 一度だけじゃ足りない。もっともっと、彼を泣かせたい。

 「っあ…!?」

 ゆっくりと良くない手つきで太腿を撫でる。びく、と彼の肩が震えた。
 そのまま指を滑らせ制服越しに中心を押し上げると、彼の喉から焦ったような声が漏れる。

 「…っ!!お…前、まさかっ…」
 「なんですか?」

 とぼけた声で返事をしながら彼のベルトに手をかけると、嫌な予感が的中したのか彼は火がついたように必死の様相で抵抗を始めた。

 「い、いやだ…ッ、もう、絶対やらない…!!」

 あんなこと二度と御免だ、と身を捩りながら首を振る。
 表情がよく見えないのが残念だ。きっと可哀想なほど青ざめているんだろうに。
 上体を前のめりにして拘束から逃れようとする彼の背を、更に強い力を込めて抱き寄せる。うなじに軽く歯を立てると、びくんと肩が竦みあがった。

 「わからない人ですね。…何度も言っているでしょう。
  貴方に拒否する権利はありません」
 「………ッ、…!!」

 そう。貴方が言ったように、僕はあなたを脅迫してるんです。
 だから。



 「諦めてください」





 逃げられないようひとつしかない退路を塞ぐと、暴れる身体に力ずくで言うことを聞かせ、ところどころペイントの剥げかけている薄汚れたリノリウムの床に跪かせる。
 そのままやや乱暴に、屋上を隔てているドアに上体を押しつけた。
 強かに身体をぶつけた彼は低く呻いて、ようやく少し大人しくなる。

 それでも、普段は諦めの早い彼もさすがにこの状況では往生際が悪くなるらしく、何とかして逃れようと必死のようだ。それも素早く捲り上げたシャツの裾から乳首を探り当てつまんでやると、あっけないほど簡単に力が抜けた。

 「う、…っ、…」

 緩やかに刺激を送り、ふっくらと芯を持ち始めたそれを指の腹で押しつぶし捏ねる。
 ふ、と鼻から抜ける声が漏れた。

 「いッ…、い、やだ、……嫌…」
 「指じゃいやなんですか?それとも、舐めてほしいんですか」

 耳朶に舌を這わせながらわざと羞恥を煽る言い回しをすると、彼が赤みを増した顔で睨み上げてくる。
 ひどい抵抗に遭うことは予想していたので、大声を出されては面倒だと思っていたが、意外なことに彼は拒絶や罵倒の言葉は吐くものの、喚いたり叫ぶようなことはしなかった。
 どうやら、階段の踊り場につながるこの場所ではやたらに声が反響するのが嫌らしい。下手に騒いで誰かにこんなところを見つかるほうが拙いと考えたのだろう。僕としても、そちらのほうが都合がいい。

 助長して、片手でベルトを外し前を開いたズボンを下着と一緒に膝まで引きずり落とす。彼が、ぐっ、と息を詰まらせた。思わず毀れそうになった大きな声を無理やりに噛み殺したような音だ。

 「やめろ…古泉、たのむから…っ!!」
 「残念ですが、聞けませんね」

 扉に縋りつく身体に重なるように密着すると、あられもなく晒された白い太腿に自らの腰を圧しつける。

 「!!…、…」

 布越しにも僕が完全に勃起させているのを感じ取ったらしく、身をかたくして俯いた彼は耳まで赤くなった。
 初心な反応だ。そんな自らの哘うような恥態が、こうやって男を興奮させていることに彼は気がついているんだろうか。

 「…っお前、おかしいよ…、どうして、俺に…何で、こんな…っ」

 語尾が震えて消え入る。
 貴方が好きなんです、好きだから身体を繋げたいんですと囁いてやったら、彼はどんな反応をするだろう。
 呼吸が早まり不規則なリズムを刻んでいる。
 完全に逃げ道を絶たれ、いよいよ昨日の出来事を踏襲している事態に恐怖を感じずにはいられないのだろう。あれだけ酷い目に合わされたのだから当然だ。ましてや、その酷い行為をもう一度味わわされようとしているのなら尚更。

 「ぅ、あ!…、ッ!!」

 シャツの裾から覗く、だらりと何の反応も示していない性器を掌で搦め捕り扱くと、びくっと彼の腰が撥ねた。
 例えそれが男の掌であろうと意に沿わぬ行為であろうと、与えられる直接の刺激に抗えるほど彼も堪え性があるとは言えない。先端をやわらかく揉みながら肉茎を擦り上げてやると、あっという間にそこは粘液を垂らしいやらしく濡れた音が立つようになる。

 「ふっ…、く、…ぅ、う」

 断続的にこぼれる鳴咽に似た響きの、押し殺した喘声。
 せめて感じている声だけは上げるまいとしているのか、傷がついてしまいそうなほどきつく唇を噛んでいる。
 適度に昂ぶらせたところで、彼の先走りで濡れた指で隠されたうしろの窄まりをなぞると、快楽に弛緩し始めていた肢体が目に見えて緊張した。

 「…、っひ…」

 息を約まらせる彼に構わず、閉じきった襞に指先を割り込ませる。
 悲鳴と共に彼の背が大きくのけ反った。

 「ぃ、あ…ッ!や、痛いっ…いた…!!」

 昨日散々玩んだ其処は、未だに赤く腫れている。
 異物の浸入に、ぎゅうぎゅうと収斂する内壁を擦り奥まで飲み込ませた。傷を抉られる痛みから彼の頬を大粒の涙が滴り落ちる。

 「そんなに痛いですか」

 指を蠢かせながら問うと、彼は肩を震わせながら何度も首を頷かせた。
 一度指を抜き出すと、口に含んで唾液をからませ再び内部に押し込める。ぬめりを足すその作業を数度繰り返すと、いくらか楽に抽挿できるようになった。
 それでも苦痛であることに変わりはないようで、彼は扉に嵌め込まれた格子ガラスについた掌に、指先が白むほど力を籠めながらそれに耐えている。

 「う、…っ、ぐ…」

 入り口が柔らかくなったところで、ずるりと指を抜き去った。
 そのまま崩れるように腰が落ちそうになる彼を支え、強引に扉に圧しつけることで座り込めないよう固定する。

 「息、止めないでくださいね」

 囁くと、取り出した自身をほぐした箇所に押し当てた。

 「!!…やだっ、やめ、っ駄目だ 古泉、むり……
  …ぁああ!!!」

 一気に先端を挿しこむ。
 ただでさえ傷ついている狭い器官を、指よりはるかに質量をもったものに開かれる激痛に、彼は全身を緊張させて泣き叫んだ。その声をもっと聞いていたかったが、よもや誰かに聞きつけられても面倒なので手のひらを廻してその口を塞ぐ。その状態でさらに自身を埋め込むべく腰を揺らすと、そのたびにくぐもった悲鳴と嗚咽がこぼれる。

 「ふうっ…、うぅ…、う゛…っ、…」

 腰がぴったりつくほど奥までくわえ込ませると、声を塞いでいた掌を離した。彼の双眸から零れ落ちた涙で、手の甲がびっしょりと濡れている。
 衝動のまま奪った彼の内側の感触に快楽を得ている僕とは反対に、時折びくん、びくんと肢体を引き攣らせながら、彼は凭れかかった扉に額を擦りつけ、肩で呼吸し辛苦に耐えている。
 背後から抱いたこの状態では、満足に彼の表情は伺えない。
 泣き顔が見たくなって、脚を掴み引っ張り上げるようにして身体の向きを入れ替える。中をぐるりと抉られる感覚に、彼がまた悲痛な泣き声を上げた。そのまま向かい合う体勢を取ると、今度は背中を屋上の扉に押しつけさせ脚を肩に持ち上げ抱える。
 力の入らない身体はあっさり沈んで、さらに深く僕を飲み込んだ。

 「ぅ…あぁ…、…、あ……、」

 快楽なのか苦痛なのか判別のつかないものに歪んだ表情を浮かべ、顔を背けようとするのを顎を掴んで阻む。
 涙で濡れた頬に赤く染まった目許。
 淫靡に濁った瞳を覗き込めば、欲深に塗れた浅ましい僕の姿が映りこんだ。
 
 
 「…そんな目をしないでください」


 そんな筈はないのにその目に何もかも見透かされてしまう気がして、いたたまれず掌でその瞳を覆うと、酸素を求めるようにだらしなく開かれっぱなしのくちびるを塞ぐ。もはや逃げることも出来ない舌を絡め引きずり出し強く吸いたてると、背筋が竦むのと同時に繋がった部分がひくりと蠕動し反応した。
 そのままゆるく腰を突き上げ、こぼれる彼の喘ぎすらも飲み込む。



 頭上の窓から射し込む斜陽が、煩わしいほどに眩しかった。






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update:07/12/14



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