スクリーンの向こうの出来事というのは、大概のケースにおいてフィクションだ。 ストーリーの中で、たとえば主人公が劇的な恋をしたり、誰かが刺し殺されたり、あまつさえ宇宙人や未来人や超能力者が登場したところで、それが現実に自分自身に起こり得ることだなんて認識する人間は稀小数だろう。 俺だって大多数のひとりだ。いや、そうだった。 銀幕に投影される擬似世界。 それは、こちらの世界と似ているようで違う。 絶対唯一だった筈の世界が実は、ある女のさじ加減ひとつで簡単にうつろってしまう脆いものだと知った今は、ありきたりなフィルムの中の情報も平行世界の一種かもな、などと思ってしまう。 ハルヒが望めばSF映画の世界が現実で、こちらがフェイクに成り代わることだって有り得るからだ。疑ってかかればこの現実さえ確かなものという根拠はない。 ある日涼宮ハルヒと出会って、宇宙人や未来人や超能力者が名乗り出てきて、普通じゃ考えられない非日常的な高校生活を送っているなんて俺の記憶も、実は俺自身の作り出した妄想だという可能性も0%ではないわけだ。 所謂夢オチってやつ。 冴えない主人公の元に、ある日突然未来からロボットがやって来て、そいつと面白おかしく日々を過ごすというストーリーは実は植物状態の主人公が病院のベッドで見ていた夢だったなんて、都市伝説エンディングがあったっけ。 穿った想像を展開していくと限がない。 ひとつだけ確かなのは、俺は今が気に入っているという主観的事実だけだ。 ある日突然…なんて非常識なサプライズを差し引いたとしても。 普遍的な感覚が麻痺しつつあるが、そういうフィクションが現実に自分の身に起こるようなファクターは滅多にないのが当然だ。奇跡的な確率であると言っていい。 それこそある日宇宙人や未来人や超能力者に出会ったり、ただの同級生だったはずの奴に押し倒されたり、突然出会った誰かに劇的な恋をしたり―――― メランコリック・ブルー 9 とすん、と肩に軽く負荷がかかって、思考がストップした。 古泉の頭だ。 こいつ、自分から誘っておいて居眠りとは…。 これが相手が付き合って間もない彼女とかだったら、充分スピード破局の理由になり得るぞ、などと考えつつ、先ほどの古泉のどこか憂いた笑顔をリプレイする。 連日バイトに根詰めて疲れているのかもしれないな。 幸い一番後ろの席なので、背後の視線を気にする必要もない。 男の頭がもたれかかったところでちょっと煩わしい程度だ。わざわざ起こすこともないだろう。 まあ、俺も別のことを並行して考えてるくらいにしか映画に集中してなかったが。 面白くないわけではないのだが、ストーリーが今いちすんなりと頭に入ってこない。 思わせ振りな伏線が多すぎるんじゃないか? テレビで流される予告PVは、秀逸なシーンの詰め合わせという最近の封切作品に有りがちなパターンらしい。 スクリーンはちょうど戦闘シーンで、ハリウッドお得意の派手なエフェクトが飛び交っている。 最先端CGを駆使して作られたその映像は、観客を楽しませるに充分な迫力があるとは思うが、リアルで長門ら宇宙人同士のCG酔いしそうな超人バトルを体感した身としては、そこそこといった印象でピンと来ない。もしかして刺激慣れってやつだろうか。 フラッシュカットが連続したかと思うと、赤い閃光がスクリーン一面に膨脹し拡散した。 ふと、連想するように閉鎖空間での球光が脳裏に浮かぶ。 あれもCGでないなら、どういう科学的原理が働いてるんだろうな。 古泉のどこからあんなエネルギーが抽出されるのか。 まるで血の色みたいな、真っ赤に闇を裂く光。 「……っ!!」 思わず声を上げそうになった。 ひじ掛けに置かれていた筈の古泉の掌が、不意に膝にふれたからだ。 こいつ、寝てたんじゃないのか!? 思わず身を固くして視線だけを古泉の方に向けると、俺の肩にもたれかかったままの古泉の頭が、笑いをこらえるようにちいさく揺れた。 前言撤回、何が疲れてるかもだ。 元気じゃねえか!! 腕もろとも引っぺがして突き放してやりたかったが、あまり大きなリアクションをとると、周りの要らない視線を集めそうで憚られる。 俺の座っている席は一番端に位置していて、通路を挟んだ向こうにしか人がいないから、よもや傍目に入るとは思えない。が、万一見られでもすれば終わりだ。 上映中、暗闇で連れに脚を撫でられているなど、もはや何の言い訳も立つまいよ。 そうこうしているうちに、触れた手のひらが這いのぼるように大腿までゆっくりと撫で上げる。怖気が走った。なんちゅう手つきだ! ジーンズ越しに古泉の体温が伝わってきて、何と言うか、非常に気色悪い。 セクハラ被害に遭った女のコの心境が今なら切実に理解できそうだ。 する、と脚の付け根から隙間を割るようにして、手のひらが内股まで進行してきて、俺はひっ、と息を飲んだ。 助長した指が際どい部分をかすめていく。 まさか、こんなところで。冗談じゃない! 慌てて引きはがそうと古泉の手の甲を掴むと、するりと逃げられそのまま指を絡めとられる。付け根をこすりあわせるようにして握りこまれ、狼狽した。 周りの恋人達だってそんな公共マナーを甚だ無視した行動は慎んでいるというのに、なんで俺が古泉なんかと手を繋がねばならんのか。 さすがにこれ以上は我慢ならない臨界点を感じて、手を振り払って速やかにロビーに緊急避難しようと思い立った瞬間、握られた手にぎゅっと強く力をこめられた。 古泉が俺の耳元0コンマの距離で、吐息だけで囁く。 「出ましょうか」 最上階の一番大きなシアターは今見ている作品の他は上映していないらしく、ロビーは閑散としていた。 「おい、古泉…っ!?」 マルーンレッドのカーペットが敷かれたフロアを、古泉に引っ張られるようにして進む。 居眠りしたくなるほど映画がつまらなかったのはわかった。 わかったからとりあえず握った手を離せ! 有無を言わさず引きずられて行った先は男性用トイレだ。 中には案の定誰も居らず、そのまま奥の個室まで連れ込まれた。 カチリ、と古泉が後ろ手に扉を閉め鍵を掛ける様を見てギクリとしたが、はっきり言って後の祭りだ。 「ちょッ…!!待てまてまてま」 間髪入れずに古泉の腕の中に抱きすくめられ、俺は精一杯に押し殺した声でタンマ、と叫んだ。 制止も虚しく、壁にどん、と音が立つくらいの勢いで押し付けられ、その拍子にトイレットペーパーのホルダーで腰をぶつけたことを抗議する間もなく口を塞がれる。 何でって?勿論古泉の唇でだ。 「んッ…!、ふ、ぅ、んぅ…、ッ」 あっという間にくちびるを割られる。 薄く開いた歯列の隙間をぬぐうようにして、生ぬるい温度を持ったものが這入り込んでくる。それが上顎をたどると、びりっと電流が走ったみたいに力が抜けた。 舌が蠢くたび、くちゅ、と耳に届くというよりは直接身体の内側に水音がひびく。 息苦しさも相俟って、そのうちろくな抵抗も出来なくなる。 よくない。 これじゃまるで良いように古泉の手管に嵌まっているみたいじゃないか。 「う…ッ、…ふぁ、っ」 くちびるがわずかに離れた隙をついて顔を背ける。 酸欠で頭がくらくらしてきた。 古泉はそれ以上追ってこず、代わりにあらわになった首筋に口づけてくる。 俺は肩で息をしているというのに、古泉の呼吸はちっとも乱れていない。どんだけ息が長いんだこいつは。 「っ…、いい加減にしろよ、お前、ここがどこだと」 「映画館のトイレです」 わかってるなら自重しろよ。 鎖骨を舐められる。 窪みに吸いつかれ、思わず身体がびくついた。 「仕方ないですよ。人目を気にして、一生懸命声を堪えるあなたが とても可愛らしかったもので」 その台詞の"仕方ない"はどこにかかるんだ? まさか倒置法じゃないよな。 「止めてくれ…っ古泉、頼むから」 こんないつ誰が入って来てもおかしくないシチュエーションに耐え切れるほど、 俺の神経は図太くないんだ。 「そうですね…もしかしたら声が聞こえちゃうかも知れませんね」 ふむ、と古泉が顎に指を当てる。 だろ?お前だってこんなこと他人にばれてお天道様の下を歩けなくなるのは嫌だろ?と必死に取り縋るような俺の視線を受けつつ、古泉のくちびるが嫌な形に吊り上がった。 「だからこそ余計に燃える、と思いません?」 お前の道徳心に訴えたのが間違いだったよ。 「ひ、…んぅっ、…うッ…、…、」 もはや抵抗どころの話じゃない。 両手でしっかり口を塞いで、大きな声が上がらないようにするので精一杯だ。 じゅる、と下から卑猥な音が聞こえてきては心臓が冷える。 何の音かは口に出したくもないが、端的に言ってつまり、古泉が俺のアレをしゃぶっている擬音だ。 「ふく…っ、…、ぅ…、ふぅう…ッ」 俺が外の様子を気にしていちいちびくつくのが面白いのか、ぴちゃぴちゃとわざと音が立つように舐め上げてくる。性格が悪すぎだ。 背を壁に押し当てて、ようやく崩ずおれそうな己の身体を支えている俺の前に屈み込んで、余裕綽々といった様子で勃起したものをくわえ込んでいる。 俺はといえば、あんなにも散々拒否していたにも関わらず、古泉の手管の前に身体はあっさりと反応して、もうろくな悪態をつく威勢もない。 涙が目尻に浮かぶのはそんな己が情けないからだ。 断じて気持ち良さからではない。 しかし、こいつは同じ男のものなんか舐めて何が楽しいのか。 「う…ッ、こい、ずみ……もう…、…っ」 先端を上顎に押し当て、舌先で裏筋をたどられる。 唾液を絡ませ孔を突くように嬲られると、それだけで腰が砕けそうな刺激が走った。 「いいですよ…、出しても」 言い様に深く咥えられ、根本からくちびるで扱くようにして強く吸われる。 「いッ…、……!!!」 喉の筋肉が攣ったみたいに緊張して、呼吸が止まる。 腰のあたりから溢れ出しせり上がってくるどうしようもない射精感に、俺はそのままなす術もなく古泉の口内に放埒した。 「…っ、……、はぁ…ッ、はー…、…」 二百メートルダッシュした後みたいに苦しい。 声を抑える作業がこんなに疲れるとは思ってもみなかった。 息も絶え絶えにうつむくと、自然と古泉を見下ろす形になる。 古泉は俺と目が合ったとみるや微笑して、くちびるの端からあふれた粘液を指の腹ですくい取ると、見せつけるようにそのまま舌で舐めとった。 「……っ、!」 それが口の中に既にないということは、また飲み下されたのかと考えが至り、顔から火が出そうに熱くなった。駄目だ、恥ずかしすぎる。 「案外早かったですね……ふふ、そんなに悦かったですか」 立ち上がって俺の退路をふさぐように壁に両手をついて覆いかぶさった古泉が、やっぱりあなたもこんな場所だから興奮してるんじゃないですか、と意地悪い声で囁く。 お前みたいな変態と一緒にするんじゃない。 いくら強制されたとはいえ、こんな公共設備のトイレで男にいいようになぶられて射精するなんて、俺の極めて平凡な良識通念にはかなりのダメージだ。凹む。 こいつはどこまで俺にアブノーマルな変態行為を強いれば気が済むのか。 そろそろ自己嫌悪を通過して自殺願望がわいて出そうだ。 絶頂直後の倦怠感も手伝って、半ば放心状態でいると、古泉がよくない手つきで腰の辺りを撫でて来た。 「う…ッ、ぇ、お、おい…!?」 ジーンズの隙間から忍び込んだ指が、下着をかい潜り尻の狭間を伝うようにして降りていく。すぐに行き着いた其処を、ぐっと指の腹が押した。 「やッ…、やだ…、こいずみッ……、!」 こいつまさか、ここで最後までする気なのか!? 弛緩していた身体が一気に緊張する。 いくら奴が変態でサディストでも、そこまで無体を強いることはあるまいと思っていただけに、焦りまくった声が出るのを抑えられない。 耳許を含み笑いがくすぐったかと思うと、中に潜り込もうとしていた指が、口をつぐんだままのそこを円を描くように撫でる動きに変わる。 「だってずるいじゃないですか、あなただけ気持ち良くなるなんて」 それは100%お前の所為であって、断じて俺に責任の所在などないぞ。 第一考えてもみろ。 能う限り声を立てずに射精しただけでこんな有様なんだ。 あんな過重労働をこんなところで強制されたら、俺は間違いなく死ぬ。死因は呼吸困難、若しくは羞恥・屈辱による憤死だ。 俺はそんな家族に泣いても貰えなさそうな死に方は選びたくないぞ。 「そうですね…。ここで最後までして足腰立たなくなられても 後処理に困りますので」 古泉から多少は理性的な言葉が出たことに、幾許かほっとして肩から力を抜いた。が、その直後同じ口からついて出た台詞に、俺の思考は完全に沈黙した。 「口でして貰えますか。それで妥協しますが、どうです?」 ---------------------------------- update:07/10/24 |