あまつさえそんなつもりじゃなかった、と泣かれたら。
 それが恐ろしくて僕はただ見つめているだけだった。




















テイク2




















 「ひ、…っう、……うぅ…っあ、」

 まだ言葉も覚束ない子供みたいにしゃくり上げながら、彼がいや、と繰り返す。
 いつだったか彼の逆鱗に触れて三日間口をきいて貰えなかったことがあって以来、彼の嫌がることは絶対にしないでおこう、と心に刻んでいた決心も、実際にこうなってみればもう木っ端微塵に粉砕されて形ばかりも残ってはいない。寧ろ彼が憐れな声を上げて泣けば泣くほど、頭の芯がかっと熱を持って眩暈とともに酷い衝動に襲われるようだった。興奮していた。これまでの人生十数年、味わったことがないほどに。
 切れ切れに制止の声を上げる彼を無視してその鎖骨から胸元まで執拗に舌を這わせながら考えた。どうしてこうなっているんだろう。

 「今日お前ん家に泊まりに行っていいか」

 その彼の一言が、一番最初の引き金だったことは記憶にある。
 正直、最初にその台詞を聞いた時には耳を疑った。
 そして、え?と聞き返したあと彼が全く同じ台詞を繰り返したのを聞いて、今度は自分の頭を疑った。ついに僕は精神がおかしくなって彼の言葉を自分の都合のいいように湾曲して解釈するようになってしまったんじゃないか、とまで思った。
 おかしくなってしまうほど彼に焦がれ過ぎた所為で。
 初めて逢った新緑の頃から彼だけを見つめていて、それはきっと彼が思っているであろう友人としての綺麗な気持ちではなくて、僕は所謂恋愛対象として彼を見ていた。だからこそ彼が唐突に言い出した泊まりに行っていいか、という台詞がとんでもないものに思えたのは不可抗力だったと主張したい。落ち着いて考えれば、彼が二連休を控えた週末、友人の家に泊まりに行こうと考えることは別段不自然なところではない訳だが。
 あまりに動揺していて何と返答したのかははっきり覚えていないが、僕は無意識のうちにイエスと答えていたらしい。彼は、じゃあ一旦家に戻って着替えてから行く、と言い残して到着した駅を僕とは反対方向へ去って行った。
 それから二時間。
 彼は本当にやってきた。
 両手にコンビニのビニール袋とレンタルビデオ屋のロゴの入った濃紺のカバーケースをぶら下げていて、ああ、彼はもしやDVDが見たいが為にやって来たのか、と少しだけ頭が冷える。それでも八畳ほどの狭苦しいワンルームに彼と二人きりというシチュエーションはあまりに突然過ぎた現実で、緊張するなんてものではなかった。
 彼が借りて来ていたDVDは少し前に出た新作で、僕もかねてから見たいと思っていた洋画作品だったが、再生ボタンを押下して三十分、正直こればかりもストーリーは頭に入ってこなかった。
 それよりも何で彼は電気を消したんだろう、とか、隣に座った彼とのこの距離は近すぎるんじゃないだろうか、とか、その近すぎる距離の彼からふと微かに石鹸の香りがしてもしやお風呂に入ってきたんだろうか、とかそんなことばかりが脳内を空転してどうにもならない。
 気づかれないようにそっと、ベッドにもたれ掛かってテレビの画面を見つめる彼の横顔からうなじを視線で辿り、彼が買ってきたローテーブルの上のスナック菓子と缶ジュース……をふとみた瞬間、そのフルーツの描かれたパッケージデザインの端に、『これはお酒です』と印字されているのに気がついた。

 「……あの、貴方、これ」

 お酒なんじゃないですか、と言おうとしたところで思考停止した。
 彼の頭がこつん、と肩にもたれ掛かってきたからだ。

 「……あ、ああ、あのっ…!?」
 「んあ?」

 肩口に触れた柔らかな髪の感触と預けられた重みに、馬鹿みたいに上擦った声を上げて硬直すると、眠たそうな間延びした声で彼が返事をする。
 一気にトップギアに入った心臓のあたりをシャツ越しに押さえつつ見れば、視界に入るテレビからの光源に照らされた彼の頬は仄赤く染まっていた。

 「やっぱりこれ、お酒じゃないですか!」
 「……うん?酒なんか買えるわけないだろ。未成年なんだから」

 家にあるやつを持ってきただけだ、と。
 つまり、買い置きされていたチューハイを彼はジュースと間違えて持ってきたと、そういうことだろうか。

 「大丈夫ですか?貴方お酒駄目なんじゃ…」

 缶を持ち上げてみると、中身が四分の三程度は無くなっている。
 別荘での酒盛りを見た限りでは、彼がアルコールに強くはないことは明白だ。言葉をかけると、半分眠そうに閉じたとろん、とした目が上目遣いに見上げて来る。ここで理性崩壊しなかっただけでも僕は充分健闘したと自讃したい。そのくらいの破壊力だった。
 耳まで赤く上気させ、潤んだ目で、薄く開いた唇の奥に白い歯と、赤い舌が覗く。後ろから鈍器で殴られたかのようにくらくらした。こんな色気過剰な男子高校生がいて許されるのか。普段の彼からは想像も出来ないような表情に、心臓が破れてもおかしくないほどばくばく鳴った。

 「こいずみ」
 「はっ…!?」

 顔あかいぞへんなやつ、と彼がふにゃりと笑う。
 赤いのは貴方のほうですと言いたくても、喉がからからで言葉にならなかった。
 お願いですからこれ以上何も喋らないで下さい。
 ホントに僕の命に関わる事態になりかねません。
 と祈るような思いでいると、知ってか知らずか彼がベッドの端に手をつき上体を乗り出すようにして顔を僕の耳元へと寄せた。


 「へんだけど、俺はわりと好きだぞ、お前のこと」


 心臓停止音が頭の中で鳴った気がした。
















 次の瞬間には視界が真っ赤に染まって、気がついたら彼をベッドに押し倒して、惚けたように半分開いたままの彼の唇にキスをしていた。この時点で、彼が驚いて悲鳴を上げて抵抗していれば僕も流石に正気が戻っていたかもしれない。
 しかし現実は、彼は身じろぎひとつせず無抵抗でそれを受け入れてしまったから始末に終えない。
 頭のずっと奥の理性の壁を越えた部分が命ずるままにその少し濡れた柔らかい唇に舌を捻じ込むように挿し入れて、夢中で彼のそれと擦り合わせた。

 「ん、…っん、う…、…」

 時折苦しそうな息を漏らす彼に構わず更に深く咥内を侵しつつ、シーツに押し付けた体をまさぐる。シャツの裾から手を突っ込んで下腹を撫で、薄く肋骨の浮いたわき腹を辿り、胸元まで手繰ると、無いに等しい小さな粒が指に触れ、また頭に血が上る。
 戸惑うような呻きを零し僅かに身をよじる彼を許さず体重をかけるようにして押さえつけ、 そこが芯をもって膨れるまで指先で弄る。もう片手でなかなか思うがままにならないもどかしさに焦れながらジーンズを下肢から剥ぎ取っていくと、そこで漸く彼がのろのろと抵抗を始めた。

 「ん、…ッおまえ、…な、にして、……」

 今更もう遅いです、と頭の中で返しながら、そのまま覆いかぶさった肢体の上を這うようにして身体の位置ををずり下げ、彼の両脚の間に割り込み閉じられないようにする。
 下腹からもっと下まで掌で辿り、やめろ、と声を上げる彼の性器に指を絡ませた。
 びく、と驚きに足を跳ねさせる小さな反応さえ愛しく思えて、膝頭に唇をつける。そのまま顔を伏せ、当然ながら反応を示していないそれを迷わず口の中に入れた。

 「ひゃ、っあ、ああ…!?」

 ぬる、と唾液を纏わせた舌で柔い皮膚を擦りながら喉奥まで咥えていくと、普段は話す声も低めの彼が甘えた子犬のような悲鳴を上げてのけ反る。
 可愛い。眩暈を覚えながらじゅ、と強く吸い上げつつ咥内から抜き出していくと、それが一気に芯を持つのがわかって嬉しくなる。

 「あ、あ…!?、ァ…、や、やだ、ぁあ!!」

 何が起きているのか分からないといった無垢な様子で戸惑う彼の太股を、逃げられないよう両腕で固定し屹立し出したものを存分に舐めしゃぶる。
 彼の零した体液と僕の唾液で、下生えもその奥まった処もびしょびしょになるまで愛撫し尽くす頃には、彼は時折引き攣るみたいに身体をびくつかせながら、最早抵抗どころかひいひいと頼りない泣き声を上げるのみだった。
 内股の奥、彼自身も恐らく触れたことがないであろう部分を指で押すと、ひくん、と其処が口をつぐむ。既に垂れおちた粘液で濡れている其処を押し開くと、思ったよりすんなり、つぷん、と中指の第一関節までを呑み込むように受け入れてくれた。

 「ぅ、あ……?…な、なに…、入れて、っ…、…」

 一度彼の内側の粘膜の温度を感じると堪らなくなって、一気に指を根本まで突き立て、きゅうきゅうと今度は逆に異物を吐き出そうと締めつけてくる狭い壁を擦りたてる。

 「や、…馬鹿、や、め…、ッきもち、わる……い、って、…」

 すぐに指が行き詰る感覚があって、彼が眉根を寄せて呻く。
 さすがにこの程度の潤滑では足りない。一旦指を退くと、サイドボードを探りハンドクリームのチューブを取り出す。
 その一連の動作の間、彼はといえば微かに肩をしゃくり上げ茫然と僕の手元を見つめるばかりだった。嫌だというなら今の隙に逃げればいいのに、それとも逃げるという選択肢すら今の彼の頭には浮かばないんだろうか。
 指先にたっぷりクリームを取ると、再び入り口に触れる。
 いやだ冷たい、気持ち悪い、と繰り返す彼の訴えを綺麗に無視して、丹念に襞へと塗り込み、入り口を柔らかくする。
 すすり泣くような声を漏らしながら忙しなく呼吸する彼の唇がキスをせがんでいるようにしか見えなくて、指で後孔を犯しながら何度も口づけた。





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update:09/09/25



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