知識と実際に経験したこと、というのは雲泥の差があるものだと分かってはいたけれど、まさかこんなシーンでそれを身を以って思い知ることになるとは思ってもいなかった。
 男同士の場合そこにあれをどうする、というのも、実際にそうするまではもう必死で、当然何かが入る場所ではない彼の器官は指だけでもぎちぎちになるような狭さだから、少し解したところですんなり男のものを飲み込んでくれるわけはない。
 それどころか無理やり敏感な身体の内側を拡げられる辛苦に、彼は普段の彼からは想像も出来ないような頼りない表情で泣きわめいた。

 「うえ、ッ、…いや、もうやだ、っ痛い…、いたいぃ…!!」
 「…っ、ち、から…抜いてください、もう先は、入ってますから…もう少し」
 「やだぁあ…!!!」

 よほどの苦痛があるのだろう、枕に頬を擦りつけて泣く彼に憐憫の情は覚えるものの、それでもここで止めて上げられるほどの聖人君子でもない。寧ろそんな鉄壁の理性の持ち合わせがあれば最初から彼にこんな無体は働いていまい。
 好きな人を前にすれば獣にも変身する。煩悩の固まりなのだ。僕も。




















テイク2 2




















 彼を宥めすかしなんとか全てを収める頃には彼も僕も互いにびっしょり汗をかいていて、愛する人とのセックスとはこんなに大変なものなのか、とぐったりと彼の肩口に顔を埋めた。

 「ね、…入りましたよ、全部」
 「…っ、う、嘘、だ…、っはいらな…」
 「入ってますって、ほら」

 言いざまに腰をぐっと彼に押しつけると、彼が悲鳴を上げてのけ反る。
 尻の狭間に僕の腰が密着していることで本当に入ってしまっているのだと察知したのか、彼がまた嘘、とか細い泣き声を上げた。
 堪らない。
 そんなふうにこちらの嗜虐心を煽るようなことをしておいて無意識なのだから余計悪い。
 自分にはサド属性はないはずだと思いながらも、こんなふうに泣く彼は壮絶に色っぽくて、どうにも虐めたい衝動が抑えられずに狼狽した。

 「ん、う、うっ、う…、んや、うご、くなって、馬鹿…っ」

 苦痛を喚起しない程度にそっと揺すり、突き上げると、彼がいやいやをして逃れようともがく。それを許さずさらに押さえつけてゆっくりと、しかし確実にストロークを大きくしていく。
 最初こそ絶え入るような声を上げていた彼も、一緒に萎えてしまった性器へと愛撫を施しながら抽挿してやれば、徐々に快楽を滲ませた艶っぽい声をあげるようになる。感じてくれている、と思えば、またどうにもならない興奮が押し寄せてきて神経が焼き切れそうだった。

 「ん、ん…、っあ、いや、なんか、へん、変、っ…!」

 しきりにおかしくなる、と繰り返し声を上げる彼に堪らなくなって、一気に限界がみえてくる。ふつ、と糸が切れるようにせり上がってくる射精の欲求が箍を外す。
 
 「出します、ね…っ」

 貴方の中に、と呻くように耳元で囁くと、思うさま彼の中を突き上げ奥まで繋がる。
 そのまま溜め込んだものを一気に解放した。
 脳裏が真っ白に染まるような目も眩む快楽のさ中、指を絡ませた彼の性器の先端からも生暖かい粘液がこぼれる。まるで僕が出したものを呑み込んでいるかのようにひくひくときつく締めつけてくる彼の内部は、いっそずっと離れたくないほどに気持ちがよかった。







 漸く萎えた自身を抜き出すと、そのまま彼はくたりと失神してしまった。
 初めてだったうえにアルコールも入っていれば当然と言えば当然だ。意識のない彼の身体に無断で触れるのは気が引けたが、後始末をする為なので仕方がない。
 どこもかしこもぬるぬるになった肢体を拭い、彼があとで具合を悪くしたりしないよう中に溜まった僕自身の精液も丹念に掻き出す。
 額に汗で張り付いた短い前髪を優しく指でかきあげると、ぴく、と彼の睫毛が揺れ、うっすらと瞼が持ち上がる。

 「気がつきました…?」
 「……、………」

 すみません無理をさせてしまって、と囁き頬に口づけると、最初はいったい自分がどうしてここでこうしているのかわからないと言った様子だった彼が、見る間に苦いものを飲み込んだような表情に変化する。

 「どうしたんです?」
 「………帰る」

 え?と聞き返す間もなく、彼はまだろくに力の入っていない腕で圧し掛かった状態の僕の肩を押し返すと、身体を起こしベッドから出ようとする。
 彼は帰る、と言ったのか。
 時刻はとっくに午前を廻っていて、しかも今しがた事を終えたばかりで彼の身体は見るからにフラフラで芯が定まっていない。そんな状態で今更帰ろうだなんて。一体どうしたと言うんだろう。何か最中に粗相があって怒らせてしまったのだろうか。

 「ま、待ってください、あの、何か…お気に障ることでも…」

 手首を掴むと、彼は一瞬びくんと大仰に肩を竦み上がらせた。
 そのままフリーズしたかのようにベッドの縁に腰掛けた体勢のまま、ぴたりと動きが止まる。

 「……お前は悪くない。こうなるって思ってなかった俺が悪いんだ。……くそ」

 僕の顔を見もせずに俯いたままぼそぼそと呟く。
 部屋にはろくに光源はなく、部屋を隔てるドアの隙間から漏れるキッチンの蛍光灯の明かりに僅かに照らされた彼の顔が、まるで泣き出しそうに歪められ、ぎくり、と心臓がなる。
 さっきよりもさらに小さな、掠れたか細い呟きを僕は聞き逃すことなど出来なかった。



 「…………こんなつもりじゃなかったのに」




 一気に心臓が凍結した。





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update:09/09/26



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