絶対隷従 2





 だらりと力の抜けた肢体。
 上着を開き裾から手を這わせても、彼は目を閉じたきり何の反応も返さない。


 「目を開けてください」


 同じ台詞を、多少命令の色を含ませ二度繰り返したところで、彼が不本意そうに、しかしゆっくりと瞼をあげる。が、頑として僕を見るまいとしているのか、視線はどこか横向いた先の一点に縫い留められたままだ。
 おもしろくはなかったが、それをどうにかするよりも先に彼がほしかった。
 ずっとこうしたいと思っていた、彼が、今こうして腕の中に居るのだ。

 「……、…」

 程よく筋肉のついた薄い胸を撫でる。
 どう見ても男のものであるそれを劣情を以って掌でまさぐりながら、ないに等しい乳首を探り当て、指先でなぞった。
 単なる刺激による反射だろう、わずかに芯を持ち始めたそれを指で挟み込み、こり、と押しつぶすように圧をかけると、ぴくりと身体に力がこもるのがわかった。
 さらにハイネックを頚許まで押し上げ、大きく胸元を開けると、指で弄っていた部分に吸いつく。もう片方は先程と同じく指で愛撫した。
 舌先でこねたり、押し潰したり玩んでいると、力の抜けていたはずの彼の手が、ぎゅう、と自らの軍服の裾をにぎりしめる。
 ちらりと上目使いに彼の様子を伺うと、相変わらず視線は反らしたまま反応すまいとしているようだったが、その目許がうっすらと上気し始めているのが見て取れ嬉しくなる。
 こんなところを弄られるのは初めてだろうから、そんなに簡単に快感を得られているとは思わない。男ならば、普段意識しないような箇所を女にするように愛撫されていることに羞恥を感じているんだろう。

 腹筋の浮き出た腹のくぼみを舌でたどりながら、掌で股のあいだをそっと押すと、わずかに膝が内側によじれた。
 それが彼の今の精一杯の抵抗であることに満足しながら、ベルトに手をかける。


 「腰、上げてください」

 「…っ!……、…」

 「早く」


 短く言葉で促すと、おずおずと彼が膝に力をこめ、腰を浮かせた。
 表情にはもはや隠し切れない屈辱感が滲み出ている。そのことがたまらなくこちらの嗜虐心を煽り立ててくる。
 邪魔な下衣を剥ぎ取ると、ソファの下に落とす。
 金具が床と接触する音が鳴った。
 まだ夕方にもならない外も明るい時間に、さらに明るい室内の蛍光灯の下、晒された彼の通常日に当たらない真っ白な下腹と、その下に続く体毛に被われた密やかな部分。
 じっとそこを見つめると、彼の喉が微かに音をたてる。まるで上がりそうになる悲鳴を必死に殺しているかのように、喉仏がひくひくと上下する。
 実際、彼の眉間は寄せられくちびるはきつくかみしめられ、嫌悪感に満ちていた。

 当然ながら、何の反応もない性器をてのひらで包む。
 ゆるゆると快感を与えようと上下に撫でると、

 「…ぃ…、…」

 聞き違いかと思うほど微かな音が鼓膜に伝わり、なんですか、と問い掛ける。


 「…………はやく、終わらせて…下さい」


 普段の彼からすれば覇気に欠けた声が、小さく懇願する。
 ようするに、まどろっこしい前戯などせずさっさと用を済ませろと言いたいのだろう。
 これは恋人同士の愛の交歓ではない。それに似た形をしたまったく別のもの、彼の尊厳も矜持も無視した、一方的な搾取だ。
 そうとわかっていても、こうしてまるで恋人にするように愛撫して、彼の、ともすれば快楽にゆがむ顔を見てみたいと思うのは、僕のエゴなんだろう。


 「…あなたも辛いだけよりは、気持ちいいほうがいいでしょう?」




 背けた顔を、伏せた目を力無く横に振り、示した彼の否定を、
 僕は黙殺した。












 「…っ、ひ、……ッ、ッ」


 一度目は扱いて出させた。

 とろりと小さな孔からこぼれた白い粘液が、彼の腹部と僕の掌を濡らし、あたかも彼に見せつけるように指にからんだそれを舐めとると、目は合わせない、それでも横向いた視界の端に写ったであろうそれに、彼は一瞬泣き出しそうに顔をゆがめた。
 でも、それも一瞬のことだ。

 ソファの背もたれに片足を担がせ、大きく開かせた脚の狭間をぬるついた指で撫で下ろしていく。
 窄まりを押すと、ひくん、とそこが硬く口をつぐんだ。

 「力を抜いてください」
 
 「……、ッ、…」

 勧告すると、彼は早く浅い呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと下肢から力を抜いていく。
 きつく噛み締めたくちびるが微かにわなないている。
 どんなに人形のように無感動を装ったところで、やはりこわいのだろう。
 その様子が、まるで無垢な処女の態のようで、彼自身のあずかり知らぬところでこちらの興奮を増大させる。
 ぬる、といまから入れることを分からせるかのように指先を擦り付けたあと、固いままの襞を押し上げるようにして中に指をもぐらせた。

 「…っう、……、…」

 彼が眉をよせ呻く。躊躇せず中指を一本根元までのみこませる。
 彼の内部の、温かな脈動を感じながらぐるりと壁を掻くと、殺される声の代わりにびくっと膝がはねた。
 あきらかに責め苦に耐えている表情だ。
 彼も僕もほとんど沈黙しているから、ぬち、ぬち、と粘液をはらんだ肉が擦れる音がやけに大きく室内に蟠る。

 「声…、出したほうが楽になりますよ」

 噛み締めたくちびるは解けない。
 命令したら、声を上げてくれるのだろうか。多分そうだろう。だからこそ命じたくはなかった。彼の口から、自然に零れる声を聞きたい。


 「……、いッ…、…ッ!!」


 二本目。
 ほとんどない隙間を無理やり拡げねじ入れると、彼の喉が大きくのけ反る。
 たった指二本入れただけで、こんなにぎちぎちになるほど狭い彼の器官に、本当に僕が入るようになるんだろうか。疑いつつも指を抜き差しすると、軍服を握った彼の指が、白むほどに強張った。
 不規則に息を吐く合間に、鳴咽に似た、か細い悲鳴のような音が短く漏れる。
 前立腺と呼ばれる部位を指の腹で探り、当たった腹側のしこりをぐっと押し上げると、彼が一瞬ぴく、と眉を上げ、不思議そうな顔をした。

 「ここ、よくないですか?」

 問い掛けたところで、無論返事はない。
 最初から後ろでの快楽を得られる人間はそう多いものでもないという。これからじっくり教え込めば済むことだ。

 そろそろ昂ぶった熱の限界を感じ、指を彼の体内から引き抜く。
 彼がほんの少し、安堵を滲ませた息をもらしたのがわかったが、これで赦してやるつもりは毛頭ない。

 膝裏を掬い上げ、腰が浮くほどに身体を折り曲げさせると、これからどうされるのか、嫌が応にも悟った彼が目を見開いた。






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早くも三話→四話のヨカン


update:07/2/25



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